第八十四話 戦いの終わり
まだ全ての禁忌魔兵が元に戻ったわけではない。デモンは不本意ながら一時撤退することを決意した。
「やむえん……今は退くとしよう。だが禁忌魔法は完成した。あの少年さえいなければどうとでも出来るわい」
数少ない禁忌魔兵を使い、追っ手の邪魔をすれば、空を移動できるデモンは逃げ切れるとふんでいた。
そして僕達に聞こえるようにデモンは捨て台詞を吐いていった。
「今は退くとしよう! だがまたこの街を禁忌魔兵で溢れさせてやろうぞ! だが少年にその光景を見せられぬのが残念じゃがな。はっはっは!」
逃げる?
逃げられればまたこのアルステムや他のところで同じ惨劇が起きる。
しかし、まだ禁忌魔兵になっている者もいることだろう。ここで魔法を止めてしまったら離れたところにいる禁忌魔兵を元に戻すことができないかもしれない。
……このまま魔法を続けたいが……デモンを逃がすわけにはいかない!
しかし、今の僕では走ることもままならない、元気なときならば走って二階程度の建物の上を走って追いかけれただろう。
どうすればデモンに追い付ける?
宙に浮くデモンは白いローブをなびかせ、僕達に背を向け走り出した。
そうだ……ガウルなら――――――
ソマリにもたれ掛かって魔法に集中していたが、一旦魔法を止め、周りを見渡した。
身体の大きいガウルはすぐに見つけることができた。
「やっぱりハル様はすごいです! 禁忌魔兵になった人々が戻ったそうですよ!」
尊敬の眼差しを向けたあと僕をぎゅっと抱き締めてきた。いつもならうれしいけど――――
「……痛い」
「ああああ! すみません!」
本気で申し訳なさそうにあたふたするソマリは可愛かった。
「ちょっと行ってきます」
口の中に血を吐き出し、気持ちを切り替える。
『ガウル!』
僕はガウルに通じる語源で叫んだ。さすがに大声を出すと傷口に響くな……。僕の声が聞こえているみたいで僕と目があった。
『僕を奴の所まで投げてくれ!』
ガウルは理解してくれたようだ。禁忌魔兵だった人々の間を縫ってこちらに向かってくる。
「ハル様?」
「ハル君? 獣みたいに吠えて君は一体どうしたというのだ?」
ガウルと会話をできるのは神様のギフトのおかげだ。そのため、他の人には僕が獣のように鳴いたり吠えたりしているようにしか聞こえない。
怪訝な顔を向けるオリバー騎士団長の腕にもたれ掛かってこう伝えた。
「ガウルの帰りを待つ人が沢山います。どうか逃がしてあげてください」
「まるでガウルみたいな……そういえばハル君はガウルと会話できるんだったな……」
微笑みながら「はい」と答えると、ふらつく足で一歩、二歩、オリバー騎士団長から離れた。そして走ってきたガウルは僕を掴み上げるとデモンに向かって走っていく。
「ハル様になにをするんですか!?」
禁忌魔兵を全て元に戻せないかもしれない……しかし、デモンだけは必ず食い止めてみせる!
『よう、ハル。オレに散々やってくれたな』
『お互い様ですよ……』
なんと、禁忌魔兵の時のことを憶えているのか。それでは人を殺してしまった人は罪悪感で辛い思いをすることだろう。
『あのジジイには散々色々なことをされたからな。オレがあのジジイの所に投げればなんとか出来るんだな?』
『はい。ぶつける勢いでお願いします』
デモンは城下町の建物の上にさしかかった。建物の上を直線的に逃げられては追い付けないだろう。
だが、その前になんとかする!
『いくぞ!』
ガウルは僕を、無機物のようにデモンに向けて全力で放り投げた。
チラチラと後ろを見ながら宙を走っていたデモンはぎょっと目を見開いた。
ものすごい勢いで僕がデモンに向かって飛んで来たからだ。
いつでもヨハンなどからの、下からの攻撃に備えていたのだろう。すぐに魔力障壁を張ったデモンだが、それは僕に対して悪手だと気づいた時にはすでに遅かった。
僕は最後の力を振り絞って魔力障壁に殴りかかった。
甲高い音をたて障壁が粉々になった。
「ばかな! 二度までも――――」
デモンの言葉の続きを聞くこともなく柄を握り追撃をする。
これが最後の一振りだ。
ヨハンの造ってくれた刀は期待を裏切ることなく、青白い残像を横に残しデモンを両断した。
「あが! ぐぞおおお!」
僕とデモンはそのまま重力にまかせて落下していく。二人とも建物の二階の屋根に激突したあと地上に落ちていく。二つに割れたデモンはドシャっと音とともに地面に落ちた。
僕はデモンを倒した事の安心感ともうろうとする意識の中、誰かに受け止められたとわかった。続いてどこかに刀が落ちる音がした。いつの間にか手放してしまったみたいだ。
「よくやった。たいしたぁもんだ」
目に違和感を感じつつ重たいまぶたを開けると、赤い髪をなびかせるヨハンがやさしく微笑んでいた。
なかなか見ることのないレアな顔だった。
ヨハンは地面に落ちていた僕の刀を拾い上げると僕の腰の鞘に刺し戻した。カキンと小気味良い音が戦いの終わりを告げたかのようだった。




