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第29話 きみのもとへ駆けつける


 ◇◇◇


 陽動隊であるカシュガル率いるナーザ軍が、第二師団を相手に派手に暴れ始めたのだろう。

 クノク砦の外が一層と騒がしくなり、内部の守りも随分と薄くなった。これならば、隊士とそう遭遇することもなく探索できるだろう。

 ディンデルの手引きで第二師団隊士に変装し、既にクノク砦の内部へと潜入していたイルダナとハルミカ。ひと気のない階段の裏で砦内の様子をしばらく窺っていた三人だが、イルダナが第二師団隊士の変装を解いて、いつもの燕尾裾の装束姿になる。そんなイルダナに、ディンデルがどこか面白がるような顔をして眉を上げた。


「あら。せっかくあたしが用意した変装、脱いじゃうの?」

「はい。戦化粧ってやつです。こちらの恰好の方がアガります——それに、私が目立ってこれからは囮になりますので。作戦通り、二手に分かれてここからは進みましょう」


 イルダナの言う通り、砦内では二手に分かれる手筈だ。

 常人より五感が鋭いイルダナがナーザ救出を優先させ、ハルミカとディンデルはカロス王を捜し出し、制圧する。そういう作戦だ。

 イルダナはハルミカとディンデルを見回すと、微かに目を細めながら声量を落として語る。


「……もし、アランロドと遭遇した場合は迷わず逃げてください。アランロドは『還し屋七月卿最弱』などと言われていますが……あの男はかつてたった一人で、アウレア帝国軍の一軍を容易く壊滅させたほどの腕を持つ呪術師。奇襲も得意ですから、特にハルミカは気を付けてください。ハルミカこそが、カロス王制圧作戦における要。きみがアランロドに捕まってしまえば、我々ナーザ軍はひとたまりもない」

「ああ。重々承知している」


 イルダナの注意に、ハルミカが力強く頷いて見せる。それにイルダナも「よろしくお願いします」と頷き返しながら、次はディンデルに顔を向けた。


「ディン。しばらくの間、私の代わりにハルミカを頼みます。ハルミカは強いので、ディンは結界魔法で守りに徹してください」

「ええ、わかったわ。ハルミカちゃんは任せてちょうだい、イルダナちゃん」

「はい。では二人とも、また後ほど会いましょう」


 イルダナはハルミカとディンデルの肩を軽く叩いて身を翻すと、砦の西棟を目指して駆け出す。そんなイルダナの背中に、ハルミカの声がかけられた。


「イルダナ! 怖くなる時があれば、喉から血を吹いてでも僕を呼べ——尻を叩きに行ってやる」


 無表情はやはり崩れぬまま、思いがけず「ふ」とイルダナは笑いの混じった吐息を漏らして、ハルミカへとよく通る声で背中越しに応える。


「承知です。ハルミカも怖くて腰抜かしたら私を呼んでください。笑いに行きます」

「ほざけ。殺されたいか?」


 そんな軽口の叩き合いを最後に、ハルミカとディンデルが東棟の方へと走り去る気配がした。

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