第九十七話 ヨハン刀術
「どうしたぁ? 五人まとめてでもいいぞぉ?」
「な、なめんじゃねえぞ。仮に本物でも五人まとめては言い過ぎだっつーの」
そう言って馬から降りる五人の自称元門下生。
五人の構えはたしかにヨハン刀術の中段と上段の構えをしている。僕の知るヨハンの真髄は受け流しからの無駄のない反撃だ。
全力で打ち込まれる攻撃を、ほんの僅かに刀に当てスルッと流し、流れるような動作で相手を斬る。
そのため攻撃した方は、自分の攻撃が流されたと思った時にはすでに斬られていたということになる。
実際僕も、最初はそれでやられているのだ。
天幕から覗くオリバーとラグドール。
「ヨハンにやらせていいのかよ?」
「まぁ……元門下生らしいからな、あの五人は譲ってもいいんじゃないか?」
「チッ、そんなこと言ってると全部殺されちまうぞ?」
じりじりと少しずつ移動する野盗達、ヨハンを囲むような形をとった。
「きぃえええええ!」
ヨハンの後に位置する男が声を張り上げて斬りかかった。
それに合わせて、他の四人も斬りかかりはじめる。
――――ヒュッ、ヒュン。
クルッと回るような動作をする中、最初の二人の手首に、刀の赤い残像が走る。
そのまま流れる動きで三人目の腕を斬る。
ここまでは相手の斬撃が遅いため、ヨハンに斬りつける前に皆斬られている。
四人目の刀がヨハンを襲うが、まるで空振りをしたかのような、完璧な受け流しをされ、彼の腕にも赤い残像が走る。
最後五人目の親分の攻撃も同様に受け流され、ヨハンの刀は親分の首元で止まっていた。
ようやくここで元門下生達の腕や手首が胴体と切り離され、悲鳴が響き渡ることになる。
「ぎゃああああああ! 腕があああ!」
「いてえええええ!」
叫び狂う自称元門下生の野盗達。
そんな彼らを、刀を突きつけられた状態で見つめる親分はどんな気分だろうか。ほんの少しヨハンが刀を動かせば親分の首からも同様に血が吹き出ることだろう。
「ば、バケモノ……」
恐怖に震える親分から無意識に出た言葉だった。
「こんな腐った打ち込みしかできないような奴がぁ、うちの門をくぐっているわけねぇ。そうだろぉ?」
「は、はい、はぃ……」
ガクガク震えながら元門下生ではなかったことを認めた野盗の親分。
スッと親分から離れたヨハン。ヨハンが離れたことにより一瞬安堵の表情を浮かべた親分だが、首から血を吹き出し地面に倒れこんだ。
「ああっ! オークスさん!」
「親分!」
「あの五人を一瞬で……!」
馬車の周りを囲む野盗からオークス達がやられたことが信じられない様子だ。
この野盗グループの中ではきっと親分と四天王みたいな感じだったのだろう。
馬車に向かって歩くヨハンを警戒して、武器を構える野盗達だが襲いかかる度胸はないようだ。
結局他の元門下生が本当に『元』だったのか、それとも『名を借りただけの偽物』だったのかは、わからないままだが、そんなことはどうでもいいことだろう。
しかし、殺しあいでこそヨハンの恐ろしさがわかる。稽古とは雰囲気が違う。
馬車から降りてヨハンの肩を叩くラグドール。
「ご苦労さん、満足か?」
「ご苦労でも満足でもねぇ。まったくもってつまんねぇ」
「クク……だろうな。しかし、こいつらを逃がす理由にはならねえぜ。オレはハルみたいに甘くないぜ」
たしかに逃げた方がいいとは言ったけど、あの時点で逃げ出すような野盗はいないだろう。いわゆるテンプレート発言をしてみたかっただけだ。
昔の僕なら許してあげたかもしれない。
しかし、僕もこの世界に来てから十三年経つ。
甘ったれたことを言ってこの野盗を逃がせば、後に苦しむ人がいる。
それならばここで捕まえるか殺すことが最善だろう。野盗をやっている者は一生鉱山で働くことになるか、殺人を犯した実証があれば死罪もある。
できれば大人しく捕まって、鉱山で一生をかかて罪を償ってほしいものだ。さすがに皆殺してにしてやるなんて思わない。こんな僕の考えは甘ったれなのだろうか。
「オイ! オマエらよく聞きな! この馬車にはあと一人乗っている。オマエらもよく知る人物だ!」
「なに? ……誰だべ?」
「おい、オリバー出てきな」
何故かラグドールに紹介されることとなったオリバーは「なぜ私が……」といった感じで出てきた。
オリバーの先程までのやる気は何処へ行ってしまったのか……。もしかしたら、ヨハン同様に相手が弱すぎてやる気を失ってしまったのだろうか?
ラグドールがドヤ顔でオリバーの名前を公表した。
「アルステム・オリバー・グレームだ」
バーンと効果音を出すところだろうか。
ラグドールがどういうつもりでオリバーを紹介したのか謎だが、明らかに困った表情を浮かべるオリバー。
「アルステムだって? オリバーって現国王じゃねえべか?」
「おい、マントの紋章を見てみろ! 国旗と同じじゃねーか!?」
「じゃあ本物だっぺか!?」
ざわつき出した野盗達。
フフンと鼻で笑うラグドールは何か企んでいるらしい。
「つまり、だ。この国王である。オリバーを捕まえはことができれば、こいつを人質に一生遊べるだけの硬貨を手に入れることができるってもんだ!」
えっと、僕はラグドールが何をしたいのか、まだわからなくて混乱しているが、隣のリアム騎士団長は察しがついたようで、片手を頭に当てて「はぁ……馬鹿馬鹿しい……」と大きなため息を吐いた。
「オマエらが全員まとめてかかれば捕まえることができるこもしれねえぞ! ホラ! かかってきやがれ!」
…………。
………………。
ラグドールが「サァ! 来やがれ!」と下からすくい上げるように手招きするが、誰一人動く様子がない。
それどころか、馬から降りていた野盗はジリジリと後退りしているようにも見える。すると捨て台詞を吐いて、馬に飛び乗り逃走する野盗が出始めた。
「騎士団長とヨハンだけでもあぶねーのに三剣のオリバーまでいて勝てるわけねぇだろ!」
「んだっ!! やってられないべ!」
「王族に関わったら一生追いかけられるっぺ!」
「にげろー!」
とうとう野盗は馬で一目散に逃げ出した。まだ馬に乗れていない者も馬に向かって走り出した。
「ハァっ!? バカ野郎! 逃げるんじゃねえ! 戦え!」
ラグドールは全力で追いかけて馬に乗る前と乗ってすぐの野盗数人を倒すが、他は馬で走り始めてしまった。
「もしかしてラグドールさんのやりたかったことって……」
僕の思っている事とリアム騎士団長は同じ答えだった。
「ヨハンの影響で逃げ腰になっていた野盗達に、一生遊べるだけの硬貨をちらつかせて襲ってくるように仕向けたかったのでしょう。しかし、オリバー様を出したのは失敗でしたね」
「あれじゃあ、逆効果ですよね……」
「追いかけるぞ!」
そう言い残し、馬にまたがったラグドールは野盗を追いかけていった。
一体誰に向けた言葉だろうかとオリバーと顔を合わせ、僕達はお互いを指差した。
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