第六話
「ひぇ〜、こりゃ全員一撃だぁ」
茶髪の赤い着物に身を纏った男が、不愉快な顔で不愉快な声を上げた。
柿原宋秀は、咥えた煙草を歯ぎしりが鳴るほど噛む。
「遅れたくせにオメェの第一声がそれかよ?」
「仕方ないじゃないっすか? こっちは非番だったんすよ?」
「何が非番だド阿呆め。昨日のうちに継続手続きすましてあっただろ!?」
「あいて! パワハラ!」
宋秀に殴られた男──宇津野瑞池は頭を抑えながら睨んでくる。素知らぬ顔をしてると、彼は諦めたように続けた。
「にしても不意討ちとはいえ、全員が殺られるなんて相手はどんなヤツなんでしょうね?」
現場は南町奉行所。ガイシャはそこに勤めていた人間三人。
「腐ってもは余計だ」
「いやいや、内勤中に賭け事してる奴らですよ?」
「……余計だ」
咥えているタバコを取り、宋秀は煙を吐き出した。
「それで、お前は本当に三人だけ不意討ちされたと思ってんのか?」
「昨日、内勤だったのはこの三人って聞いています。訪れる客の予定もなかったって」
「バカが。倫理を語る前に現場を見る目を養え」
「あ、モラハラ」
瑞池の言葉に大きくため息をついた。
宋秀は手袋をした手で、床に落ちている銭を指さす。
「これは、チップ代わりに賭けられてた金だ」
「そんなの観ればわかりますって」
「じゃあなんで床に散らばっている?」
彼の問いに、瑞池は考えてから答える。
「揉み合ったからっすか? ほら、机も壊れてますし」
「お前は最初に言ったよな? ガイシャはすべて一撃だと。じゃあ誰と揉み合ったんだ?」
「……イマジナリーエネミー?」
そのアホくさい答えに、宋秀は火がついたままのタバコを瑞池に投げた。
「あっつ! もう、これハラスメントとかの域じゃないっすよ!?」
「犯人以外の誰かがいたんだよ馬鹿野郎が」
「ほえ〜……で、その誰かって誰っすか?」
瑞池のわかっていなさそうな声に、宋秀は諦めるように息をついた。
「これからそれを聞き込むんだ……」
正直な話、宋秀も気は進まない。これはただの事件ではない臭いがする。
十中八九、この現場の犯人は刀狩りの女だ。しかし、誰か他にいてそいつがその女を庇ったとしたら?
これから出てくる上の対応の予想がついて、今から頭が痛くなってくる。
「……なんのための治安組織だ」
犯罪をさらなる犯罪で覆い隠す。それがまかり通ってる世界に、宋秀は吐き気を覚える。
※※※※※※※※※※
「これなんか良いんじゃないかい?」
祥介はアクセサリー屋からかんざしを取って、適当に一葉の頭に挿す。情緒も何もない挿し方に、思わず吹き出してしまった。
一葉はただ睨み上げるだけで、何も言わない。
あれからしばらく二人は町を回っていた。手がかりを探すという名目で、祥介が連れ回しているだけだが。
「ふざけてるだけなら私行くから」
「いやいやふざけてないよ」
彼女の頭からかんざしを抜いて、元の場所に戻した。店主に嫌な顔をされたので、仕方なしに銭をチップとして渡しておく。
「……とか言いつつ、ずっと遊んでるだけ。もっとこう、あるでしょ?」
「あるって何がだい?」
「盗賊の情報を探るとか、悪徳な商人の店に行くとか」
店から出ると、町中の喧騒が戻ってきた。
一葉の言葉を聞きながら、祥介はいつもの微笑みを絶やさない。
「そんな次元の話はとっくに超えてるんだよ」
「……どういうこと?」
「良くも悪くも、君は目立ちすぎたってこと」
祥介の言葉の意図がわからないようで、一葉は首を傾げた。
彼女の肩に手を回し、頬を寄せるように顔を近づける。露骨に嫌そうな顔をされたのは今は見なかったことにする。
「例えばあそこで号外を喧伝してる少年。一葉にはどう見える?」
「……え?」
祥介が指を指したのは、木の掲示板の横で紙束を振っている男の子だ。今日の号外は昨日の奉行所襲撃事件を扱っていた。
「……普通に新聞者の男の子?」
「残念外れ」
顔を離して薄い笑みを保ったまま、祥介は一葉の頭をぐちゃぐちゃにするように撫でる。
唐突のことでされるがままになる一葉は、解放されたところでまた睨み上げてきた。
「ま、その答えが出るうちは君もまだまだってことだね」
「……そうやって誤魔化しきれると思ってるの?」
「誤魔化してないさ、本当に」
ふと、祥介は視線を感じる。何人からか見られ、観察されている。
すぐに仕掛けてこないのは、“人目が多いから”だろう。
──釣れた。
笑みを崩すことなく、彼女の手をつかむ。
「ちょ、ちょっと……」
彼女の文句を無視して、そのまま歩き始める。
餌は用意してやったのだ。充分な成果を持ってきてくれることを、内心で期待する。




