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断章2 とあるエルフの凄惨な記憶


 追放されてはじめて、私は「追放」という言葉の本当の意味を知りました。

 追放が決まった翌日、お父さんに森の外まで連れて行かれて、人間のオスに会いました。

 お父さんは私をそのオスに引き渡すと、代わりに人間のメスを十五人受け取りました。

 人間のメスはみんな、お母さん達と同じ表情をしていました。


「いやだっ!助けてくださいっ!お父様!お父様!」

 どれだけ叫んでも、お父さんはこちらを見ません。

 

 代わりに人間のオスが私に聞いたこともないような下品な言葉をたくさん並べ立てたあと、私の腕に針を刺しました。

 

 それからずっと長い間、私は何も覚えていません。

 何年、あるいは何十年、百年以上かもしれません。

 私はどこで、何に使われていたのでしょうか。

 考えたくもありません。

 

 気付いた時には、私は大きな屋敷の前にいました。

 知らないオスから知らないオスへ引き渡されるところでした。

 

「――ァア゛ッ」

 私は怖くて、叫ぼうとしました。

 でも、口が上手く動きませんでした。

 身体も思ったように動かなくて、首に繋がれた鎖で引きずられました。 

 

 顔を上げると、年老いた人間のオスが私に言いました。

「その長き寿命をポドストロマに献上せよ」

「アァ――アッ」 

 私はそのオスが怖くて、必死に逃げようとしました。

 でも、顔を踏まれました。

 お父さんを思い出して、動けなくなりました。


 私はポドストロマ家という人間貴族の屋敷で侍女をすることになりました。

 侍女という仕事には二つの役割があると教えられました。

 

 ・屋敷内の家事や旦那様の身の回りのお世話をする。

 

 ・旦那様の赤ちゃんを産む。


 屋敷には、私の他にも四人のエルフがいて、同じ仕事をしていました。

 でも、そのうち三人はひどく顔色が悪くて、目の奥が真っ黒でした。

 誰に話しかけても、何も答えてくれませんでした。

 

 一人だけ私と話してくれた子が、メリアちゃんです。

 私よりすごく年下の子で、追放されてすぐにここに連れてこられたと教えてくれました。

 

 旦那様は毎日、私とメリアちゃんを代わりばんこで寝室に呼びました。

 旦那様はお父さんと同じようなことを私にするので、自分が呼ばれる日はいつも涙が出ました。


 メリアちゃんと私はいつも同じことを話しました。

 

 お嫁さんになりたい。

 赤ちゃんを産みたい。

 家族が欲しい。

 

 旦那様は怖くて酷いことをするから好きじゃありません。

 でも、私達は赤ちゃんが欲しかったのです。

 

「二人で頑張ろうね」

「うん」

 何度も励まし合いました。 

 

 ある日、メリアちゃん以外のエルフが突然居なくなりました。

 話したことはなかったけれど、一緒に仕事していた人達だったから、私は心配で仕方がありませんでした。

 だからその晩、旦那様に聞きました。


「他のエルフはどこへいったのですか?」


 すると旦那様は、

「エルフ……? あぁ。あの壊れたヒトモドキどもか。 あんなものでも使える余興があるというのでなぁ。物好き共にくれてやったのよ。何だったか……ああそうだ。 口と尻から毒虫を入れるんだったか?」

 と薄ら笑いを浮かべて言いました。


 彼女らが想像もつかないような辛い目に遭っていることを知って、私は言葉を失いました。


「貴様も同じ目に遭わせてやろうかぁ!? えぇ!? イヤなら早く子を成せっ!!」  

 その日はいつもより強く叩かれました。

 

 怖くて怖くて、必死に家事を頑張るようになりました。


 屋敷に来て三年が経った頃のことです。

 私はまだ赤ちゃんを産めていなかったのですが、メリアちゃんに赤ちゃんが出来ました。

 本当に羨ましくて、寂しくて、怖かったけれど、メリアちゃんが泣いて喜ぶ姿が嬉しくて、一緒に泣きました。

 

 一年後、メリアちゃんは無事赤ちゃんを産みました。

 旦那様が「コウヌ」と名付けたその男の子を、私達はお坊ちゃまと呼ぶことになりました。

 

 メリアちゃんは旦那様が居ない時だけ、こっそり「コウヌ」と呼んでいました。

 その時のメリアちゃんの顔は本当に幸せそうで、見ているだけで泣いてしまいました。

 

 お坊ちゃまが六歳になった時、私とメリアちゃんの役目が一つ減りました。

 旦那様が身体を悪くされたのです。


 旦那様は寝室で眠る時間がすごく増えました。

 だから、メリアちゃんはお坊ちゃまと二人で過ごす時間をたくさん作ることが出来ました。

 その間は、メリアちゃんはいっぱいの愛情を込めて、「コウヌ」と呼びます。

 普段はメリアちゃんのことを「孕み袋」や「ヒトモドキ」と呼ぶお坊ちゃまも、この時だけは「ママ」と呼びます。

 

 私は出来るだけ、二人だけでいられるように、家事や旦那様のお世話を頑張りました。

 

 ある日、メリアちゃんがこっそり教えてくれました。

「私ね? 旦那様が死んだらコウヌと一緒に町で暮らすの!」

 

