第14話 太陽に焦がれし王
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アナム心臓城、軍議室にて。
緩く結わえた白髪交じりの黒髪を肩に流し、黄金の〈太陽の目〉を吊り上げた中年の男——カロス王が、手に持つ王笏をエーディーン王国の地図が広げられたテーブルへ叩きつけ、己の傍に跪く人物へと剣呑な低い声を突き刺した。
「むざむざと、またもや逃げられおって。これで何度目だ。太陽の目どころか、黒髪すら持たぬそなたの存在価値はあれの子を孕むことしかなかろう。王家の証を殆ど持たぬそなたは、〈太陽王〉の血を濃く引き継いだ子をなさねばエーディーン王族とも認められぬ。それだというのに、なにゆえこうも己の責を果たせぬのか。父の想いを無下にするつもりか?」
カロス王が睥睨する先で跪くのは、娘であるスレン。
スレンが恭しく、深く首を垂れながら、カロス王へとか細い声で応えた。
「申し訳、ありません。父様。だけどハルミカ殿下は、本当に気難しい方。無理やり力尽くで捕えることもできます。でもそんなことしたら、ハルミカ殿下はきっと舌を嚙み切ってでも自害する。前にも似たようなことがあって、殿下は精霊魔法を使って自ら死にかけた。ハルミカ殿下を生け捕りにするには……説得、しないと」
スレンの声を遮って、カロス王は再び王笏でテーブルを強く叩いた。
「ならば、言い包めるでも何でもして、今度こそ生け捕りにせよ。そなたがかつて殺し損ねた〈銀腕〉が擁する第四師団の庇護のおかげで、あれの行方を追跡することすら随分と難しくなったのだ。これらは全て、そなたの落ち度ゆえに起きたこと。そなたが我が娘でなければ、即刻処刑していた」
カロス王の叱責に、スレンは頭を足元の絨毯に擦り付けながら、ぎこちない声で何度も謝罪する。
「はい。申し訳、ありません。申し訳、ありません。申し訳、ありません」
「よいな? 一刻も早く、あれを捕えよ。次、失態を犯すことがあれば、躾の時間と人手を今以上に増やす。幸い、そなたを気に入っておる諸侯も多いゆえ。極力、あれの子を孕むことが第一ではあるが……あれが不能な場合、王室に近い諸侯の男も視野に入れねばならんからな」
カロス王の呆れたような物言いに、スレンが微かに呼吸を震わせて、息を呑む気配がした。しかし、すぐにスレンは更に深々と首を垂れて、掠れた声でカロス王に応える。
「わかりました。父様……申し訳、ありません。申し訳、ありません」
「もうよい。今は手筈通りに動くことだ。ゆけ」
カロス王は顎を振って、スレンに退室を促す。スレンは素早く立ち上がると、腰を折ってまた深々と頭を下げて見せた後、足早に軍議室を後にした。
スレンが退室し、カロス王は深々とため息を吐き出すと、王笏でコンコンと床を突いて鳴らす。
「出てこい。我が娘の失態はともかくとして——そなたの〈アイティナラント・ルグ〉の監視はどうなっておる。〈金枝のドルイド〉」
カロス王の呼びかけに応えるように、軍議室の隅にある物陰の暗がりから、影の如くどろりと一人の人物が音も無く現れた。
カロス王に「金枝」もしくは「ドルイド」と呼ばれた人物は、まるで少年少女ほどの小柄な背丈で、頭から全身にかけて常闇を閉じ込めたような黒いマントに、銀糸の刺繍で星の川の如く複雑な紋様が模られた同色のローブを身に纏っており、子どもの背丈の何倍もある神秘的な装飾がなされた長杖を片手に突いている。
ドルイドが恭しい所作で、軽くカロス王に頭を下げて見せた。
「ええ、王よ。〈アイティナラント・ルグ〉は依然として既に、我らが掌中も同然。これよりもどうか、わたくしめに全てお任せくださいませ」
ドルイドの余裕綽々とした物言いに、カロス王はふんと満足げに鼻を鳴らす。
そこでふと、ドルイドが顔を微かに上げて、カロス王の顔を下から覗き込むように見上げた。
「しかし、王よ。〈貌漂しのイルダナ〉の抹殺につきましても、くれぐれもお忘れなきようお願い申し上げます。末席といえど、還し屋七月卿の一人として名を連ねるあの者が存在していては〈アイティナラント・ルグ〉の使用は難しいうえに、王が操る不死なる軍勢とも相性が悪うございます」
「還し屋七月卿か。ふむ……〈奉還の魔王〉は厄介極まりないが、あやつはおそらく死んだ。そのイルダナとやらも所詮は〈奉還の魔王〉の残り滓であろう。年も若いと聞く。そのような者がまことに、そなたと私の脅威になり得るのか?」
訝しんで黄金の目を細めるカロス王を、ドルイドが更に顔を上げて、真っ直ぐに見据える。闇影に吞まれて顔の見えないドルイドのフードの中から、きらきらと鋭い光が瞬いた気がした。
「〈奉還の魔王〉が弟子、七人の還し屋——あれらは全て、どうしようもないバケモノでございます。聡明なる王も、特に〈貌漂しのイルダナ〉を直に目になさいましたら、すぐにお解りになられることでしょう。奴は七月卿の中で最も底知れぬ力を秘めた、類稀なる怪物でございますから」
「ほう。左様か……唯一、この私が〈奉還の魔王〉に並ぶ怪物と見定めたそなたが、そこまで恐れるほどの怪物か、それは。面白い」
カロス王はにたりと笑みを綻ばせて、王笏を力強く床に突く。
「だが、私は当代の〈太陽王〉である。〈太陽王〉とは、遍く怪物共を等しく屠る王。不死の軍勢を手に入れた私と、この私が怪物と認めた臣たるそなたがおれば、どのような怪物も敵にあらず」
カロス王は、跪くドルイドの肩を王笏で叩いた。
「〈太陽王〉が臣たる、月闇の民ドルイドが末裔〈金枝〉よ。なればこそ、そなたの戦術を以てイルダナを抹殺せよ。そして、今こそ〈アイティナラント・ルグ〉の真の力を起動させるのだ」
「金枝」の名を冠するドルイドはまた深々と首を垂れて、「王の仰せのままに」とカロス王に淡々と応えた。




