第九十二話 名付け
「息子が産まれる前夜のことです」
村長ガジェットと嫁ハーニャは同じ夢を見た。
二人の夢はこうだ。
どこまでも広がる草原。
風もなく小動物も見当たらない、そんな場所に夫婦二人で立っていた。
そこに声が降ってきた。
姿は見えないのに声だけはハッキリと聞こえる。透き通った綺麗な女性の声、穏やかな気持ちにさせる、そんな声だった。
「明日、産まれてくる子は神に愛されし子。大事に育てれば、きっとあなた達には幸福が訪れるでしょう。
しかし、子供に酷いことをするようなことがあれば、あなた達の未来は暗いものになるでしょう。
そして、もしお二人がよろしければ、名前は『ハルカ』と名付けてあげてください――――」
これが二人が見た夢だ。
「わたくしは起きてすぐに妻にこの話をしました。すると妻も同じ夢を見たというのです。
これは神のお告げだと思い、夢で言われた通りにしようと妻と決心しました。
そして次の日、本当に子供が生まれまして、夢のお告げ通りハルカと名付けました」
興味深そうに聞き入るオリバー達は、黙って話を聞き続けた。
「なので……どうかっ! どうかハルカと名付けたことをお許しください!」
「…………はっ?」
キョトンとするオリバーに対し、どんな罰が下るのか不安でしかたがない様子の村長とその家族達。
「信じてもらえないかもしれませんが、本当にお告げがあったのです!」
「いやいや、まてまて。別にハルカという名前がいけないと言うわけではない」
「えっ?」
今度は村長が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「……これはまちがいなさそうだな」
オリバーの言葉に皆が頷いた。
「村長、いますぐハル……いや、ハルカに会わせてほしい。ハルカが稽古しているという所へ案内してくれ」
「そ、そんなとんでもない! 国王様を裏山に連れていくなど……! すぐにわたくしがハルカを連れ戻してきます」
「おいぃ、余計なことすんなよぉ? 俺達は稽古の様子を見たいんだよお」
ギラリと目を光らせるヨハンは、村長がすくみあがるほどの威圧を放っていた。
「おいヨハン。村長をいじめるんじゃねえ」
ヨハンを小突くラグドールは「早くいこうぜ」と、家の外へ一番に出ていった。
果樹園を通り抜け、裏山のふもとへ着くまでの間、ハルカの幼少期の話を聞かせてもらった。
ハルカは大人しい子で、これといって親を困らせるような事はなかった。
五歳になると文字や計算、この世界の歴史や様々な方面の勉強をするようになった。
しかし、図書館があるわけでもなく、村の子供達に教える先生がいる程度だ。その先生から意欲的に聞いて勉強をしていたという。
計算は誰に教わったのかと思うほどに早く、すぐに先生よりも早く計算するようになっていた。
将来は学者や先生でも目指すのかと思った矢先、今度は魔法を使いたいと言いだした。
この村にも魔法を使える者はいる。しかし、魔法使いというには恥ずかしいレベルで、コップや小さな桶に水をためたり、料理や焚き火の火種を出す程度の魔法だ。
もちろん、そんな些細な魔法でも使えるのと使えないのとでは、将来を大きく左右する場合もある。
しかし、そんな魔法はハルカにとって朝飯前だったようだ。教えたその日に魔法をつかえるようになった。
ハルカは「教え方が上手だったのですぐにコツを掴めました」と言っていたが、そんなことで使えるようになるのなら誰でも使えるようになるだろう。
もちろん才能の個人差というものはあるが、まるで元々使えたかのようだったという。
村長ガジェットと妻ハーニャは、そんなハルカの天才ぶりを聞いて、やはり夢の中で言っていた『神に愛された子』というのは間違いないと確信した。
そして、驚かされたのは剣術まで手を出したことだ。
勉強もして、魔法も毎日欠かさず練習する。そして剣術まで手を出すというのだから、息子は一体、何を目指しているのだろうか。
剣術や魔法は男の子なら必ずと言っていいほど、興味を示すものだ。
村でも木の棒で決闘の真似事などをして遊ぶ子もいる。普通の子供ならそれが普通だろう。
しかしハルカは違った。
剣術のために基礎体力作りから始めた。考え方が子供ではなかった。そして素振りや打ち込みに使っていたのは鉄の棒だ。
五歳や六歳でまともに振り回せるような物ではない。
8歳になるとハルカに近い年齢の女の子が放っておかなくなった。
それもそうだろう……。
ただでさえ村長の息子であり、長男ということもあってモテるのに、村の天才児と言われ、魔法も使えて、剣術も磨いている努力家、そして整った可愛い顔立ちが、村の女の子のハートを鷲掴みしていた。
しかしハルカは女の子には見向きもしなかった。
剣術や魔法に関してはすでに村では相手になるものはいなく、早朝から裏山で一人、鍛練に励むようになっていた。
昼頃にお昼ご飯を食べに家に戻ってきて、それから暗くなるまで果樹園の手伝いをしてくれる。
そして、手伝いが終わり暗くなると家の裏で素振りや基礎体力作りをする。
さすがに八歳になる子供が、暗くなってから一人で裏山にいくのは許可できなかったようだ。
これが、村長がオリバー達に話した内容だ。
「なるほど、その時が八歳で、それから四年、今は十二歳ということだな?」
「はい」
ラグドールは舌打ちをして小さな声で文句を垂れ流した。
「チッ、なんで小僧はソマリに会いに来ないんだ……」
そして、裏山に入ってすぐの所にハルカはいた。
まだ遠かったが声は届きそうだ。村長はハルカに声をかけようとしたが、ヨハンに口を塞がれ、またしても睨まれてしまった。
「声を出すんじゃねえ」
コクコクコクと涙目で何度も頷く、かわいそうな村長だった。
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読んでいただいてありがとうごさいます。
完結までもう少しお付き合いください(^^
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