 二人が幸せになれますように。

 毎日神様にたくさんお願いしました。 

 

 独りぼっちな自分がとても悲しくて、毎晩泣いてしまうことは言いませんでした。

 

 そして、お坊ちゃまが十歳の年。

 旦那様が死にました。

 メリアちゃんは泣いて喜んで、私もつられて泣きました。

 

 旦那様の埋葬などで数日間多忙を極め、ようやく落ち着いた頃。

 メリアちゃんはお坊ちゃまに言いました。

 

「これからはママと二人で暮らそう?」


 私は少し離れた場所で、二人との別れを押し込めて見ていました。

 寂しさが溢れてくるのを我慢して、必死に二人の幸せを祈りました。

 

 でも、別れることになったのはメリアちゃんだけでした。


「嫌に決まっているだろうこのヒトモドキが!」

 お坊ちゃまは隠し持っていたナイフでメリアちゃんの首を掻き切ったのです。

 メリアちゃんは血の泡を吹きながら少し苦しんだ後、すぐに動かなくなってしまいました。


「何がママだ!? 一丁前に人間様の真似なんかしやがって気色悪いんだよっ!!ただの孕み袋の分際でッ! 死ねッ!死ねッ!」

 動かなくなったメリアちゃんの胸やお腹を、お坊ちゃまはメッタ刺しにしました。

 赤黒い血が噴き出してもお坊ちゃまはやめようとせず、血に染まりながら刺し続けました。 

 

 私はあまりに急なことに動揺して、ただ茫然とするしかありません。

 どれくらい時間が経ったか、ナイフを投げ捨てたお坊ちゃまが私の元に近づいてきました。


「今日から俺がお前の主人だ。なんと呼んでも構わないが、一つだけ忠告しておく」

 彼は血まみれの手で私のお腹に触れながら、

「――お前は人間じゃない。それだけは忘れるなよ?」


 それから、お坊ちゃまと私だけの生活が始まりました。

 お坊ちゃまは、私がしゃべることを禁止しました。

 ただ黙って、彼の身の回りの世話をする。

 彼が目覚める前に起きて、眠ったあとに眠る。

 彼が大人になるまでは、ずっとその繰り返しでした。   

 

 彼が大人になってからは、地獄の毎日でした。

 彼は私が泣き叫んだり、苦しんだりするのが大好きだったのです。

 毎日酷いことをされて、身体中が傷だらけになりました。

 毎日酷いことを言われて、心がめちゃくちゃになりました。

 

 でも、決して殺されたり、身体のどこかを失うことはありませんでした。

 彼は、行為が終わると私に治癒魔法を命令しました。


 私は何度も逃げようと思いました。

 彼を殺すことも考えました。

 

 でも、お坊ちゃまが許してくれません。

 彼は私に、二つの呪いを掛けたのです。


 一つが、私が自死できなくなる呪い。


 一つが、私がお坊ちゃまの機嫌を害した瞬間、私の生殖器官が魔法による治癒が出来ない傷を負う呪い。


 だから、私は従うしかなかったのです。

 耐えるしかなかったのです。

 生きるしかなかったのです。


 お坊ちゃまは私の心をすり潰していきました。

 

 三十年も続きました。

 

 そして三十一年目、彼が四十歳の時、地獄は唐突に終わりを迎えます。

 

 お坊ちゃまが、重篤な病に侵されたのです。

 彼は突然血を吐いて倒れると、数日で生死を彷徨う状態になりました。


 ようやくこの生活から解放される。

 私は、心の底から安堵していました。

 

 ――安堵してしまったのです。

 

「貴様……今、安心したな?」 

 彼に見抜かれてしまいました。

 

 彼は命を振り絞るように笑いながら、言いました。

「俺がなんの為に呪いを掛けたと思っている!? まさにこういう時の為なんだよォ……!」


 背筋が凍りました。

 心の奥底から湧き出した不安が、一気に全身を駆け巡りました。


「ポドストロマ家最後の当主である俺の成すべきことはさァ!? エルフを産めねえヒトモドキで子孫を残すことじゃあねえんだッ!! ポドストロマの名を! 恐怖を! 後世に語り継がせることなんだよ!!」


 彼は、命が途絶えるその一瞬に、最後の言葉を残しました。

「まあ……せいぜい楽しめよヒトモドキ……これからのうん百年をよォ……?」


 彼が息絶えた直後、下腹部にチクりとした感覚を覚え、刹那の内に意識が途絶えました。

 目が覚めても、痛みとして認識できないほどの苛烈な刺激が私の意識を刈り取りました。

 

 何度も何度も虚無と激烈を繰り返し、それでも命を奪ってはくれませんでした。

 自死できない呪いは、私が安堵したことが原因である呪いの発芽を、自傷行為と判断したようです。


 私が意識を保てるようになったのは、二年後のことでした。

 でも、壊れた身体は、心は、帰ってくることはありませんでした。

 

 私は何もかもを失いました。   

 

 どこもいかず、なにもせず。

 食べ物も、飲み物も、何も口にせず、ただ息をさせられていました。

 なにも見ず、何も思わず。

 孤独を感じることすら、出来なくなりました。

 希望を持つことなど、ありえませんでした。

 

 死んではいない。

 ただそれだけになりました。

 

 

 

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