二十七話 二十六日目③
食事を終えた僕達は街のより中心を目指して歩いていた。
これからどうしようか?
僕は頭を悩ませていた。
というのも、僕は元々この街で有名な劇場に行こうとしていたのだ。
しかし、彼女が人を認識できないとなると、彼女の心を奪うはずの歌劇が目すらも奪えない。
まだ日は高い。
暗くなる前に帰るとしても、ここまではるばるやってきて食事だけというのはどうにも寂しい。
そう思って、僕はちょいとお高めなアクセサリーをプレゼントしようと貴族向けの高級通りに足を運んだのだ。
雅な方々が雅な品々が並ぶ店内にしゃなりと訪れて、出てくる頃にはお付きの両手が塞がっている。
そんな光景があちらこちらで見受けられる高級通り。
やや場違いな感を禁じ得ない。
でも、僕にだってお金はある。
それこそ家を買えるくらいの額だ。
家はもう必要なくなったけれど、その分彼女に欲しいものをいくらでも買ってあげられる。
そう思うと、自然と胸が張ってくる。
「スプリさん、見たいお店があったら言ってくださいね?」
「う~ん。悩んじゃうなぁ~」
彼女はきょろきょろとしきりに目を動かして、煌びやかな街並みを吟味している。
「時間はまだまだありますから、気になったら全部入りましょう!」
「いいの? じゃあね~……あそこ!」
スプリさんが初めのお店に選んだのは、礼服やドレスなどを扱う高級服飾店だった。
華美なドレスが通りからよく見えるように飾られていて、どうやらそれが目を惹いたらしい。
店内に入ると、格式高い調度品に彩られた空間に、様々な衣装が並ぶ。
「わぁー!綺麗なお洋服がいっぱいだねぇ」
「そうですね。スプリさんなら何でも似合いそうです」
「そうかなぁ~? うふふ」
豊かな彩の中で頬を染めるスプリさんはまるで花々と戯れる妖精のよう。
気品ある佇まいの老紳士すらも目を奪われていて、こちらは鼻高々である。
華やかな店内にぽやぽやとした空気が流れる中、どうやら己の仕事を思い出したらしい老紳士が、
「お気に召したものがございましたら、いつでもお申し付けください。試着も可能でございますので」
試着!
是非とも見たい!
今のおめかしスプリさんもとんでもなく可愛いけれど、他の可能性を見たくないわけがない。
「試着できるらしいですよ! 色んな服を着るスプリさん見たいです!!」
「ん~。ちょっと恥ずかしい……」
「お願いします! 色んな可愛いスプリが見たいんです!」
「でも……でもでも……。ん~」
耳まで赤くしてもじもじするスプリさんに、しばし懇願の視線を送る。
遂には何故か老紳士まで祈りはじめて約十秒。
スプリさんが口を開いた。
「しょ……」
「しょ?」
「しょうがないなぁ……」
上目遣いの彼女がそう言った途端、僕の全身を狂乱した愛情が駆け巡る。
まだ恥ずかしさと戦っているのに、それでも僕の要望に応えることを選んでくれた。
その表情に、その想いに、もう叫ばずにはいられない。
「やっ「しゃおらああああ!!」
僕の歓喜の叫びは老紳士の老紳士らしからぬ雄たけびによりかき消されてしまった。
彼は握り拳を何度も突き上げながらどこかへ走っていったかと思うと、すぐさまたくさんの洋服を持って現れた。
「どれでもお好きなものをお試しになってください。試着室はあちらにございます」
「あ、ありがとうございます……。行きましょうスプリさん」
「ん……」
困惑する僕。何故か頬を上気させる老紳士。
二人が見守る中、スプリさんと女性の従業員が試着室に消えていく。
「いやぁ、緊張しますな」
当然のように僕の隣に立った老紳士が話しかけてきた。
なんでアンタが緊張しているんだ、と言いたいところだけれど、相手は年上だ。
「はい。でもすごく楽しみです」
僕がそう言うと何度も深く頷いた老紳士。しかしそれ以上何も言わなかった。
気まずい。隣にくるならせめて何か喋ってくれ。
思いがけずイヤな時間となってしまったスプリさんの着替え。
遂にカーテンが開く。
「お、おまたせ……!」
まるで目の前に火花が散るような感覚を覚えた。
ワインレッドのロングドレス。
タイトでありながら膝から下はゆったりと広がり、スラっとした美しいシルエットに仕上げている。
深みのある色合いは気品があり、艶やかな中にキリっとした辛みを携えた、まさに大人の美。
スプリさんが生来持つ可愛らしさを見事に色気へと変貌させている。
「すごく綺麗です……!スプリさん!」
