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十四話 十三日目


 十二日目の夜中、スプリさんが再現したあらゆるものが突如消失した。

 丸太小屋の中は外観から想起される通りの粗野な内装になり、赤ちゃんも母の手の中で消えた。

 彼女がくれた父の絵も、僕が書いた彼女の絵も、白い花のアップリケも、無くなっていた。

 

 記憶が進んだ、ということだろう。

 スプリさんは追放されたのだ。


 彼女はへたり込んだまま動かなくなった。

 息はしているけれど、それだけだった。

 

 僕は彼女の世界に存在できなかった。

 独りぼっちの彼女に触れることすら叶わない。

 

 何も出来ないまま、朝がきた。

 

「スプリさん……朝になったよ? おはよう」

 

「スプリさん、寒くない? 今日は少し寒いから、僕の上着を掛けとくね。ちょっとはマシになったかな?」


「スプリさん、ごめんね。お腹すいたよね?」  

 

 

「……ごはん、作らなきゃ」

 朝はパンとミルク、スプリさんの好きな卵焼き。

 ここ最近はずっと作り続けてきたメニュー。

 スプリさんは朝が弱いけど、ちゃんと起きてきて食べてくれる。

 美味しい、って笑ってくれる。

 

 「あ……」

 立ち上がって、この家にはもうキッチンが無いことを思い出す。

 そうだ。彼女はエルフの集落から追放されたから、あの家にはもう帰れない。

 

 「くそ……っ」

 昨夜のことがずっと頭の中にある。

 他のことを考えてもすぐに丸呑みにして、僕の心をぐちゃぐちゃにする。


 僕は自惚れていた。

 

 自分なら。

 自分がとにかく頑張れば。

 自分の全てを差し出せば。

 自分のことを考えなければ。

 スプリさんを幸せに出来ると思っていた。

 

 でも無理だった。

 僕が何かをする余地なんて、一切無かった。

 僕は彼女にとっては自分を暴行し、孕ませた挙句死産に追いやった極悪人。

 そんなヤツが何を思い何をしようと、彼女の傷をえぐるだけだ。

 

「――ッ!」

 強烈な吐き気がして、外に出る。

 今日何度目かも分からない嘔吐をした。


 僕に向けられた憎悪に満ちた表情や言葉。

 何度も何度も頭の中をいっぱいにして、その度に胃液が逆流してしまう。

 

 彼女が見ている僕に向けたものだと頭では分かっているのに、そう考えようとしているのに、どうしても自分に向けられたものだと思えてならない。

 笑顔にすると言っておきながら何も出来ない僕を、スプリさんが恨んでいる。

 

 そう考えてしまう。


 「――ッ!」


 何度吐いても、吐き気が収まらない。

 胃の中なんて最初から空っぽなのに、僕の何かを吐き出そうとする。

 

 寒気がして、身体に力が入らない。

 さっさと吐き終えて、スプリさんに何か食べさせないと。


「――ッ!」

 

 買い物に行かないと。

 いい匂いのするものなら、スプリさんに届くかもしれない。

 僕に気付かなくても、食べてくれるかもしれない。

 

 よし。立とう。


「――!」


 立たなきゃ。スプリさんがお腹を空かせて待ってる。

 昨日あんなに頑張ったんだから、元気の出るご馳走を作ってあげよう。

 立たなきゃ。


「――」

 

 ……あれ。 なんで僕は地面で寝転んでいるんだ。

 立てよ。お前が寝てていいわけがないだろ。

 ほら早く。早く立て。


 ――立てよ。


 何やってるんだお前は? お前みたいなゴミを助けてくれたあの人が苦しんでいるのに倒れるなよ!!

 お前だぞ? お前が彼女をあそこまで傷つけたんだぞ!? 全部お前のせいなのに、自分も傷ついたフリをするな!


 なんで立たないんだよ。

 

 ここで倒れてるお前に生きてる意味なんてあるのか? 無いだろう。無いに決まってる。

 お前は彼女に報いなければいけない。人生の全てを差し出して、彼女に貢献しなければならない。

 それなのに、あろうことか彼女を傷つけた。


 

 ――お前がいなければ、彼(・)女(・)は(・)酷(・)い(・)父(・)親(・)を(・)再(・)現(・)出(・)来(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)のに。


 

 お前が来たせいだ。

 

 お前が幼稚な夢をぶら下げてノコノコあの人のところへ来たから、彼女が苦しむことになった。

 

 お前は死ぬべきだったんだ。

 ずっとずっと昔に、ワイバーンに焼かれて死ななきゃいけなかった。


 そうすれば、彼女は幸せに逝けたんだ。

 お前が彼女を不幸にした。

 全部お前が悪い。

 死ね。早く死ね。

 彼女を看取ったら自殺?

 自惚れるなよ。

 

 

 ――お前が死なないと、スプリさんは幸せに逝けない。

 

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