第四話
「これどうするの!? い草が高騰して今は畳一枚でさえ高いって分かってるよね!?」
騒ぎを聞きつけた静江が飛び込んできたのは五分前。彼女に正座させられたのは一分前だ。
一葉に突き破られた畳を指さして、彼女は顔を真っ赤にして怒っている。しかし、見た目のせいか腕を組んでても威圧感が出ない。
それを言ったら回し蹴りを食らわされそうなので、喉の奥にしまった。
「ちゃんと修繕費出すから」
薄ら笑いを浮かべて後頭部をかくと、当たり前という怒号が返ってきた。やはり相当お冠のようだ。
「あ、あのそれは私のせいなので」
「一葉ちゃんは口を出さないで! 今はコイツの処遇を決めてるから!」
「ははは、僕はモテモテだ──んぐっ!」
ふざけていると太ももを踏み潰された。顔を見ると次は急所を潰すと言っている。あの目は絶対にそう宣言している。
それから祥介は自分の泊まっている部屋なのに端っこに正座させられた。これほど惨めなことは、笑ってごまかすしかない。
一方の一葉は静江に迫られていた。
鼻を動かして彼女の体の匂いを嗅ぎまくる彼女。一葉が困惑したような表情を浮かべる。
「うん、臭い」
瞬間、一葉の表情が割れた。固まったまま横に倒れる。
「一葉ちゃんお風呂に入ったのはいつ?」
「……覚えてない」
「うん、じゃあこれからお風呂に入ろうか」
「……え?」
有無を言わさず一葉は後ろ襟首を掴まれて連行されていった。
助けを求めるように彼女がこちらを見るが、祥介は目をそらす。
誰も静江に逆らえないのだ。彼女が黒といえば白色も黒くなる。
祥介が合掌すると、一葉は諦めたように顔をうなだれさせる。
「あ、そうだ」
部屋から出ていく直前、静江は振り返る。
「これ以上部屋を傷つけたらぶち転がすから」
その迫力に、喉奥から変な空気が漏れた。
※※※※※※※※※※
「さて──すっかり日が暮れた」
祥介が窓の外を見ると、夕闇を過ぎようとしていた。行燈の明かりが遠くにぽつりぽつりと浮かんでいる。
繁華街のざわめきは、これから最高潮へと向かっていくだろう。
一方、この宿周辺は静けさに包まれていた。人の声がより一層遠くに聞こえる気がする。
懐から手紙を取り出す。一年前に重吉郎から届いた手紙だ。差出日は死ぬ前日だった。わざわざ世間の騒が落ち着いたころに届くようにしたのは、彼らしいと思う。
手紙の内容は、政府から娘を守ってくれということだった。師匠からのお願いと締めくくられている。
「は……こういう時だけ師匠面しやがって」
手紙を握りつぶし、右手で顔を覆う。大きくため息をついてから、手紙を破り捨てた。風に流れて飛んでいく一片をしばらく目で追ってから、肩を落とす。
彼のお願いの第一段階は完了だ。もう、手紙は必要ない。代わりに、一葉を手放さないと決める。
窓枠を乗り越えて、外に出る。二階から道路に飛び出した。
靴裏が土の地面に擦れる。姿勢を正して、月を見上げた。
「出てきなよ」
中空に発した声に反応するように、ひらりと葉っぱが一枚落ちる。それはつむじ風を作り上げて、人型を作る。
現れたのは、長身の男だった。口元は黒い頭巾で隠されている。月の光を反射する瞳は、深い藍色に輝いていた。
「あいや、あっぱれ!」
外見とは裏腹に陽気な声。気が抜けそうな言葉に、祥介は小指で自分の右耳をほじくり返す。
「お前、奉行所を出る頃からつけてただろ?」
「さあさあ、なんのことか分かりませぬ!」
「狙いは刀狩りだな?」
「あいや、それはどうか分かりませぬ!」
埒が明かない。祥介は刀を抜いて、振り上げた。
「……っ!」
男の右目が切れる。血が飛び、地面をぬらした。
「へぇ? それなりにやるようだな」
「こ、殺す気でそうろう!?」
「当たり前だ。オレはお前を敵と見なしたからな」
「何を言っておるか分からぬでござるぅ! 悪はあの女でござんしょう!?」
祥介は刀の峰で、自分の右肩を二回叩いた。大きくため息をついて、呆れるような瞳を向ける。
「確かにあいつは褒められた人間じゃねぇよ? でも、それはお前も一緒だろ?」
「何をいうか!? 我は正義の忍者でござるぅ〜!」
「正義……正義ね。反吐が出るね」
大きくため息をついてから、刃先を相手に向ける。
「お前、“奉行所で一葉が人を殺すとわかっていながら、わざと見逃したよな”? ずっと前からあいつをつけてて、手柄を独り占めするために」
「……そんな事実はない」
「口調が剥がれてるぞアホが。殺される奴が善人でも悪人でもな、放っておいたらその時点で同罪なんだよ」
祥介は懐に入る。
「……はやっ!」
彼が反応する前に、首を刎ねた。男の体は、糸が切れたように地面に倒れる。




