第28話 女傑は主を求めて笑う
時刻はとうに深夜を回っている。
イルダナがアナム心臓城にて目にした「樹海焼き」作戦は、人々が寝静まる深夜に決行すると地図に記されていたと云う。おそらく、リエン大樹海に隠れ住む異人類たちが寝静まって、抵抗することすらできない内に焼き殺そうとでも考えてのことだろう。
クノク砦は比較的新しく建造された、城の如く巨大な砦だ。既にリエン大樹海に陣取ったナーザ軍にも、樹海を抜けた先にある砦が木々の間から目にすることができる。
そして、クノク砦には王国軍第二師団の軍勢が集い、あちこちに火を焚いて、樹海焼きの準備と思われる作業に勤しんでいた。
ナーザ軍は主に二手に分かれてクノク砦を攻略する手筈となっている。
まず、イルダナ、ハルミカ、ディンデルの三人は砦内に密かに侵入し、カロス王とアランロドの制圧と共にナーザを救出する奇襲隊。カロス王はともかく、呪術師であるアランロドの存在が厄介極まりないため、ナーザを救出するうえでもこの二人の制圧は欠かせない、作戦の要である。
そしてもう一つは陽動隊。こちらは軍の指揮に慣れているカシュガルが第七師団やグラチア一派を含めたナーザ軍を率い、「樹海焼き」を強行しようとする第二師団に対抗する。
この陽動隊が暴れれば暴れるほど、第二師団の軍勢は陽動隊に気を取られ、「樹海焼き」作戦のために編成されたであろう指揮系統も乱すことができ、砦の内部が手薄になるはずだ。
イルダナとハルミカが立てた作戦を内心でなぞりながら、カシュガルは機嫌よく鼻を鳴らす。
(イルダナもハルミカ殿下も、ますます可愛くなった。なあ、ナーザ殿下。殿下がいずれ治めるエーディーンの未来は、明るく可愛いものになるぞ! 可愛いあの子たちがいるからな)
イルダナたちは、もう既に砦の中に侵入したはずだ。
ならば、そろそろ頃合いかと、カシュガルは夜闇に沈んだリエン大樹海の黒い木々の間を縫うように歩き、クノク砦の前へと進み出る。一気にカシュガルの全身が、辺りでちらつく松明の明かりに赤く照らされた。
「敵襲! 大樹海から姿を現した者は何者であろうと、漏れなく抹殺せよとの命だ! 火矢を放て!」
第二師団の隊士たちが次々と火矢を番え、カシュガルに向かって剣や槍を構える。
「撃ぇ!」
号令を受け、火矢が真っ赤な雨の如く降り注ぐ。
カシュガルは頭上に降り注いでくる無数の火矢を見ることもなく、すらりと長剣を引き抜いて、横一線に振るった。
「凍結封印魔法——〈永世氷床〉」
すると、カシュガルの長剣から白い冷気が弾けるように放たれ、瞬く間に全ての火矢を氷結させ、地に落とした。
途端に辺り一帯の気温が一気に下がり、カシュガルは白い息を細く吐き出す。同時に、人間に変装するために被っていた栗色のかつらを取り払った。
カシュガルのアイスブルーの髪が凍てつく冷気を撫でるように靡き、頭頂部からは鹿人族特有の鹿の枝角が生える。
カシュガルは青鹿の長耳を揺らし、長剣をクノク砦に向かって高く掲げた。
「我が名はカシュガル・ヘルヴァルド——〈角媛のカシュガル〉! 我が主、ナーザ第一王子殿下を返してもらうため参上した! さあ、覚悟しろカロス。このカシュガルから主を奪っておいて、無事で済まされると思うなよ? このクノク砦も丸ごと、我らナーザ軍がいただく!」
カシュガルが翡翠色の目をぎらりと眇めると、長剣の切っ先から刀身にかけて風花の紋様が光を迸らせて走り、カシュガルの足元にも巨大な雪の結晶の魔法陣が顕現する。
併せて、カシュガルの背後に花紋様の結界壁が無数に浮かび上がった——第七師団に属する魔女族たちが得意とする魔法、結界魔法だ。
「花山羊の民と、時守鹿たる我が魔法。とくと味わえ。可愛くない人間ども」
カシュガルが地を這うような声を唸らせ、長剣を構えながら第二師団へと襲い掛かる。しかし、その美しい顔は目元を赤らめさせて、無邪気に微笑んでいた。




