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第8話 銀腕

 イルダナが案内されたのは、軍区画でも日当たりの悪い、奥まって入り組んだ場所に位置する、木造の古屋敷。

 辺り一帯には、廃墟らしき建物しかなく、カシュガルが言った通りひと気も少ないどころか、ほとんどない。


 それにしても、カロス王と敵対するのであれば軍区画などに拠点を構えていても大丈夫なのかとカシュガルに尋ねたが、「逃げ隠れ上手の第一王子殿下曰く、『灯台下暗し!』だそうだ。それに基地はここ以外にもいくつかあって、日によって転々としてる。そのおかげか、実際カロス王に見つかったことないんだ。面白すぎるだろ?」との答えに、何故か妙に納得してしまった。

 どうやら第一王子は、大胆不敵な人物らしい。

 イルダナの目の前にぽつんと建つ、ずいぶんと年季の入ったその古屋敷は、軍区画の統一された他の建造物群とは違った造形をしていたため、逆に目立っているように思えた。

 馬を降りたイルダナが、第四師団の秘密基地だと思われる古屋敷を観察するように見上げていると、ハルミカと己の馬を従えたカシュガルが声をかけてくる。


「イルダナ! わたしは馬を厩舎に連れていくから、先に屋敷に入っていてくれ。ハルミカ殿下、イルダナの案内を……って、もういないな。まったく、どれだけ兄上が恋しかったのやらだ。とりあえず、屋敷内に誰かいるだろうから。そいつに案内してもらうといいよ」


 カシュガルの言う通り、いつの間にかハルミカの姿は忽然と消えていた。


「わかりました。お気遣いありがとうございます、カシュガル。では、先に失礼しますね」


 ハルミカの兄上、というと、第一王子のことだろうか。と、そんなことを考えながらも、イルダナはカシュガルに頷いて見せて、屋敷の大きな扉を開き、薄暗いその中へと身体を滑り込ませた。


「おォ! よく来たのお。お客人」


 不意に、如何にも快活そうな男の声が響き渡って、イルダナは声が聞こえた正面の方向へと顔を上げる。そこには、二階部分に繋がるように曲線状に曲がった二つの階段の先、その踊り場から、こちらを見下ろす一人の少年がいた。

 背丈はイルダナよりも低く、小柄な体格。健康的に焼けた小麦肌。焦げ茶色の癖毛に、垂れ目がちな瞳は赤茶色で、その面差しはあどけない少年にしか見えないのだが、何故だか雄々しい男のようにも思えて仕方がなかった。


 天窓から白銀の陽光が差し込んで、屋敷内でもその少年の姿だけが光っているように浮かび上がる。

 少年は、まるで陽光に愛されているかのように、きらきらと光の粒に照らされながら、にかりと歯を見せて笑ってイルダナに右手で手招きをした。なんと眩しい笑い顔だと、イルダナは思わずにはいられなかった。


「カシュガル副長から話は聞いておる。俺もこの第四師団のモンじゃ。基地内を案内するから、ついてこい」

「……成程、ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」


 イルダナは一つ間を置いて頷くと、階段を上ってイルダナを待つ少年のもとへと行く。

 追いついてきたイルダナに、少年は子どもっぽい笑みを浮かべて頷いて見せ、そのままイルダナを連れて屋敷の奥へ奥へと進んで行った。


「この屋敷、一個師団の基地とは思えんだろう? 第四師団の看板は一応『王族直属親衛隊及び遊撃隊』なんだが、先代の団長が大罪を犯したらしくてなあ。それ以来、第四師団は長らく欠番で、最近ようやっと復活したもんだから。基地も急ごしらえというわけよ。しかも……ハッハッハッ! 現団長がこっぴどく国王陛下に嫌われておるらしくてのお! 第四師団は、王国軍でもはぐれ者たちの集まりと言われておる。面白かろう?」


