第九話
世間で奉行所襲撃事件は大きくなっていく。寂れた宿にまで噂が飛んでくるくらいだ。赫灼組の見廻りが町中でも目につくほど増えていた。
これは完全に宋秀の仕業だ。祥介はやってくれると内心でため息をつきながらも笑みを崩さない。
彼が一手を打ったことで、相手も簡単には出てこれなくなった。つまり祥介は一葉という爆弾を抱えたまま、追い詰められ始めたことを自覚する。
手詰まりではない。その爆弾が爆発する余地は、相手側も同じだからだ。
すでに一葉のことを認識しているのなら、何が何でも彼女を殺したいはずだ。重吉郎をハメた人間は、自分に不利になるようなことを残したくはないはず。
しかし、それはどこで動き出すかは完全に測り損ねてしまった。
「……宋秀のじっちゃんも女々しいね」
団子を食べ終えた竹串を手の中で弄びながら、祥介は一葉と隣り合って町中を観察する。
商人や町人はいつも通り動いている。少し怪訝そうな様子だが、代わりはない。子どもの姿は減った。半厳戒態勢の今、外に出すほうが危ないから当然だ。
代わりに異物となって出てきたのは、武家の人間だ。赫灼組の見廻りを牽制するかのように、侍が出回っている。
立場的に、何か嗅ぎ回られることがあると困るということか。
「どうするの……?」
さすがの町の圧力に、一葉も困惑気味だ。しかし、その困惑は祥介から見れば不当にしか見えない。
彼女の動いた結果がこの事態を招いたのだから。
それを言ったところでもう遅いので、祥介は喉の奥にしまった。
「ま、やりようはあるさ」
こんなこともあろうかと、今日は銭袋を持ってきている。
「昔から言われてるけど、金は何でも解決してくれるってね」
ただし渡す相手は慎重に選ぶ必要があった。
まず、候補は三つ。武家の侍、新聞社、赫灼組。
武家の侍は、直接繋がっている可能性が高いとして一番の近道だ。しかし、主への忠義が強すぎるため、金で動く人間は限りなく少ない。
侍が汚く見えるのは、仕えている主諸共だからである。
次に新聞社。取っ掛かりとしては良いだろうが今欲しいのは曖昧な情報ではなく、どう内情に触れるかである。
場外乱闘である新聞社が、そこまで精度の高いものを持っているとは思えない。
残されたのは赫灼組。一応公的機関として、奉行所の上部組織に位置している。しかしその実は、お上に不信感を持っているものも多い。中でも給料問題は申告のようだ。
「ま、一つしかないわな」
立ち上がり、背中を伸ばした。懐に忍ばせた銭袋に意識を向けて、近くを通った赫灼組の進路を遮る。
「なんだ兄ちゃん? どけ」
二人組の彼らは、どこか不機嫌そうだ。目の下のクマから見て、寝れていないのだろう。
「お兄さん方。ちょいとお武家さんと楽しいことしないかい?」
「は? 意味わかんねぇこと言ってんじゃねえ──」
突っぱねようとした男の手に銭袋を乗せた。ずっしりとした重みに眉根を寄せて、中身を確認する。喉が鳴ったのを、祥介は見逃さなかった。
「……何をすればいい?」
「なぁに出鱈目な罪状を取り繕って、武家さんの家に因縁をつけてくれればいいんですよ。ついでに二人分の赫灼組の衣装も用意してくれるとうれしい」
「……それ、とんでもない頼み事をしてるってわかってるか?」
二人は顔を見合わせている。眉根を寄せているのを見るとまだ決めかねているようだ。
「何も無差別にとは言ってません。最近、見回りを強化し始めた武家だけで結構です。ほら、あなたたちに合わせて出てきたってことは、何か後ろ暗いことがある証拠でしょう?」
「だが、そんなこと宋秀さんが許すかどうか……」
「あぁ、それなら大丈夫。代わりに祥介を殴ってくれって言ったら一発で解決しますので」
ダメ押しに、もう一人の手にも銭袋を乗せる。ここ一年で貯めていた指名手配浪人を捕まえて貯めたお金だ。これ以上要求されれば、あとはない。
内心の冷や汗を、笑みで隠した。
「分かったついてこい」
クイックイッと男たちは人差し指を動かした。
少し遠くで口を開けてポカンとしている一葉を、祥介は呼び寄せる。
近づいてきた彼女の顔は、どうにも不機嫌そうだった。
「賄賂ってやることが汚い」
コソッと彼女が言った言葉に、笑みを崩さぬまま祥介が答える。
「人を殺してる人間が何を言うんだい?」
「……それはっ」
痛いところを突かれたとでもいうように、一葉は視線をそらした。
「僕はお金を有効活用しただけ。たまたま彼らが内部に橋渡しをしてくれただけ。ただ、それだけさ」
「……そう」
納得できないとでもいうように息をつく彼女に、まだまだだなと思う。




