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第15話 勇者の耳


 ◇◇◇


 アナム心臓城内に造られた、祭祀用の御前広場を擁する広大な中庭。

 そこに、〈バード祭〉で招かれた吟遊詩人達が集まり、それぞれが思い思いに楽器を奏で、歌を歌う者があちこちにいた。

〈バード祭〉はエーディーン国王による〈火の精霊〉たちへの謝辞の詩歌を歌う祭礼から始まり、その後に吟遊詩人達による〈火の精霊〉への詩歌や楽曲を捧げる本祭が催されるのだ。

 現在、中庭で吟遊詩人たちが思い思いに音を奏でているのは、本祭に備えた楽器や歌声のチューニングのためだろう。

 イルダナも、事前に持ってきていた小型の竪琴の音色を慣れた手つきで調節しながら、隣に立つハルミカへと小声で話しかける。


「それで? ミカ。おまえが言う『秘密の中庭』って所には、ここから行けそう?」


「秘密の中庭」とは、ハルミカ曰く。このアナム心臓城において、隠し通路の如く造られた構造の古い中庭らしく、その通路状の中庭からは、玉座の間、軍議室、貴賓室といったような城内の様々な部屋を密かに覗くことが可能なのだとか。

 幼少期より長年、アナム心臓城に監禁されていたハルミカは、心臓城からの脱走を何度も試みている内に、王族すらも知らないその「秘密の中庭」を偶然にも発見したのだという。

 つまりは、ハルミカだけが知る「秘密の中庭」は、カロス王陣営の機密情報を盗むためにもってこいの潜入場所なのであった。故にイルダナたちは今回の潜入にあたってはまず、「秘密の中庭」を見つけることを最優先事項としている。

 内心で潜入作戦の手順を改めてなぞるイルダナ。ハルミカも声を潜めつつ、イルダナからの問いに答えた。


「問題ない。だが、察するに……城内の人の往来が激しすぎる。件の中庭の入り口は、ひと気のない場所ではあるが、一介の吟遊詩人がそこまで入り込むには道中で人目が付き、怪しまれる可能性が高い。如何にしたものか……」


 軽く唇を嚙み、眉を顰めて悩むハルミカに、イルダナは「なーんだ。そんなこと」と軽薄な声を出してハルミカの肩に肘を置いた。


「それなら、城内の人たちをなるべくこの御前広場に集めればいいわけだ。そうすれば城内の人目が減って、吟遊詩人の探索も誰にも見られない。うん、まあ、おれならやれるよ。そういうこと。だけどそうなると、一時的にミカと別行動になるな……ミカ、一人でもだいじょうぶ?」


 おそらく、城内にはハルミカを狙う第二師団の隊士も多くいるだろう。ハルミカの正体がバレる可能性は限りなく低いが、それでもイルダナは、ハルミカを一人にするのは心がざわついた。

 そんな本音を押し隠し、小首を傾げて尋ねるイルダナだったが、どうやら本人にはお見通しだったらしい。ハルミカがますます不機嫌そうに顔を歪めて、肩に置かれたイルダナの腕を払いのけた。


「やはり貴様は傲慢だ……僕の心配など不要。貴様に策があるのであれば、それを利用するまで。ならばこれより今しばらく別行動だ。よいな?」

「……わかったよ。じゃあ、ちょっとの間だけそれで行こう。だけど、ミカ。これだけは覚えとけ」


 苦笑を零していたイルダナは打って変わって、軽薄な男の声のままではあったが、いつもの素の状態に近い真顔のような真剣な面持ちで、ハルミカに視線だけを向けた。

 いつもより近い位置で見るハルミカの横顔は、心なしかあまり顔色が良くないようにも思える。その直感が、イルダナの口を突き動かした。


「何かあったら、迷わずおれの名前を呼べ。どれだけ小さかろうが、枯れ果てていようが、声にならない声だろうが。呼ばれれば、おれは如何なる声も聞き逃さない——絶対にだ」


 低めた声で囁くように、ハルミカに言い聞かせるように、しかしイルダナは、強い語調で語る。

 ナーザに「生き急いでいる」と心配されるほどに無理をしがちなハルミカの脳内に、少しでも「イルダナを頼る」という選択肢が思い浮かぶように。


「だから、困った時でも怖くなった時でも、いつでも迷わず呼べ。いいな?」


 これは、還し屋の仕事において連係することになった相手には、いつも必ずイルダナが伝えていることであった。

 ハルミカはイルダナからこんな事を言われれば怒るかもしれない。それゆえに口にすることを寸前まで迷っていたが、それでもイルダナは、これだけはどうしても伝えておかなければならないと、今回は何となく強く思ったのだ。

 イルダナは軽くハルミカの肩を片手で引いて、ハルミカの顔を覗き込む。するとハルミカは、思っていたよりもどこかぽかんとした様子で、小さく口を開いた。


「……まるで、御伽噺に出てくる……『勇者』のようなことを、言う……」


 そこまで言って、ハルミカは途端にはっと我に返ったように息を呑むと、すぐに固く口を噤んだ。

 どうやら無意識のうちに口をついて出た発言だったらしい。

 イルダナは、ハルミカの口から出た「勇者」という意外過ぎる言葉に内心で驚きながらも、軽薄な吟遊詩人の男らしく、小さく笑ってハルミカの肩を何度か叩いた。


「おれが勇者かあ。初めて言われたよ、そんなこと。というか、おれに一番相応しくない称号じゃない? それ」

「……黙れ。僕は何も言ってない。……あと、『怖くなった時』とは何事だ。貴様でもあるまいし。僕は恐怖など感じぬ。何度も言わせるな、戯け」


 ハルミカが、いつもより早く感じる口調で毒づくと、くるりとそっぽを向いてしまう。

 そんなハルミカに、イルダナは内心で「まあ、これくらい。いつもの調子ならだいじょうぶそうですね」と呟くと、隣にいたハルミカを追い越して前へと歩み出した。

 どんどんと離れてゆくイルダナの背中に、控えめなハルミカの声が思いがけずといったようにかけられる。


「貴様……! そういえば、如何にして御前広場に人を集めるつもりだ?」

「ああ。そんなの、聞いてればすぐわかるって。とにかく、おれが御前広場に人は掻き集めとくからさ。ミカは安心して、件の中庭の入り口を探していいぜ。だから、先行ってて。すぐ追いつく」


 ハルミカには見えないだろうけど。それでも「だいじょうぶ」の意を込めて。イルダナはひらりと片手を振って見せて、御前広場の中央へと一切の躊躇もなく歩いて行った。

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