 屋敷内を勝手知るように練り歩く少年は、如何にも楽しそうな様子で、笑いを交えながら第四師団の経歴をつらつらと語る。

 イルダナはそれらを、相槌を打ちながら静かに聞いていた。


「にしても、お前。何ぞ、俺に聞きたいことやらはないか? 第四師団のことであれば、何でも答えるぞ」


 そう言って、少年がこちらに首を傾けて振り向いてきたので、イルダナは少しばかり考えるそぶりを見せた後、淡々と少年に尋ねた。


「では、きみのことを聞かせてください」

「おォ! よかろう。何でも答えるから、言ってみろ」

「お若く見えるのに、随分と古風な話し方をなさいますね。何か、理由でも?」

「おー、これか。実は俺、ガキの頃は王都の裏街におってなあ。そこで、汚ぇ爺たちにしばらく世話になったもんだから。爺たちの口調が移ってしまってのお。しかも、育ち盛りにロクなモンを食えんかったからか、デカくなるはずの図体もガキん頃と変わらんままじゃ」


 少年は己の過去を意気揚々と語ると、いつの間にか辿り着いていた長い廊下の最奥、そこにある大きな木造扉の取っ手へと手をかける。


「俺が若く見えると言ったが。お前はいくつだ? 誕生日は『第一ポプラ月の一日』って顔しとるのお」

「え……今年で十八、ですけど……何で誕生日は寸分違わず言い当てられたんですか。ちょっと、否(いや)かなり気持ち悪いんですが」

「ハッハッハ! 俺、人の誕生日当てが一番の特技でなあ。それにしてもお前、まだ十八か! 若いのお。しかもお前、年も一緒かと思えば誕生日まで俺の弟とお揃いじゃ! まるで双子だのお~」


 豪快に笑った少年は、顔だけでこちらを振り向くと、「おっと。ちなみに俺の年は秘密じゃ。何ぞ、恥ずかしいからな」と、打って変わって悪戯っ子のような。しかし、少年らしからぬ妖しい笑みを浮かべた。

 イルダナは呆れたように鼻から細く息を漏らすと、少年に向かって首を横に振って見せる。


「秘密も何も、もう存じ上げていますよ。年は二十二。十二歳にして両親を亡くし、現国王カロスに引き取られますが、劣悪な環境に単身放り出され。その後もカロス王に虐げられながらも、十五歳で王国軍に入隊。そこから血の滲むような努力の末、前団長の罪により八年間欠番とされていた第四師団を自らの手で復活させたかと思えば、有力貴族たちからの支持を得て十九歳という若さで第四師団団長にまで成り上がられた傑物。四つ年の離れた頑固王子を弟君に持たれる、エーディーン王国が第一王子——ナーザ殿下」


 イルダナは、この少年に出会った瞬間から、とうに確信していた。彼こそが、イルダナが事前に軽く経歴を調べていた〈還し屋〉への依頼主であることを。

 エーディーン王族の証である、人並み外れた長身、白雪の如き白皙の肌、夜闇よりも濃い黒髪——そして、〈太陽の目〉と称えられる黄金の瞳。それらの何一つが無くとも、彼は間違いなくハルミカの兄であり、紛れもなく〈太陽王〉の血を引く、王の器であるのだと。

 一目でわかったのだ。


「ハッハッハ! 何じゃあ。もうバレとったか!」


 少年——否。ナーザはまた豪快に笑い声を上げると、勢い良く目の前の大扉を開け放つ。

 扉の先には、大量の本棚に囲まれた広間があった。その中心には、リフェクトリーテーブルが鎮座している。そして、そのテーブルの上座を空けた一席に、長い脚を組んで優雅に座るハルミカの姿もあった。


「遅い。捜したぞ、ナーザ。何をしていた」


 腕を組んで座るハルミカが、こちらに顔を向けることもなく兄を呼んだ。イルダナは内心「いや、全然捜してないじゃないですか。そんな優雅に座って。我儘王子ですか?」と思いがけずぼやく。

 しかし、そんな弟を気にした風もなく、ナーザは眉を上げて笑いながら、テーブルの方へと歩みを進める。


「おーおー、ハルミカ。お前の代わりに客人の案内をしとったわ。本当は、迎えの役を買って出たお前が案内するところなんだがのお。まあいい。とにかく今は、改めて客人に礼儀を尽くさねばな」


