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断章4 とあるエルフの失意の記憶


 嬉しい、と思った気がして、彼の名前を呼んだ。

 

 すると、アコニット君が私を見つけた。

 あの頃のままの笑顔で、「一緒に旅をしよう」と言った。


 約束したことは覚えている。

 彼は外の世界に行きたいと言っていた。

 私はアコニットくんのお嫁さんになりたかったから、旅についていきたいと言った。

 

 アコニットくんはあの時語った夢を叶えて、ここにいるんだ。

 彼の幸せに満ちた眸を見て、私の嬉しさはどこかへ消え失せた。

 

 私は、もう何も残っていない。

 子供を産めず、メスとしての価値もない。

 この世界に私を必要としてくれる場所なんてどこにもないのに、死ぬことも出来ない。

 

 アコニットくんの笑顔は眩しくて、怖かった。

 自分が不幸なのだと思い知らされるから。

 

 だから、私は返事をしなかった。

 それなのに、彼は私を強引に旅に連れ出した。

 

 旅をしようが、ここで座っていようが、何も変わらない。

 それなら、何も見ないで済むほうがずっといい。

 そう思っていたのに、アコニットくんは私に色んな景色を見せた。


 初めて海を見た。

 とても大きな塩水の池、ただそれだけだった。

 

 崖から落ちる大滝を見た。

 私もあそこから飛べば死ねるかもしれないと思った。


 赤龍と戦った。

 鋭く見えた大きな爪も、なんでもかみ砕きそうな牙も、私の命を奪う前にアコニットくんが壊してしまった。


 何年か一緒に旅をして、たくさんの景色を見たけれど、私は何も感じなかった。

 アコニットくんは私を死から遠ざけるだけで、私を救ってはくれなかった。


 でも、彼はずっと笑顔だった。

 私はろくに喋らないのに、全く笑わないのに、エッチなこともしないのに、彼はずっと笑っていた。

 

 それを見ると少しだけ、安心した。

 

 南方に行った時に、大きな丸い猫に会った。

 お腹を空に向けたまま、眠っているようだった。

 

「スプリちゃん!乗ってみようよ!」

 花が咲いたような笑顔を浮かべて、アコニットくんが私を持ち上げる。

 大きな背中に飛び乗ると、ふわふわな毛が優しく肌を撫でて、眠っちゃいそうなくらい優しい匂いがした。

 

「ふわふわしてるね!」

 両手を大きく広げ、抱きつくように寝転がる彼が、また微笑んでいる。

 まるで小っちゃい頃のアコニットくんと遊んだ頃を思い出す。


 すると、アコニットくんが私の顔を指さして、大きな声で言った。

 

「あーっ!笑ったぁ! スプリちゃんが笑ったぁ!」 


 おどろいた。 

 私はいま、笑ってるんだ。

  

 あんまり実感は湧かなかったけれど、自分が笑ってることを笑うアコニットくんが目の前にいて、


 嬉しかった。

 長い間ずうっとどこかに置き忘れていた感情だった。


 それから、私は少しずつ笑えるようになった。

 笑っているのがどういう時か分かるようになって、水辺に写る自分の笑顔を見た。


 ちょっと変な感じがするけど、アコニットくんは可愛いって褒めてくれて、また嬉しくて笑っちゃう。

 

 これからこういう日が続くのかな?

 なんとなくそう思って、ちょっとだけ生きていたいと思えた。


 ――すぐに終わりが来た。


 宿で眠っていると、アコニットくんがエッチをしようとした。

 私はエッチができないことを知られたら、アコニットくんに嫌われちゃうと思って、一生懸命「やめて」ってお願いした。

 でも、彼は聞いてくれなくて私の服を乱暴に破いて、言った。


「なんでなんで!? どうして!?」


「どうしてスプリちゃんダメになっちゃってるの!?」


「聞いてないよ! おかしいよ! なんでなんでなんで!?」

   

「なんで教えてくれないの!? ねえねえ!?」


 怖くて、悲しくて、私は「ごめんなさい」をたくさん言った。

 アコニットくんに嫌われちゃったから、いっぱい涙が出た。


 アコニットくんはしばらく何かを言ったあと、私に「今日は寝よう」と言った。

 悲しそうに見えた。

 

 たくさんしてくれたのに、何も返せないことが辛かった。

 何か私にも出来ることないかな、アコニットくんが喜んでくれることないかなって考えながら眠った。


 でも、目が覚めた時には、アコニットくんが床で死んじゃってた。

 顔が誰だか分からないくらい膨らんでて、怖かった。

 首に跡があったから、自分で死んだんだって分かった。


 急いでアコニットくんを生き返らせようと魔法を使った。

 でも全然うまくいかなくて、アコニットくんは目覚めない。 


「わたしのせいだ……」


 私がダメにされちゃったから、アコニットくんは死んじゃったんだ。

 いっぱい貰ったのに何も返さないで、アコニットくんを生き返らせもしない。


 私が殺しちゃったんだ。


 死ななきゃって思って、一生懸命死のうとしたけど血も出なくて、たくさん泣いた。


 私には何もないのに。

 私がいるだけで人が死んじゃうのに。

 もう生きてちゃいけないのに。 

 

 どうしても死ねない。


 だから私は、隠れて暮らすことにした。

 なるべく人に会わないように、ひっそりと過ごした。

 お金がないと生きていけなかったから、最低限の仕事だけをした。

 

 いつか死ぬその日を待つ。

 それだけの日々が延々と過ぎていく。

 

  

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