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第三話

 この国では戦争がそこかしこで続いていたという。西洋南蛮すべてを巻き込んで、あらゆる文化の衝突が起こっていた。

 しかし、鹿路町はその激動を生き抜いた。それは独自の文化を作ったと言っても過言ではない。


 祥介は二階の窓から街並みを見やる。夕刻のオレンジに染まる瓦屋根群は、独特なコントラストを見せている。

 一見平和な風景も、見えないところで腐敗が侵食する。それを思うと、祥介の奥歯がギリッとなった。


「……そろそろかな」


 呟いた瞬間、窓から先ほどの銀髪少女が飛び込んでくる。忍者刀を持った彼女は、祥介の首筋を正確に捉えて振り下ろした。

 脇においていた刀を握り、鞘で受け止めた。鈍い音が鳴ると、少女は舌打ちを鳴らす。


「お目覚めかな? お嬢さん?」

「誰がお嬢さんだ」


 中に侵入してきた彼女は、そのまま踏み込んで忍者刀を横に振るう。

 後方に飛び退った祥介の着物の裾を、少し切り裂いた。


 これは予想外。完全に避けたと思っていた。どうやら評価を少しだけ改めないといけないらしい。


「答えて、何で私を助けた?」

「うーん、答えてって言う割にはさっきバリバリで斬られて来られるのは、僕としては困るんだけどね?」

「私がどれだけ刀を振るおうと、あなたはきっと殺せないから」


 そう言いながら踏み込んでくる。刃はすべて殺気を帯びており、まともに当たれば致命傷は免れない。

 それを祥介は軽い動作だけで躱していた。


「だったらなんで君は僕を殺しに来るのかな?」

「八つ当たり」

「なるほど理にかなっている」


 彼女が深く踏み込んだタイミングを狙って、柄を腹部に当てた。過呼吸を起こしながら、彼女は膝をついて蹲る。

 お腹を抑えながら涙目でこちらを睨んでいた。


「ごめんね? 女の子にお腹を殴るのはご法度だけど、君が止まらないからさ」

「ゴホッゴホッ……嘘くさい……言葉を並べないで」


 呼吸を整える彼女は忍者刀を落とし、しばらくその場で蹲っていた。


「元気なのは良いけどさ、いつか身を滅ぼすよ? たまたま僕が相手だから良かったけど」


 取り繕ったような笑みを向けると、彼女はただ睨んでいるだけで何も言わない。

 これではダメだねと、笑みを消す。


木下きのした重吉郎じゅうきちろう。君はこの名前を知ってるよね」


 真剣な瞳で少女を見やると、彼女の瞳が揺れた。初めて憎しみ以外の感情が見えた瞬間だ。


「二年前、鹿路にいた大剣豪さ。任務に失敗して死んだって言われて──」

「違う!」


 思わず出た大声に、彼女はハッとしてから口を覆い隠した。ゆっくり立ち上がると忍者刀を拾い、刃先を祥介の首元に向ける。


「答えて、重吉郎の何を知っているの?」

「いいよ、まずは僕の正体を少し話そう」


 真剣な表情を作る。少女の持つ忍者刀の刃先が震えていた。


「僕は重吉郎の一番弟子さ」


 瞬間、予備動作なしで彼女が突きを浴びせてきた。首をかすり、血が飛ぶ。もし避けるのが数瞬でも遅れていたら、死んでいるところだ。


 忍者刀の刃は、畳のい草に深く突き刺さっている。


「……何をするんだい?」

「嘘を言わないで、父……重吉郎は弟子を取ったことない」

「え、嘘だろ?」


 その事実を受けて、初めて祥介の余裕が崩れる。壁に手をついて、肩を落とした。

 あれだけ剣を教えてくれた先生が、自分のことを弟子だと思っていなかっただなんて……。


 そんな彼の姿を見て、彼女の小さなため息が聞こえた。刺さった忍者刀を取ってから、鞘に納めた。


「でも、信じる」

「哀れみはいらないよ……今、僕は世の理不尽について嘆いているところさ」

「……昔鬱陶しいほどに懐かれたガキがいたって言ってたから。多分、あなたのことでしょ?」


 あ、なるほど鬱陶しがられてたんだと、さらにショックを受けた。


「もしかして、私何か言っちゃった?」

「うん、ものすごい刃で殺された気分だよ」


 大きなため息をついてから、座り直す。仕切り直すと、今度は彼女は座ってくれた。


「……君はししょ──重吉郎の娘で間違いないね?」


 その言葉に、彼女は無言でコクリと頷く。


 木下重吉郎──彼の偉業は決して表では語られないことが多い。それでも“大剣豪として名を残した”のは、異例である。

 表で殺した人間は百人。裏で殺した人間は数知れず。そんな忠臣でさえ、簡単に裏切られて見捨てられる。

 そして世間は、彼の忘れ形見である実の娘も出にかけようとしていた。


 娘はただ、真実を求めているだけだというのに。


「木下一葉(かずは)。刀狩りと言われる者の正体は君だね?」

「……私は父の刀を返してほしいだけ。私を追いかける奴を先に消してただけ」

「分かるよ。でも、君一人ではもう限界が見え始めてただろ?」


 祥介の問いに、彼女は答えなかった。

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