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第31話 金枝の預言


 ◇◇◇


 ハルミカは、ディンデルと共に順調に東棟の上階を目指して進んでいた。隊士たちの数もまばらで、戦闘することは少ない。

 イルダナ曰く、クノク砦にてリエン大樹海近辺をより広く一望できるのは西棟よりも、東棟の屋上。故に、カロス王は東棟のどこかにいるのではないかと見当をつけて、ハルミカたちはここまで来た。


「よお。やっぱり、こっちに来たか——アイティナラント・ルグの王子さま」


 不意に、頭上から揶揄うような男の声が降ってきて、ハルミカとディンデルは階段を上る足を止め、天井を仰ぐ。

 すると、どういう原理か、そこには天井から蝙蝠の如く逆さまのまま宙吊りとなった長身の男が、こちらを見下ろしていた。それを、最近は光の加減で輪郭だけならはっきりとわかるようになったハルミカの目が、確かに捉える。

 加えてその声は、聞き覚えしかない男の声だった。


「アランロド……!」


 ハルミカが声を上げると、ディンデルが微かに息を呑む気配がした。ディンデルが背後からハルミカへと小さく耳打ちしてくる。


「ここはいったん退きましょう。ハルミカちゃん」

「ああ、わかっている」


 ハルミカは先刻別れたイルダナの「アランロドと遭遇したら、迷わず逃げろ」という言葉が即座に脳裏をよぎり、ディンデルと共に階段を数段、駆け下りる。しかし、階段に差す影からぬらりとアランロドが現れ、ハルミカたちの行く手を阻んだ。


(……逃がす気はないらしい)


 そうハルミカは判断して、腰に提げていた剣を素早く引き抜くとアランロドに向かって構える。隣でディンデルも、魔法をいつでも展開できるように短杖を片手に取った。

 臨戦態勢に入った二人を目にしたアランロドが、ゆっくりと黄金の目をしばたたかせて、軽く口を開く。


「いざたまえ 炎の御子よ 我らが王 その御魂を燃え揺らせ

 詠えや 詠え 影の御子よ 我らが王 その御魂に安らぎをもたらせ

 光と闇を生みし末の枝葉(えだは) 双生(そうせい)の神子 かの地に帰しとき 

 我らが王 巨(おお)いなる胎動を始む

 応えや 応え 双生(そうせい)の神子らよ 我らが王 その御魂のもとへ還りたまえ……」


 突如アランロドは、詩のようなものを呪文の如く唱え、何やらハルミカを指さすとにたりと怪しい笑みを浮かべる。


「これは預(・)言(・)だ。いにしえより脈々と受け継がれてきた、ドルイド共の預言——『炎の御子』はお前のことだ、王子さま。そして炎の御子には、対と成る双生の片割れがいる。それが『影の御子』。影の御子はいったい、何処のどいつなのか……はてさて」

「貴様、何が言いたい……!」


 ふと、ハルミカはアランロドの意味不明な発言からいつかのナーザの言葉を思い出す。「ハルミカとイルダナは同い年。誕生日は二人揃って『第一ポプラ月の一日』。まるで双子のようだ」と。


(……ドルイドの預言に、僕とイルダナのことが記されていた? アランロドはいったい、何が言いたい? 否、おそらく、何かしらの時間稼ぎのつもりか……)


 ハルミカは眉を顰め、怪訝な顔をしながらもアランロドから片時も注意をそらすことなく、気配を探り続ける。微かに光が瞬く視界を凝らして、アランロドの輪郭を注視する。

 未だに呪いを纏ったハルミカの視線を受けたアランロドが、小さく笑った。


「炎の御子と影の御子は既(・)に(・)巡(・)り(・)逢(・)っ(・)た(・)。直に生まれる『巨(おお)いなる王』ってのは……世界の破滅か。それとも善き隣人か。どんな王だろうな?」


 イルダナとハルミカが出逢ったことで、生まれるであろう王——それは、いずれ〈太陽王〉となるナーザのことではないか。

 アランロドの言う「ドルイドの預言」とやらを生真面目に受け取って、そう解釈したハルミカは、剣を握りなおしながらアランロドの問いに答えた。


「我らが王、ナーザは必ずやエーディーンを正しく導く。ゆえに、貴様にナーザの邪魔はさせぬぞ、アランロド」


 ハルミカはアランロドに向かって駆け出すと、無駄のない動きで剣を振るう。縦一線に振るわれた剣筋を、アランロドは横に跳ぶことで躱した。すると、その先にいたディンデルがアランロドに向かって短杖を突き出し、結界魔法を展開させる。


