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第7話 頑固王子は不器用

 エーディーン王国が王都ベルティナ。

 ベルティナは半円状の形をした都で、見上げても頂上が見えぬほど高い城壁によって囲まれている。そして、弧を描いて連なる城壁から一番遠い場所に位置するのが、巨大な穴のような渓谷を隔てた先にある「ベルティナの心臓」と呼ばれる山の如き巨岩。

 都から繋がる大橋でしか辿り着けない「ベルティナの心臓」にこそ、エーディーン王国の政(まつりごと)の中枢であり、エーディーン王家の居城である巨大な城「アナム心臓城(しんぞうじょう)」が、「ベルティナの心臓」の全体を削り出して建立されているのだった。


 いつの間にか、ハルミカとカシュガルの馬は王都ベルティナの街並みの中に溶け込んで進んでいる。目が覚めてそれにようやく気が付いたイルダナは、遠くに見える、人間が造り出したとは到底思えない巨大な天然の不落要塞「アナム心臓城」を、カシュガルの肩に顎をくっつけたままぼんやりと眺めていた。


 いつ見ても巨岩と一体化したあの幻想的な城は人間などではなく、山の如き巨人か何かが造り出したようにしか思えない。

 今は失われてしまった古代の人々の技術というものは、時に文明の進んだ現代の人々では計り知れない神秘性を秘めているように思う。王都ベルティナを訪れると、イルダナはいつもそんなことを考えていたことを思い出して、懐かしさが込み上げてきた。


「目が覚めたか? イルダナ」


 ふと、カシュガルが視線をこちらに寄越すこともなく、前からイルダナに声をかけてきた。イルダナは寄りかかっていたカシュガルの背中から身体を起こしながら、その声に答える。


「はい。すみません、眠りすぎました。……城門前の関所を抜けて王都に入るのに、苦労したでしょう。起こしてくださればよかったのに」

「ああ。関所の方にはあらかじめ賄賂(わいろ)を流しておいたから、城門は簡単に抜けられた。苦労したのは、王都に入る前にわたしの立派な枝角を切り落とすことくらいだったよ。気にするな」


「あ。ちなみに賄賂を流したのは第一王子殿下な! あの王子、こういうずる賢い立ち回り異様に上手いんだ。何かムカつくよな!」と軽快に笑うカシュガルの頭頂部からは、確かに枝角が無くなっており、青鹿(カモシカ)の長耳とアイスブルーの髪も、栗色のかつらで上手く隠してある。翡翠色の瞳も魔法によって碧眼に変わっているようだった。

 今や人種差別的政策が根付いているこの都で異人類が生きていくには、自身を「人間」として偽っていくしかないのだろう。


 魔法を使うと、すぐに角が生えてきてしまうとカシュガルが以前ぼやいたことを思い出した。自分も〈梟の目と耳〉が見られぬよう気を付けなければと、イルダナは纏っている外套のフードを目深に被りなおす。

「もう少し寝てても良かったんだぞ? お前は寝顔が可愛いからな!」と笑うカシュガルに、イルダナは「ありがとうございます。私はもう大丈夫ですので」と答えるが、ふと、肩に施していた止血のための応急処置の布が新しくなっていることに気が付き、軽く目を瞠った。


「私の肩。布を取り換えてくださいました?」


 イルダナの問いかけに、カシュガルが答える。


「それ、手当てしなおしたのはハルミカ殿下だぞ。そういうの慣れてないだろうから、わたしがやろうかって言ったんだけど。『僕がやる』って聞かなくてさ。なあ? ハルミカ殿下」

「余計なことを口にするな。カシュガル」


 如何にも楽しげに語るカシュガルに、斜め前を馬で進んでいたハルミカが間髪を容れずに低い声を刺してくる。

 イルダナは思わず目をしばたたかせながらも、ハルミカの方に顔を向けて礼を言う。


「ありがとうございます、ハルミカ。私、眠ったままでしたので。大変だったでしょう」

「別に。……その傷は、僕の弱さゆえにできたもの。また貴様に借りを作った。必ず返す」


 ハルミカはこちらを振り向くことなく、どこか緊張したような声でイルダナに応えた。

 イルダナは、ハルミカの生真面目極まりない発言に「貸し借りなど、今更気にすることでもないでしょうに」と独り言ちる。そして、少しでもそんなハルミカの肩の力を抜いてやれないかと思いつつ、ハルミカの広くも細くも見える背中へと声をかけた。


「やはり頭が固いですね、ハルミカは。いちいち貸し借りなんて気にしていたら、いずれ禿げますよ。文字通り石頭になります。ああ、というかもう既に手遅れでしょうか」

「貴様……」


 イルダナの軽口に、やはりハルミカは大真面目に反応して、青筋を立てた顔をようやくこちらに向けてくる。馬の足を緩めて、今にもイルダナの胸倉へと掴みかかってきそうなハルミカに、イルダナはそのまま軽い調子で語りかけた。


「私もハルミカに、何度も助けられています。スレンさんとの戦闘や、この傷の手当て諸々。つまりは、貸し借りなんてものはすぐにチャラになってゆくものです。これはもう、気にした方が負けですよ」

「……」


 ハルミカがイルダナの胸倉を探して漂わせていた片手をぴたりと止めると、「負け」と小さく呟いて、何か考え込むように沈黙した。

 負けず嫌いそうなハルミカのことだ。これで生真面目すぎる考えも、少しは解(ほど)かれないかとイルダナは期待した。

 だが、そうはならなかった。


「貴様の口車には乗せられぬぞ。僕は、僕が思うがままに決断し、行動する。貴様への借りもいずれ必ず返すと決めている。そして、貴様は僕のことを気にする暇なぞがあるのならば、〈還し屋〉としての仕事を最優先して全うしろ。でなければ報酬は支払わぬ。よいな」


 そうハルミカは不機嫌そうに鼻を鳴らして答えると、馬の足を速めてイルダナたちの前方へと行ってしまった。

 イルダナは予想の斜め上をいくハルミカからの返答に一瞬目を瞠るが、すぐにいつもの真顔に戻って、微かに笑いの混じったような吐息を小さく漏らす。


「気持ちがいいほどの頑固王子ですね、ハルミカは」

「もう既に仲がいいな、お前たちは。わたしがあんなこと言われたら、すぐさま殴り飛ばしてやったとこだ! ……それより、イルダナ。やっと着いたぞ」


 イルダナの独り言に応えたカシュガルが、不意にこちらを振り向いて、前方に向かって顎を振って見せる。イルダナは僅かに馬から身を乗り出して、カシュガルの示した方向へと視線を向けた。


「エーディーン王国軍第一師団、第二師団の駐屯地。王国軍区画だ。この区画だけで町一つ分の広さはあるぞ」


 カシュガルの言う「王国軍区画」は荘厳な街並みだった。

 建物は全て同じ造形のもので統一されており、行き交う人々は皆、王国軍の隊士なのだろう。軍服をきっちりと着こなした人々で溢れていた。

 イルダナは辺りをそれとなく見回して「ほう」と小さく感嘆を漏らす。


「本当に、まるで軍人さんたちの町のようですね。そのせいか、少し空気が緊張しています」

「まあな。だが、これから当分の間の拠点となる場所は面白いくらいにひと気が無いから、安心しろ。さあて、我が家に帰ろうか」


 こうして、イルダナ一行は第一王子派閥が擁しているという「王国軍第四師団」の秘密基地に向かうため、軍区画の中へと足を踏み入れるのだった。

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