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#11. 青熊族の三人。


子狐を胸に抱いたまま呆然としていたエルナは、やがて正気を取り戻し、慌てて子狐の治療に取り掛かった。


状態からして、傷は深くとも致命傷には至っていなかった。応急処置はすぐに終わらせることができたが、あまりにも多くの血を流したせいで生立ちは不透明だった。


(残りはこの子の生命力次第ね。はあ……治癒魔法が使えたらよかったのに)


治癒魔法は神聖力を持つ者だけが使える奇跡の一つであるため、エルナには使えなかった。神聖魔法を思い浮かべると同時に、聖女セレンの顔が脳裏に浮かんだ。


「……そういえば聖女はどうしているかしら? 望みどおり王妃になれたのかしら?」


ハーメルンを離れて二か月。一時はカメルとセレンのことばかり考えていたが、今では思い出そうと努めなければ思い出すこともない。


「私は本当に狭い世界で生きていたんだな」


一歩を踏み出せばこんなにも新しい世界が広がっているのに、どうしてあの時は意味のない日々を過ごしていたのだろう。


(まあ、二度と思い出す必要もないか)


聖女の顔を頭の中から消し去ったエルナは、再び子狐についての思考を続けた。


勢いで助けたはいいものの、これからどうしたものか? さっきのように大人しいなら、治療した後に放してやれるだろうが……。


(いや、命を前にして打算が先立つなんてどういうことよ? まずはテントに連れて行かなくちゃ。体が冷え切っているわ)


ただでさえ血が足りないのに、体温まで下がってしまったらショック死してしまうかもしれない。


魔獣戦争の最中に命を落とした仲間たちを思い浮かべながら、自分の体温を分け与えるために、エルナは慎重に自分のコートの中に子狐を滑り込ませた。


その場から立ち上がったエルナが、ちょうどテントに戻ろうとした時だった。


[そこのお前! 止まれ!]


聞こえてきた声に反射的に振り返ると、青熊族の獣人が三人、そう遠くない場所に立っていた。


三人とも体格がもの凄く大きいため確実ではないが、男が二人、女が一人という感じだった。


見るからに寒そうな薄着だけをまとって立っていた獣人たちは、ひどく驚いた表情でエルナを見つめていた。


[……? 人族?]

[どうして人族の雌がここにいるんだ?]

[あの女、俺たちの言葉が聞き取れるのか?]


「聞き取れるから振り返ったんだけど」


心の中でそう突っ込みながら、エルナは無言で三人の獣人を見つめた。彼らの衣服には生々しい赤い血がついており、怒号のような荒々しい声が混ざり合っていた。


つまり、彼らは子狐を追っていた者たちだということだ。


(敵なのだろうか? 味方なのだろうか)


エルナは無言で獣人たちを観察した。獣人たちはエルナが言葉を話せないと思ったのか、自分たちだけで話し始めた。


[あの女から奴の匂いがする。奴に会ったのは確実のようだが……奴はどこにいるんだ?]

[奴に会った割には傷一つないのがおかしくないか? 奴の血の匂いを染み込ませているくらいなら、あの女も傷を負っているはずだろ]

[どうする? 話が通じないなら質問する意味がないだろ]

[あの女を殺して、その肉で奴を誘き出すのはどうだ? 狐の野郎どもは人族の肉が好きだろ? せっかくだから俺たちも少し食おうぜ]


相対的に小柄で声の高く細い獣人が、長い舌で唇を舐め回した。


(どこの大陸でも人肉食は禁じられているはずなんだけど)


青熊族は性格が温和だなんて、完全に真っ赤な嘘じゃないか。どうやら目の前の獣人たちは敵であるらしい。


(魔法を……いや、私が激しく動いたら子狐にも反動がいってしまう。せっかく傷を抑え込んだのに、破裂させわけにはいかない)


それならエアルテを呼ぶしかなさそうね。果たして獣人たちはエアルテを相手に何分持ちこたえられるかしら?


エルナが小さく口元を吊り上げた。その時、今にも飛びかかりそうだったハイトーンの獣人を、顔に大きな爪痕が残っている獣人が遮った。


[下品な真似をするな、ラファ。この山を登るということは、タルに会いに来たという意味だ。むやみに殺してはならない]

[融通が利かないやつだな! だからパカン、お前なんかと一緒に追跡したくなかったんだよ!]

[……そもそも]


ラファと呼ばれた獣人が不愉快だと言いたげに、足で雪の塊を蹴り上げた。ラファから視線を外した爪痕の男、パカンがエルナへと視線を向けた。


青熊族特有の透き通るほど青い瞳がエルナをとらえた。


[あの女は俺たちの言葉を理解しているようだな。違うか? 人族の女よ]

「……」


パカンの言葉に、ラファと名前の分からない最後の獣人が目を丸くしてエルナを見つめた。シラを切ろうかとも思ったが、パカンの射抜くような視線を見る限り、嘘は通用しそうにないな。


エルナは少し悩んだ末、いつでもエアルテを呼べる準備を整えてから、ふっと笑みを浮かべて口を開いた。


[いつ気づくかと思ったけど、意外と早かったですね]

[……!!!]

[お前、どうやって霊族の言葉を話すんだ?]


霊族れいぞく……そういえば獣人たちは自分たちのことを指す時、精霊の子という意味の霊族と呼んでいると聞いた気がする。ただ。


(思ったより頭が悪いのかしら?)


[前族長様に通行証をいただくために山を登っていた人ですから。霊族の言葉が話せるのは当然のことではないですか?]


当然ではないかと口にしたが、実は当然のことなどではない。


貿易港が近くにある部族らしく、青熊族は全員が人族の言葉を使うことができる。だが、通行証を発行してもらうためには、当然ながら獣人族の言葉ができなければならない。


だからこそ、ほとんどの冒険者たちは青熊族の集落に長期滞留して言葉を学ぶことから始め、その言葉の習得こそが最初のテストでもあるのだから。


「……なるほど。予習をしてきたというわけか? 発音が流暢なところを見ると、お前の周りに言葉を教えてくれた霊族がいるようだな」


パカンが人族の共通語で話しかけてきた。なかなか流暢に話すところを見ると、青熊族の内部でもそれなりに役職のある人物なのではないかと思われた。


「まあね」


エルナは確答する代わりに、曖昧な笑みを浮かべるにとどめた。彼女の態度に、パカンはエルナの方へとズカズカと歩み寄ってきた。


「女、お前に質問がある」

「どうぞ、お話しください」

「この辺りで白い狐を見かけなかったか? 奴はどこへ行った」

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