二十九話 二十九日目
朝の寝室に、スプリさんの嬌声が響く。
乱れた息を吐くお互いの口を重ね合わせて、余韻を抱きしめあう。
「きもちかった?」
甘ったるい声で尋ねる彼女。
唇をもう一度吸ってから、
「気持ちよかったです。スプリさんは?」
「きもちかった……!」
淫靡な笑みを浮かべた彼女が、ぐっと身を寄せる。
お互いを労うように身体を絡めながら、もう一度キスをした。
三日前、僕とスプリさんは夫婦になった。
しかし彼女にとっては五年以上も前のこと。
僕達は会えない日々を埋め合わせるように、毎日何度も身体を重ねている。
でも僕と彼女の営みは疑似的なものだ。
彼女の身体には営みに必要な器官が存在しない。
欠損、もしくは奪われたという表現が正しいか。
だから僕と彼女は身体を重ねてはいるが真の意味で結合することが出来ない。
しかし、彼女はそれを知らない。
彼女の身体にとっては過去の事象でありながら、記憶の中を漂う彼女にとっては未来のことだからだ。
僕は、あまりにも凄惨な現実を彼女に先んじて知らせることを拒んだ。
たとえ現実の彼女が失っていたとしても、僕と時間を共にする彼女は失う前の彼女だからだ。
幸いと言うべきか、彼女の認識は歪められていた。
僕が彼女の分泌できないはずの愛液を頼りに陰部同士で愛撫することで、彼女は得ることの出来ないはずの快感を得て、まるで本当に出来ているかのように激しく喘いだ。
彼女の見る世界では、僕と彼女は本当に結ばれているのだ。
だからこそ、僕は決して彼女に悟らせない。
その上で、来たるその日に向けて心を燃やす。
彼女が奪われるその日は、必ず僕の前に現れる。
僕はそのいずれ邂逅する過去を変えることが出来ない。
彼女は必ず絶望する。
だから、
――僕は彼女を絶対に救う。
「グラフトくん……」
猫のような声と共に、下半身に指が這う。
「どうしたんですか? 」
応えるように彼女に覆いかぶさって、意地悪に問う。
すると、みるみる頬を赤らめた彼女が、耳元で囁く。
「……もういっかい、しよ?」
熱さと冷たさ。愛情と激情。
相反する感情をぶつけあいながら、僕は彼女を愛し続けている。




