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三十八話 三十七日目


 日の出と同時に目を覚ました僕達は、港の事務所で船の手続きをする。

 僕達は旅装束をカバンに仕舞い、バカンス衣装を身に纏う。

 スプリさんはデートの時に買った白のワンピース。

 襟付で清楚な印象だけど、なんとスカートが膝丈。

 スプリさん史上最大の足魅せに、僕の心臓が悲鳴を上げている。

 

「はい、まいどあり。もうすぐ出航するから走った方がいいよ」

 金貨を数え終えた受付からチケットを受け取り、すぐさま船へ向かう。

 スプリさんの服装を褒める時間を取り過ぎてしまったようだ。


 漁船や客船。

 たくさんの船が並ぶ港を駆け回って目当ての船を探す。

「あ、あれです!」

「どれ?」

「あの海鳥の絵を描いた船です!」  

 十人そこらが定員と思しき小ぶりな客船を見つけ、スプリさんの手を引く。

 

 渡り板の前に立つ男にチケットを見せ、船に乗り込む。  

 するとすぐさま船が動き出したので、二人して大きく息を吐く。

 

「間に合った!よかったねぇ」

「ホント良かったです……乗れなかったら三日待たないといけないですからね」

「えーっ!? そうだったんだ?」

    

 改めて深く安堵した後、船内に向かう階段を下りる。

 並ぶ扉に書かれた番号を見ながら、細い廊下を進む。

 

「わわっ」

 船の速度が上がったらしく、廊下が傾いた。

「大丈夫ですか?」

「う、うん……ありがと」

 ふらついたスプリさんを受け止めると、微笑んでくれる。

「うでをぎゅってしててもいい?」

「もちろん」

「うふふ。ありがとね」

 幸い廊下は僕達だけだったから、二人並んで歩いた。


「ここですね」

 八号室、と書かれた扉を開ける。

 くっつけば二人で寝れるくらいのベッドと、申し訳程度の細い机が押し込まれた、ごく小さな部屋。

「「せまっ」」


「かぶっちゃったね」

「かぶっちゃいました」

 二人で笑いあって、それから荷物を降ろす。

 荷物があるとより狭くなって、窓が無いから圧迫感がすごい。


「マル、しっかり匂いをかいでおけ?」

「フスフスフス」

 たとえ一晩の宿といえど、マルは拠点の安全性確認を欠かさない。

「ンゥ~」

 無事完了したようで、早速床で裏返る。


「朝早かったから、マルちゃんはおねむかなぁ?」

「そうみたいです。ちょっと寝かしておいてあげましょうか」


 マルをベッドに乗せてあげてから、客室を出て甲板に向かう。

 甲板に出ると、水分を多分に含んだ潮風が顔を打ちつけた。

 

 海は空の青さをくっきりと映していて、昨晩とは違った美しさがある。

 ユリシアの港はまだ近く、魔法を動力に利用しない帆船の速度を思い知る。

 

 つまり、船旅は始まったばかり。


「すごぉ~い! きもちい!きれい! たのしい~!」

 僕の腕に抱きついたまま、スプリさんが飛び跳ねる。            

「ころんじゃいますよ~?」

「へーき!ぎゅってしてるもん!魔法も使ってるからバッチシだよ!」

「え?魔法使ってるんですか?」

「そうだよ~。グラフトくんの手と私の手をくっつける魔法! 廊下を歩いてた時に発動したんだよ?」

「でましたね無詠唱魔法!」  

「グラフトくんも出来るようにならなきゃダメだよ? 魔法は本来詠唱を必要としない魔法なんだから!」


 スプリが侍女だった時に受けた魔法講義を思い出す。

 結局そのあとスプリさんの母性が爆発し、第二回は無かった。


「また、講義してくれますか?」

「いいよ! い~っぱい教えてあげちゃうね!」

「お手柔らかにおねがいします……」


 スプリさんは魔法のことを話す時は饒舌だ。

 普段はあまり難しい言葉を使いたがらないだけで、この人は本当に賢い。

 

 教えてもらいたいことはたくさんあった。


 それからしばらく海を見ながらおしゃべりをして時間を過ごしたあと、船を探検しようと歩きだす。

 その時、

「うっ」

 吐き気がして口を押える。

「大丈夫? 気持ち悪いの?」

「は、はい……ちょっと酔っちゃったかもしれな――」

 

 僕は会話を中断し、慌てて手すりに身を乗り出して、

「おげえええええ――ッ!!」 

「あわわっ!」


 口から出たものが海を汚し、後方へ流れていく。

 それを見て、また気持ち悪くなる。


「うぷ」

「どうしようどうしよう!」


 スプリさんは魔法で僕に引っついたまま、慌てている。

 汚れてしまわないよう、まずは離れてくださいと言いたいところだが、それどころではない。


「うえええええ――!」

 また出た。しんどい。

 カッコ悪い。


 そんな時、「よし」と聞こえたあと、急に吐き気が無くなった。

 横目でスプリさんを見ると、僕の胸に手をかざしていた。


「魔法、ですか……?」

「うん! 楽になったでしょ?」

「はい……ありがとうございます」

「お部屋戻ってやすもっか」

「はい……すいません」


 船旅とは、なんと過酷なものか?