「白羊(クイーラ)式結界魔法——〈赤金林檎(ドメスティカ)の禁(きん)〉」


 ディンデルの短杖から真っ赤な閃光が放たれたかと思えば、その赤い閃光は蜘蛛の巣のような光の軌跡を描いて、あっという間にアランロドを包み込み、四角錐型の赤く透明な結界が張られる。その赤き結界には、林檎の白い花紋様が美しく咲いた。

 アランロドは目を細めて結界を見回すと、内側から「キィン」と高い音を響かせ、長杖で結界を叩く。


「これはしばらく出られないな。魔女族の結界魔法もめんどくさいもんだ。ま、どっかの誰かさんのクソ歌術の厄介さには負けるが」


 どこかの誰か、とはイルダナのことだろう。


(イルダナは、口ではアランロドと殺し合うことを厭わないと言っていたが……僕には、わかる。イルダナに限ってそんなはずがない。だというのに、この男はイルダナの気も知らず……!)


 ハルミカは無性にアランロドへと腹が立ってきて、結界越しに剣を向けながら、アランロドに低く問うた。


「アランロド。貴様にとっての、イルダナとは何だ。イルダナは今も貴様と殺し合うことに葛藤し、苦悩している。貴様はイルダナに何をさせたい。何を考えている?」


 ハルミカの口から出た「イルダナ」の名前に、アランロドはおそらく笑みを浮かべた。しかしその目は、微塵も笑っていないのだろう。


「おれはあいつが心底憎い。嫌いだ。今すぐにでもこの手で殺してやりたい。あいつさえ居なければ、おれはよ(・)う(・)や(・)く(・)楽(・)に(・)な(・)れ(・)る(・)は(・)ず(・)だ(・)——お前らも、おれも、何よりあいつも。この世界諸共、何もかも死んじまえばいい。そういうこと、考えてる」


 アランロドは至極陽気な声で「へへへ」と軽薄に笑う。上辺だけの笑い声だ。

 アランロドのあまりにも穏やかでありながら、恐ろしく破滅的な──アランロドの何もかもが世界から逸脱してしまっているような、そんな歪さが漂う気迫にハルミカは思いがけず息を呑みながら、再び問う。


「……何ゆえかは知らぬが。そこまでイルダナを殺したいと思っているのならば、何故、太陽奴隷だったイルダナを救った? 何故、これまで長くイルダナと共に旅をしてきた」


 そんなハルミカの問いに、アランロドは一瞬だけ押し黙った。そして、ハルミカは聞き逃さなかった——アランロドが確かに、ほんの微かながらも動揺して、呼吸を乱したことを。

 アランロドの本音を知れると。ハルミカはイルダナの心が少しでも救われる答えを、アランロドに期待した。


「……さあな。おれの方が知りたいくらいだ。強いて言うなら、たぶん」


 しかし、ハルミカの期待は何の意味もなさなかった。


「全部。ほんの、気まぐれ」


 その言葉を最後に、アランロドはディンデルの展開した結界の中で、土くれとなって崩れ落ちた。おそらく、アナム心臓城で会った時と同じく、本体ではなく呪術で創り上げた人形だったのだろう。


「いたぞ! 〈金枝〉の御方が仰った通り、侵入者だ!」


 不意に、階下から第二師団の隊士たちが何十人も押し寄せてきた。ハルミカは思いがけず舌打ちをして、背後を振り向く。


「! ……アランロドめ。奴が呼び寄せたな。やはり先程のは時間稼ぎだったか」

「たぶんそうね。ハルミカちゃん、ここはあたしに任せて、あなたは屋上に向かいなさい」


 ディンデルがハルミカの肩を叩いて、階段を下りてゆく。ハルミカは思わず、その背中を呼び止めた。


「待て、ディン! いくら何でも、貴様一人だけでは多勢に無勢だ」

「ふふふ、心配ありがと。でも、ほんとに大丈夫よ~。あたし、これでも結構強いんだから。さっきの胡散臭い呪術師には負けるけど」


 ディンデルが、ハルミカと己の間に花紋様の巨大な結界壁を展開した。これでもう、ハルミカを追う者はいない。


「行きなさい、ハルミカちゃん。そしてあなたが倒すの、カロスを——あたしたち異人類の分も、頼んだわよ」

「……無論だ。しばし耐えよ、ディン。すぐに終わらせる」


 ハルミカは腹を括って頷くと、剣を鞘に納めて、屋上を目指して階段を駆け上る。はるか後方で、ディンデルが今までに聞いたことがないような、ドスの効いた低い声を張り上げるのが聞こえた。


「魔女の男。舐めんじゃないわよ、ひよっこ共」

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