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第十話

 二人が見繕ってきてくれた赫灼組の着物に袖を通す。人目のない路地裏で着替え、祥介は姿勢を整えた。


 奥で着替え終えた一葉は、恥ずかしそうに姿を現した。

 服に着せられているような印象で、とてもじゃないが似合っているとは思えない。

 笑みを隠すように顔を背けると睨まれた。


「いや、似合ってるよ。ちんちくりんで」


 笑みをたたえたまま言うと、強烈な蹴りを尻に浴びせられた。喉の奥から引っかかるような悲鳴が、祥介の口から漏れる。


「おい、あんまり騒ぐんじゃねぇ……」


 見張っている赫灼組の一人が、注意してくる。


「ごめんごめん、じゃじゃ馬だから」


 からかうように言うと、また隣の一葉に睨まれる。これ以上すると忍者刀を抜いてきそうなのでやめておいた。



※※※※※※※※※※



華原かはら……小呂智おろち……」


 隣に立つ一葉が、自己主張の激しい肖像画を見ながらつぶやく。

 町に侍の見回りをつけていたのは、主に華原家のものだった。赫灼組の二人が難癖をでっち上げると、素直に家に入れてくれる。

 まぁ、今は大きな衝突を起こしたくないということだろう。


 祥介から言わせてもらうと、華原の動きには矛盾が生じている。

 赫灼組の見回りにぶつけるように侍を送り込む。これは外側から見ればだいぶ怪しい動きだ。

 あからさまなほどに。

  穏便に済ませたくないという意地がそこかしこから湧いてくる。


 同時になるほどねと、納得もする。


 華原家はずっとお上の懐に入りたがっていたが、木下重吉郎に睨まれていたために動けずにいた。しかし、彼がなくなってからメキメキと頭角を現し始め、間もなく手が届くところまでやってきている。

 犯人なら辻褄が合う。というよりも、シナリオが噛み合いすぎる。


──考えすぎか?


 思考を巡らせていると、小太りの男が女中を侍らせて入ってきた。

 

「俺様の方針に難癖付ける若い組員とはオメェらか?」


 一葉よりも小さい男は、こちらを睨みつけていた。


「あいつが華原……?」


 一葉が吹き出しそうになるのを、何とか堪えている。

 無理もない。肖像画ではとてもイケメンに描かれているからだ。


 叱咤するように彼女の肩を小突く。コホンと咳払いをして、一葉は背筋を伸ばした。


 華原は雑にソファに座る。西洋風で統一された部屋には、着物はどうしても浮く。さらには小物そうな男が偉そうにしているからなおさらだ。


──こいつが華原?


 赫灼組の二人が見回りに侍をぶつけてきていることについて問いただしている間、祥介は頭の中で考えを巡らした。


──どうにも能力が高そうには見えないが……。それに、こんなに不用心に赫灼組を上げるか?


 少なくとも、重吉郎を謀殺した奴には見えない。やはり考えすぎだろうかと首をひねる。


「おい、そこの女」


 華原は太った人差し指で一葉を差した。完全に不意を突かれた彼女は、少し上ずった声を出す。


「お前の顔、どっかで見たことあるんだよな? どこだったか……?」


 その一言に、何か底しれないものを祥介は感じた。笑みを消し、一葉の前に出ようとする。


「そうだ……木下重吉郎の顔にそっくりだ」


 その言葉を聞いた瞬間、一葉は飛び出していた。忍者刀を握り華原の首元を深く刺している。


「なっ」

「おまっ」


 赫灼組の二人が即座に状況を理解して刀を抜く。状況対応能力はさすがと言えるだろう。

 一方の祥介は予想外だと額に手を当てる。


 一葉の行動は予想していた。華原が殺されるのも予想していた。しかし、華原があまりに無防備に名前を出したのが予想外過ぎた。


「何をしてる!」

「現行犯殺人!」


 一葉は二人に取り押さえられる。一緒に来た女中たちは悲鳴を上げて逃げていった。

 ソファに座っている華原は、首から血を流しながす。虚ろな瞳が虚空を見つめていた。


「……く、くくく。短気はいけねぇな木下の娘」


 死んだはずの華原の言い放った言葉に、その場の誰もが凍りついた。祥介だけは置いて。


──やられた。


 奥歯を噛み締めながら、一葉の後ろ襟首を引っ張る。赫灼組の手が緩んでいたから、あっさりと回収することができた。

 直後、醜い小太りの男の身体が膨張する。爆発とともに周囲に短剣やシュリケンが飛び散る。

 

 祥介は刀を抜いて、できる限りを叩き落とした。腕には軽い傷を負ったが、命に別状はない。後方に逃がした一葉も無事だ。

 しかし、近くにいた二人組は致命傷を負っていた。一方は動かずもう一方は苦しそうな声を出してこちらに手を伸ばしていた。


 彼らは祥介が利用した。賄賂に釣られるということは利用されて仕方ない人間だった。

 しかし、胸糞が悪くなる。


「……ちっ」


 刀を納めながら、誰にも聞こえない声で舌打ちをした。

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