二十二話 ?日目
そこには上も下もなかった。
真っ暗で何も聞こえなくて、身体のどこも動かせなかった。
立ってるのか座ってるのかも分からなくて、浮いてるような、沈んでいるような。
何も感覚が無くて、まるで自分が真っ暗の中の一つになっているような気がした。
――あぁ。死んでるんだ。
なんとなく、これが虚無だと分かった。
罪人が死ねば送られる、何も無い世界。
一番辛くて悲しい場所。
罪を負う者が償う場所。
人が最も恐れる場所。
ここには、出る方法が無いと聞いている。
だから、どれだけ我儘な人間でも、どれだけ自分本位なクズでも、決して出ることが出来ないという。
――やっと、救える。
僕がうっかりまた会いたいと思ってしまっても、スプリさんを守ることが出来る。
これ以上、スプリさんが辛い目に遭わなくて済む。
これで、スプリさんは幸せに逝ける。
ここには、時間という概念が存在しないと聞いている。
だから、どんなに重い罪を背負っていたとしても、どんなに悪意に満ちた人間であったとしても、償うことが出来るという。
――やっと、償える。
スプリさんを悲しませた罪を、何も知らずに生きてきた罪を、業を背負って産まれた罪を、無限の時間をもって、償い続けることが出来る。
これから、たくさん、頑張ろう。
ですからどうか。どうかお願いします。
この場所が子供の時に教えてもらった通りの場所であることを、願う。
ここにきてたくさんの時間が流れた。
時間が無いのだからそんなはずはないけれど、僕には意識があるから、そう感じてしまう。
だから、沸々と湧き上がる。
自分に対する憎悪と嫌悪が、とうに無くなったはずの身体を焦がす。
僕がスプリさんを苦しめた。
僕がスプリさんを泣かせた。
僕がスプリさんを絶望させた。
僕がスプリさんに会ったから。
僕がのうのうと生きてきたから。
僕が産まれたから。
僕が死ななかったから。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
また、時間が過ぎた。
ずっと湧き上がっていた。
僕がスプリさんを叩いた。
僕がスプリさんを独りぼっちにした。
僕がスプリさんのお母さんを殺した。
僕がスプリさんを孕ませた。
僕がスプリさんを何度も蹴った。
謝っても謝っても蹴り続けて、お腹の子を殺した。
僕がスプリさんを追放した。
僕がスプリさんをあの目にした。
僕が全部奪ったんだ。
スプリさんの幸せを、笑顔を、全部。
全部、僕のせいだ。
僕が産まれてきたから、スプリさんは死ぬんだ。
「あ……あ……あぁ……!」
僕がスプリさんを……殺すんだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
時間が、もっと過ぎた。
たくさん湧き上がって、ここから出たくなった。
「出せ……! ここから出せ……っ!」
こんな何も無い場所で考えて、それで償えるワケがない。
僕が楽をしていいワケがない。
「僕はまだやらなきゃいけないことがあるんだよ! こんなことしてる場合じゃないんだ! 出してくれよぉ……!?」
また、自分を殺したい。
もっと苦しめて殺したい。
あの痛みと苦しみを何度も何度も与えなきゃ、足らない。
苦しんで死ぬ為には、生きてなくちゃいけない。
その為に、ここから出たい。
「スプリさんには絶対に会いに行かないからぁ! 絶対に見つからないようにするからぁ! だからお願いだぁ……! 僕をここから出してくれよお!?」
スプリさんをこれ以上、苦しめない。
会わないように、見えないようにすれば、彼女は僕で『再現』できない。
だから、僕が死ぬ為に生きていても、苦しめないことが出来る。
「なあ頼むよぉ……? 僕はここにいちゃいけないんだ……! もっとぐちゃぐちゃになるまで苦しんで、苦しんで、死ななきゃいけないんだよ……!それぐらいしなきゃダメなんだよぉ……!」
ここから出たら、まずは指を一本ずつ切り落とそう。
右手だけ残して、あとは全部いらない。
次は腹を開けて、ナイフで内臓をかき混ぜて、ぐちゃぐちゃにしてから、治癒魔法をかけるんだ。
そしたら、ぐちゃぐちゃのまま治って、苦しいのに死ねなくなる。
そのあと、身体を燃やすんだ。
窒息で死なないように空気を送りながら、全身が朽ちるまでじっくり焼くんだ。
それなら、苦しんで死ねる。
そうすれば、すこしだけ、
「……あははっ」
――償える。
また、すごく長い時間が流れた。
僕はその間、必死に自分の殺シ方を考えた。
アイデアがたクさん出てキた。
きっと、このやリかタなら、償エる。
「アタマノ中ヲッ――! 〇△※☆〇シテネーッ? クチカラ☆●※イレテネーッ? ソレデネソレデネエ――ッ!? 」
モッとジカンがナガれた。
ナニも、考えなかった。
ずっと、じっとしてた。
分からないはずなのに、寒いと思った。
身体がないのに、ずっと震えてた。
どうすればいいか分からなかった。
何かが僕を伝った。
ずっと溢れてきた。
無いはずの僕の肌を、流れていく。
ぽとっ、とどこかへ落ちて行った。
なぜかそれを掬いたくなって、でも手が無くて掬えなかった。
「……ぁ」
声が出た。久しぶりだった。
自分の声を聴いて、気付いた。
僕は今、泣いているんだ。
「あぁ……! あああ……!」
涙が、僕の頬を伝っていた。
それに気づいて、もう止まらなくなった。
それから、ずっと泣いた。
声を上げて、子供みたいに泣きじゃくった。
スプリさんにもう会えないことが悲しかったのだ。
たくさんのものをもらったのに何も返せなかったことが辛かったのだ。
やっとわかった。
償うとはこういうことだったのだ。
生きたい。
でも生きれない。
そういうことだったのだ。
その時、世界の半分だけが真っ暗じゃなくなった。
滲んだような淡い光が、いくつも飛んでいた。
不規則な動きを追おうとしたけれど、光がたくさんありすぎて分からなくなった。
飛ぶ無数の光の奥に、てらてらと光るものがあった。
少しだけ揺れてて、黒くて、少しだけ怖かった。
ぎゅっ、と何かを掴んだ。
無いはずの右手が、確かな感触を伝えてきた。
ぎゅっ、ぎゅっ。
掴んだものが、掴み返してきた。
それが温かくて、優しいものだと分かった。
右側に何かいる。
どうしてもそれを見たいのに、何故か右半分が真っ暗のままで、見えない。
見ようとして、見ようとして、力を入れると少しだけ視界が傾いた。
「……ぁ」
ポタポタと涙を落とす人がいた。
噤んだ口は震えてて、しゃくりあげる度に嗚咽を漏らしていた。
僕の手を握る力が、一層強くなって、痛いくらいだ。
僕は、その人のことをよく知っている。
小っちゃい頃はお絵描きが好きだけどぶきっちょで、よく泣きよく笑う優しい女の子。
大人になってからは料理がすごく上手になって、なんでも出来て、カッコいい。
それでも優しいのは変わってなくて、よく笑うようにもなった。
僕はこの人のことが好きだ。
他の何を見失おうと、それだけは変わらなかった。
だからこそ、何を捨ててでも、守らなくちゃいけないものがある。
「……ころして、くれ」
彼女の平穏な最期を。