 スプリさんに肩を貸してもらいながら、部屋に戻った。


 寝てるマルを少し横にずらしてベッドに横になると、またスプリさんが魔法をかけてくれる。

「これで大丈夫だと思うけど、ちょっと休んでよっか」

 スプリさんがベッドに腰かけて言った。

 

「……はい」

 情けないし、恥ずかしい。

 夜は泣いて慰められ、昼間はこうして看病されて。

 スプリさんに世話になってばっかりだ。


「ごめんなさいスプリさん。 こんなはずじゃなかったんですけど」

 つい言い訳までしてしまう。

 

「んーん。私はグラフトくんの役に立てて嬉しいよ?それに……」


「こうやってグラフトくんを甘やかすのが、私の幸せなの」

 優しく微笑みながら、僕の頭を撫でてくれた。


 幸せ、という言葉を使われると、もう何も言えなくなってしまう。

「ありがとうございます」

「うん。ゆっくりしてようね」


 ほどなくして、揺れる天井を眺めても平気になった。

 正直なところもう走り回れそうなのだけれど、スプリさんがあまりにも慈愛に満ちていて、もうちょっとこうしてようかと思うに至る。


「あ、そうだ」

 スプリさんが突然呟いたあと、中空から裁縫道具が現れる。

 この物を具現化させる魔法をさも平然と行うのは、あまりにも常識を逸脱している。

 これが走馬灯の再現なのか、それとも本来の彼女がこういった魔法を使えるのか、彼女の魔法の卓越ぶりを見ては分からなくなる。 

   

「アップリケですか?」

「うん。最近嬉しいことばっかりだったのに、ずうっと作れてなかったからねぇ」


 でも、わざわざ縫物をするってことは、やっぱりこの魔法はエルフの走馬灯が為した奇跡なのだろう。

 

「なにを作ろうかなぁ? グラフトくんは何がいい?」

「キュウバンアカニョロニョロとかどうです? あれ美味しかったですし」

「そうだね! じゃああの日の分はニョロニョロにして……あとはマルちゃんと、ちーずおむれつ?と……」

 

 彼女は指折り数えながら、一緒に過ごした思い出をアップリケにしてくれるらしい。

「いっぱいですね」

「うん! 大変だぞ~!」

 

 スプリさんは「大仕事だ~」と言いながらも、楽しそうにアップリケ作りに励んだ。

 食事の時間になると一緒に食堂に行き、少しだけ船の中を探検して、また部屋でアップリケ作りを再開する。

 

 スプリさんの裁縫を見るのは彼女がまだ幼少の記憶に居た頃以来。

 魔法でズバズバ作るのかと思いきや、完全な手縫い。

 まるで糸一本一本に思い出を込めるように、丁寧に丁寧に紡いでいく。

 

 集中する彼女は時折、「うん」とか「ふう」とか呟くくらいで、僕との間に会話はない。

 でも、こういう静かな時間を二人で過ごすのも、愛おしく思う。


 スプリさんの一番可愛い表情はもちろん笑顔だけど、真剣な時は神秘的に美しい。

 次第に僕の視線は彼女の横顔にくぎ付けになる。

 

 いつもより涼やかな目元。

 小さくて綺麗な鼻。

 一点の汚れもない美しい頬。

 耳にかけた金髪が不意に落ちて、それを耳にかけなおす仕草はまるで絵画のよう。

 

 夢中な彼女に夢中になって、僕は時間を忘れた。

 ただひたすらに彼女を見続けた。

 

 「ンゥ~ン」

 急にマルが目の前に現れるまでだけど。


「よく眠れたか?」

「ンゥ~」

「よしよし。ごはんをあげよう」

 

 最近は移動詰めでマルと遊んでやれてない。

 ごはんをあげてから、スプリさんの邪魔にならないようにして遊んだ。

 とは言ってもマルは普通のネコみたいに飛んだり跳ねたりしないから、撫でたり転がしたりするくらいだ。


「ほぉらわしゃわしゃわしゃ」

「フゥ~ン」


「できたぁ!」

 急にスプリさんが大声を出し、アップリケを両手に掲げる。

「みてみて! 上手に出来たの!」

 

 彼女が見せてくれたのは、二枚のアップリケだ。

 一つが白い吸盤が特徴的な赤いニョロニョロ。

 もう一つはまあるいマルが笑っている。


「すごい……」 

 どちらもすごく繊細な刺繍がされていて、思わず感嘆する。

 

「はいどうぞ!」

 スプリさんはニョロニョロを僕に、マルをマルに、それぞれのアップリケを差し出した。  

    

「ありがとうございます」

「フスフス」


 マルの代わりに二枚とも受け取って、マルのお腹に乗せてあげる。

「マルちゃん気に入ったの~?」

「フスフスフス」

「かわいいねぇ~!」

 

 恍惚としているから、たぶん気に入ったんだろう。

   

「あとでマルのキャリアに貼りましょうか!」

「そうだね!良かったねえマルちゃん」       

「フスフス」


 家族そろって笑いあい、楽しい時間を過ごす。


 魔法で再現されたこのアップリケはいつか消えてしまう。

 そんなことは分かってる。

 

 でも彼女は裁縫が好きで、嬉しい時にアップリケを作るのだ。

 彼女が幸せな時間を過ごせているのなら、僕は見ているだけでも構わない。

 話せなくても、触れられなくても。

 たとえそれが、限りある日々でも。

 

「スプリさん」

「ん?なあに?」


 こちらを向いた彼女の唇に、キスをする。    

 すると彼女が耳まで真っ赤に火照らせて、思わず笑ってしまう。

 

 

 一日が過ぎていく。 

 

  

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