第六十七話 ソマリ救出
ドレイクが素早く魔力を練って魔法を発動させると、ガウルの動きが止まった。
ガウルの攻撃が止まったことにより、一段落ついたような気分になり少しホッとしてしまったが、状況は何も変わっていない。
ソマリはデモンに捕まったままだし、デモンの魔法障壁もどのくらい強度があり、いつまで続くのかわからない。
そして禁忌魔兵になったラルク達を元に戻せるのかもわからない。オリバー騎士団長の過去の話しでは、元に戻ることはないと言っていた。記憶も感情も意思もなく、ただ生きているというだけの植物人間になっていたと。
仮にこの場を乗り越えても、マクラム軍が数日後には到着する。そうなったら、今のアルステムにはとても防ぎきれない。
「ドレイク、あれを少年に」
「はいッス!」
…………あれとは?
歩いて近づいてくるドレイクに、僕は最大限の警戒をする。
ドレイクはローブの袖に手を入れて何かを取り出した。
――――小さなガラス瓶だ。
ガラスの透明度が低いため、うっすらと中身が見える程度だが、どうやら紫色の液体のようだ。
前世のような綺麗なガラスではない。この世界では建物の窓もそうだが、分厚く、透明度が低いのだ。勿論値段もそれなりにするようだ。
ドレイクはガラス瓶を僕に手渡すと、デモンの方へ戻っていく。ドレイクを倒すには今が好機なんだろうが、デモンの手元にソマリがいる以上、今は手出しができない。
「さぁ、飲みたまえ」
…………う……水や栄養ドリンクではないのは確かだ。
「飲まなければこの娘の指を一本ずつ切り落としていくからのお」
痺れて垂れ下がっているソマリの手に、杖を当て、杖に白い魔力を纏わせる。
「飲むからやめろ!」
ソマリの手に杖を当てたまま、いやらしくニヤリと口の端を吊り上がらせた。
「よろしい。それは禁忌魔兵になるための液体じゃ」
「…………僕に禁忌魔兵になれと?」
「そうじゃ、お前はワシの手駒となるのじゃ。ワシの駒にならないという選択肢もあるがの。
その時は、この獣娘が自分から死なせてくれ、と言いたくなるような事をするまでじゃがな。やさしい少年はそんなことを望まんじゃろ?」
そうか……僕がラルク達と一緒に、果実酒を飲んだところを見ていないデモンは知らないようだ。僕が果実酒を飲んでも禁忌魔兵にならなかったことを……。
この渡された液体が果実酒ではなく、原液だったとしても、多分、禁忌魔兵にはならないだろう。
僕が禁忌魔兵にならないとわかったら、デモン達がソマリをどう扱うかわからない。禁忌魔兵にならない僕は、ただの邪魔な存在のはずだ。
テレビドラマやアニメなどで、人質のために何も手を出さない主人公はバカだなぁ、と見ていた。主人公が代わりに犠牲になっても、結局後で人質も殺されてしまうのだから……。
しかし、いざ自分が同じ場面に立つと、とても人質を無視できないでいた。知らない人が人質なら自分を犠牲にはしないと思うが、いつも僕の事を大事に想ってくれている人が人質では、手も足も出ない。
だからと言って何もしなければ、向こうの都合のいいようにされるだけだ。
なにか……僅かでも可能性を探さないと。
僕がこれを飲んだ後、デモンは何をする?
僕が禁忌魔兵にならなかったらデモンは何をしようとする?
考えろ……考えるんだ…………。
いく通りかの対策を考えておいた。あとは相手の動き次第だ。
「わかった。飲むから……これを飲んだらソマリさんを解放してあげてほしい。お願いします」
僕は頭を下げてお願いをした。
「ハル少年はそんなに獣娘さんが好きッスか? この獣娘さんもハル少年が好きみたいだし……はわあああ! 想い合ってるんッスね!」
バルコニーの上から見守っている、オリバー騎士団長をチラリと横目で見ると、ドレイクを見て、苦虫を噛んだような、しかめた顔になっていた。
…………オリバー騎士団長、僕もドレイクが大っ嫌いです。
今度食事する機会があったら、ドレイクの愚痴を言い合いましょうね。
僕を小バカにしながら、ソマリの元に歩み寄るドレイクは「獣臭い女のどこがいいんスかね?」と言い、掴みあげられているソマリの顔を杖で殴った。
ソマリは、ろれつの回らない口で、苦しそうな呻き声をあげた。
「やめんか、ワシに血が飛ぶじゃろうが」
王宮魔法使い総司令である証の白いローブには、点々と血で斑点模様になっていた。
「ボクのせいだけじゃないと思うッス……」
まるで二人は、ソマリというオモチャで遊んでいるかのような、場違いな雰囲気だ。
僕が怒りの沸点を迎えるというときに「それを飲んだら娘を離してやるわい」と言われ、沸点ギリギリの所でとどまった。
これ以上グダグタしていたら、ソマリが何をされるかわからない。
僕はゴクッと喉を鳴らし、中身を全部飲み干し、デモンの前に投げて割ってみせた。
中身が空になったのをみせつけるためだ。
「ソマリさんを離してやってください」
「ふむ、いさぎよし」
僕が飲んだのを確信したデモンは、ソマリを放り投げた。
体が麻痺しているソマリは、受け身を取ることもできずに痛々しく地面に転がった。横たわるソマリから、わずかに覗かせる瞳には涙がたまっていた。
「ソマリさん!」
デモンへの怒りとかそんなことより、ソマリを助けたい。その一心で、僕は全力で駆け出す。
名一杯踏み込んだ足場からは、小規模の爆発のようなものが起き、粉塵を巻き上げた。
ほんの三十メートルくらいの距離だ。二秒もあればたどり着く。
デモンは魔力障壁を展開し、攻撃してきてもいいように万全の態勢だ。デモンが魔力障壁をするのは予測済みだ。僕の狙いはドレイクに絞っていた。
ドレイクは禁忌魔法を使うために、紫色の魔力を纏い、魔力を練り始めた。
禁忌魔法をいま使われるとまずい。
僕には禁忌魔法が効かなくても、ソマリが今は起きている。そのため禁忌魔兵になってしまうだろう。
だからといって、ソマリを抱えて逃げようにも、目の前で禁忌魔法を発動されて逃げ切れないだろう。
禁忌魔法を使えるのはデモンとドレイクの二人。ドレイクだけでも戦線離脱させれば、デモンに集中できる。
ドレイクの顔に向けて左拳を叩きつけようとしたが、顔の目の前に現れた魔力障壁に、阻まれてしまった。
バチィイッ! と、大きな音がして、僕の拳が弾かれる。どうやらデモンは、二人分の魔力障壁を張っていたようだ。
僕は全力の攻撃が弾かれたことに舌打ちをした。
しかし、思いがけない事態が起きた。僕の舌打ちと同時に、魔力障壁がパキィィンッと高い音をたて弾け飛んだ。
「障壁が!?」
驚愕の顔を浮かべるドレイク。デモンの張る障壁に、絶対の信頼を寄せていたドレイクは、魔力障壁が壊れたことにより、禁忌魔法を中断してしまっていた。
ドレイクに再び障壁を張られる前に、左拳を叩きつけた。
ドンッ! と鈍く重い音と共に、ドレイクの顔はひしゃげて、禁忌魔兵を弾き飛ばしながら吹き飛んでいった。