「そ、そうかなぁ……えへへ」
二コリとする彼女らしい表情にすらセクシーな香りが漂っていて、思わず生唾を飲む。
隣の老紳士がまだまばたきをしていないように思えるが、気にしている場合ではない。
「購入します」
「お買い上げありがとうございます」
仕事を放棄した老紳士に代わり、女性の従業員がお辞儀をしてくれた。
続いて二着目。
「どうかな? 変じゃないかな?」
豊かな花畑が脳裏をよぎる。
フリルをふんだんにあしらった深い緑のロングドレス。
先ほどとは打って変わり、彼女の神秘的とさえ言える可憐さを存分に引き出している。
頬を赤らめた彼女がたわわな緑に包まれて、さながら一輪の花のよう。
彼女が動くたびにふわりとそよぎ、自然と目で追ってしまう。
一度見れば目を離せない、絶対的な愛らしさがそこにはあった。
「かっわいいです! もうすごい可愛いです!」
「うふふ!」
「購入します」
「お買い上げありがとうございます」
それから、どうやら興が乗ったらしいスプリさんは次々と試着をしていき、僕は反射的に購入を宣言した。
女性従業員はドレス以外の品まで持ち出して、終わった頃には計七着の衣装と複数の小物が僕の前に並んだ。
金額を見た時に一瞬虚無が見えたけれど、横にいる天使の微笑みがそれを許さなかった。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
深々とお辞儀する従業員と何故か涙を流す老紳士に軽く頭を下げる。
仕立てが必要だからと受け取りは後日になり、入店する前よりもカバンが軽くなった。
外に出るともう景色が赤みがかっていた。
夕食にはまだ早いなぁ、と歩きながら考えていると、彼女のほうから切り出した。
「今日の晩ごはんね……?」
もじもじと、伏し目がちなスプリさん。
何か食べたいものでもあるのだろうか?
「なんでも言ってください。この街は結構詳しいですから、スプリさんの食べたいものがあるはずです」
「えっとね!ちがくてね……その」
立ち止まってしまった彼女に手を引かれる形で振り返る。
すると、ようやく言う決心がついたらしい彼女がいた。
何を言われるのか。
晩ごはんに関してこれほど躊躇われるようなことなどあるのだろうか。
徐々に形の無い不安を覚え始めた頃、
「グラフトくんのごはんが食べたいの……!」
と、大層重大なことを口走っているかのような彼女。
「あ、はい。分かりました」
「え!?いいの?」
「もちろんです。食べたいって思ってくれてるの嬉しいですし」
僕がそう言うと、彼女の表情がパッと華やいで、
「やったぁ~!」
と腕に抱きついてきた。
「何食べたいですか?結構なんでも作れますけど」
「おっきな卵焼き!」
「言うと思ってました。他には?」
「お肉と野菜のスープ!」
「スプリさんに初めて食べてもらったごはんのまんまですねぇ」
「そうだよ! あれが食べたいの!」
「分かりました。じゃあ飛んで帰ってお買い物しなきゃですね!」
「うんっ!!」
満点の笑顔を携えた彼女と共に、帰路につく。
ルフタールの滞在時間はあまり長くなかったけれど、衣装の仕上がりは二日後だから、その時にまた来よう。
次のデートのことを話しながらの空の旅は、行きの時より短く思えた。
ドリフトの街に着いた頃には真っ暗になってしまったけれど、店がたまたま空いていて買い物が出来た。
バタバタとしてしまったもののようやく丸太小屋に着き、屋敷に入る。
その時、ぐううと彼女のお腹が鳴って、
「あの時もお腹鳴ってましたよね?」
「な、鳴ってないもん!」
ぷんすかと怒るスプリさんをからかいながら、厨房に入る。
元々手のこんだ料理ではなく、そのうえスプリさんに少し手伝ってもらったこともあり、お腹を空かせたスプリさんを焦らすことなく食卓を囲むことが出来た。
彼女はあの頃と同じような笑顔を咲かせてくれて、ついここ十数日に思いを馳せる。
まるで遠い遠い昔のように思えるほど、激動の日々だった。
でも、ようやくこの日が来た。
「今日は楽しかったね!」
食事を終え、満足気なスプリさん。
「スプリさん。実は今日のデート、まだ終わってないんです」
「えー!? でももうお外真っ暗だよ?どこ行くの?」
「内緒です。ついてきてください」
不可解と言わんばかりのスプリさんを見て、心が弾む。
僕はスプリさんを連れて再び外に出て、指笛を三回鳴らした。