 ナーザは迷わずテーブルの上座に座し、テーブルの上でゆったりと両手を組むと、真っ直ぐにイルダナを見据えてきた。


「改めて名乗ろう。我が名はナーザ・アガートラム・エーディーン。この国の第一王子にして、王国軍第四師団団長を務める。またの名を〈銀腕のナーザ〉ともいう」


 ナーザは右手に嵌めていた革手袋を取って、ひらりと片手を振って見せる。その右腕は銀製で、精巧な〈白銀(しろがね)の太陽〉と、それを囲む〈黄金の寄生木(ヤドリギ)〉のエーディーン国章の意匠が美しい義手だった。


 ナーザの銀の義手を目のあたりにしたイルダナは、ハルミカが前に「スレンこそが、兄の片腕を奪った仇」だと語っていたことを思い出しながらも、その場に跪いて被っていたフードを脱ぐと、ナーザへと深く首を垂れた。


「還し屋七月卿が一人、〈貌漂しのイルダナ〉と申します。この度はハルミカ第二王子殿下よりご依頼を請け、あなた方にエーディーン王国を奉還するため参上いたしました」


 名乗り上げたイルダナに、ナーザが「よいよい。そうかしこまらんでいい。顔を上げてくれ」と気楽な様子で声をかけてきたので、イルダナは顔を上げて再びナーザを見据える。


「よく来てくれたのお、イルダナ。還しの依頼を引き受けてくれたことも、心より感謝する。早速だが、お前とは腰を据えて仕事の話をしたい。よいか?」


 ナーザは人好きする笑みを浮かべたまま頷いて見せると、自分の一番傍にある椅子を引いて、座るように促してきた。

 イルダナは「喜んで、ナーザ殿下」と軽く頷いてナーザに答えると、ナーザに示された席に着く。すると、何故かイルダナのすぐ隣へとハルミカが座りなおしてきた。

 イルダナは思わず、怪訝な声でハルミカに首を傾げて見せる。


「え。何ですか、ハルミカ。わざわざ隣に来て。しかも近い。暑苦しいんですけど」

「うるさい。貴様がナーザに、何かしでかさぬか見張るためだ」

「はあ。そうですか」


 もしやハルミカは、相当の兄大好きっ子な弟か? とイルダナは内心でハルミカを弄れそうな面白いことを考えながらも、ハルミカからナーザの方へと視線を戻す。すると、何やらナーザは珍しいものでも見たかのような、驚いたような顔を一瞬見せたが、すぐに機嫌良さそうに「へえ?」と笑った。


「お前たち、既に随分と仲が良いのだなあ? イルダナ。俺のことも『ナーザ』と呼んでくれて構わんぞ」

「仲が良いのは、あなた方兄弟の方だと思いますが……まあ、いいですよ。ナーザ……」

「殿下」


 イルダナの「ナーザ」と呼ぶ声をすっぱり遮ったのはハルミカ。イルダナはまたハルミカの方を振り向くと、ハルミカが眉間にこれでもかと深い皺を刻んだ凄まじい形相で、イルダナへと荒っぽく顎を振って見せた。


「前にも言ったはずだ。次の〈太陽王〉となるナーザのことは敬えと。斯様な呼び方、弟の僕が許さぬ。『ナーザ殿下』と呼べ。戯けが」

「何ですかこいつ。めんどくさ……」

「ハッハッハ! やっぱりお前たち、仲が良いのお~」


 そう言って、どこか嬉しそうに笑うナーザに、イルダナとハルミカは揃って「どこが」と声を重ねる。それと同時に、広間の大扉が大きな音を立てて開け放たれた。


「今帰ったぞ、ナーザ殿下! ……む。どうやら役者は揃っているようだな? ふふふ。何やら、闘志が漲ってくるな!」


 広間に入ってきたのは、カシュガル。カシュガルは一切の迷いなく、イルダナの向かい側にあるナーザに一番近い席に着いた。それを見届けたナーザが、「おォ。そうじゃな。豪勢な役者がやっと揃ったわ」と笑い声を収めて、テーブルに軽く頬杖をつく。

 そして、そのあどけない顔に見合わない、色香にも妖しさにも似た艶やかな微笑みをたたえて、一同へと低い声を響き渡らせた。


「では、始めようぞ。我らが国盗り合戦の話をな」

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