第六十六話 渾身の一撃
禁忌魔兵にされているみんなを助ける方法はないのか。しかし、いくら考えても良い案は出てこない。出てくる答えは貧相なものだった。
水を大量に飲ませて薄める。
果実酒を吐かせる。吐かせるには、お腹を殴る、口に手を突っ込む。
うーん……吐かせても無理だろうな。どれも上手くいきそうにない。
唯一、可能性があるかもと思ったのが、毒の治療魔法だ。
僕が知っている人で魔法を使えるのはリアムと、診療所の人達だけだ。
あとはバルコニー周りにいた王宮魔法使いならば、と思っていたが、禁忌魔兵が暴れだした際に大半はやられてしまった。残りは逃げだしてしまい、すでに姿は見当たらない。
何をするにしても、ソマリが人質に取られている状態では、どれも行動に移せず、今はデモンの要望通りガウルと戦うしかなかった。
せめてソマリだけでも、禁忌魔兵にされる前に助けたい。
そんな僕の思考とは関係なく、襲いかかってくるガウルだが、巨体からは想像できないようなスピードで攻撃をしてくる。
だが、僕の眼とヨハンと磨き続けた腕があれば、見切ることや、受け流すことはそれほど難しいことではない。
ただし、ガードなしで直撃してしまったら、ただではすまないだろう。
魔獣化したガウルには生半可な攻撃は通じない。ガウルの攻撃を避け、隙をみて幾度も攻撃をしてみたが体が硬く、まったく動きを止めることなく向かってくる。
禁忌魔兵はどうしたら動きを止めることができるのだろうか。
殺すか、足を砕くとかしかないのか?
気絶はするのだろうか……。
ガウルを気遣うような攻撃では動きを止めることができない。
ガウルの放つ拳を受け流しながら僕はくるッと回り、ガウルの背中に今まで以上に力を込めた回し蹴りをする。
ドンッ! と重い音を響かせガウルを蹴り飛ばした。
僕がヨハン刀術道場での稽古試合の時など、元気にはしゃぐソマリだが、今は涙を浮かべている。
綺麗なオレンジに輝く髪は、切り落とされた耳から出る血で、赤く染まり始めていた。
それを見る度に、僕はふつふつと怒り満ちていく。
キールの罠で殺されかけた時ですら、相手を殺すことなく、その場を退いて、後でオリバー騎士団長に報告して対象してもらおうと思っていた。キールや雇われた連中を殺したいとかそんな風に思わなかった。
しかし今は違う。
デモンを本気で殴り殺したい。刀があれば切り殺したいと思うほど心が荒れていた。
しかし、それもできずに禁忌魔兵となったガウルと戦っている。歯痒い思いをしながらガウルを見据えた。
再び向かってくるガウルに、僕は正面から向かっていく。デモンへの怒りがガウルに向かっていた。
僕とガウルの拳がすれ違う。ガウルの拳の軌道を見切り、紙一重で避けたつもりだが、頬をかすりパックリと裂けた。
一方、僕の拳はガウルのお腹に直撃し、ドンッ! と重い音が響き、禁忌魔兵の群れに殴り飛ばした。
…………硬いっ! まるで硬い物体を殴りつけたような感触だった。
とても『倒した』という手応えを感じる事ができなかった。案の定、薄い土煙の中でガウルが立ち上がる姿が見えた。
自分の身体に変な違和感を感じた。
かなり力を込めた一撃だった。なんだろう……思ったより力が出ていないような、そんな違和感だ。
案の定ガウルには大したダメージを与えていなさそうだ。手応えがなかったのはガウルの体が強化されていたためだろうか? それとも、無意識に力を抑えた? もしかしたら、禁忌酒の影響?
あれ?
なぜ、僕は果実酒を飲んだのに禁忌魔兵にならないのだろう?
そんな疑問は一瞬で答えがでた。
僕だからだ。
神様から力を頂いた僕には、毒や痺れ、そして果実酒に混ぜられた薬物の効果がないということだ。
だから、こうして平然としていられるのだろう。
それならば、なぜ、力が出てないような違和感を感じるのだろう……。
ソマリが気になり、チラリと視線を向ける。
血で染まっている髪を掴みあげ、こちら戦いを観て喜んでいるデモンをみると、そんな分析染みた思考も吹き飛んでしまう。
しつこく向かってくるガウル。
唸りながら攻撃してくる。それらを避けたりを受け流し、隙をみて身体に打ち込み、足に蹴りを入れるが大して効いてないのがわかる。
せめて動きだけでも鈍ってくれれば楽になるのに……。
チラリとデモンを見る度にイライラが増す。見なければいいと思いつつも、ソマリの安否が気になって見てしまう。
正面のガウルに集中できなかった。
そして、ほんの一瞬、デモンがなにか余計なことをしていないかと目だけをデモンに向け、視界を戻すと、戦慄が走った。
ガウルの攻撃を受け流すどころか、ガードも間に合わない!?
「しまった!」
ガウルの拳が横腹辺りに直撃する。
少しでも衝撃を逃がすために、踏ん張る足を緩め、身体の軽い僕は、軽々と殴り飛ばされた。
「がはっ!」
うっ……脇腹にひどい痛みが……。立ち上がろうとすると激しく痛む。
しかし……僕の身体は頑丈だな……。
ガードが間に合わないと悟った時は、死んだと思ったくらいだ。
油断した自分にも、集中させてくれないデモンにも腹が立つ。しつこいガウルにも腹が立ってきた……。
……もう、うんざりだ。
今のガウル相手なら全力でやっても死にはしないだろう。
うずくまる僕に、走って向かってくるガウル。闘気を纏った拳を放つガウルに、僕は全力の拳をガウルの放つ拳にぶつけた。
「だあああああっ!!」
――――――ドゴンッッ!
お互いの全力の拳がぶつかり合い、周りに衝撃波の余波がいく。ビリビリと震える空気が衝撃の大きさを物語っていた。
僕はこの世界に来て、初めて全力の拳をふるった。右腕に激しい痛みが走るが構わずふりぬく。
ガウルの左腕からは、血が吹き出し、骨が飛び出し、体の大きなガウルが宙を舞う。
何度も回転した後、ドスンッ! と重い音を出し、地面に落ちた。
今までのガウルの攻撃を受けていて、僕の全力の一撃なら打ち勝てる、と思っていた。
しかし、思い上がりだったみたいだ。たしかに打ち勝ちはしたのだが、代償は大きかった。
ガウルほどひどくはないがとても刀を振り回したり、殴りかかったり出来そうにないほどだった。
手の甲や手首の骨がやられているのだろう。少し触っただけで激痛が走る。
「おまえから話には聞いていたが、こうして観ていると、どちらが化け物かわからぬな……」
デモンによって、動きの止まっている禁忌魔兵に囲まれながらも、バルコニーからハルとガウルの戦い見守る国王は、ハルの力を目の当たりにして恐怖すら感じていた。
オリバー騎士団長も、ハルの肉弾戦をみて改めて驚かされていた。
「だから今まで私が彼を見ていたんですよ……こうしてみていると、彼がこちら側についてくれていて本当に良かったと思ってます」
「私もクロエから話は聞いていましたが、あんな可愛らしい子が、ここまで人間離れした力を持っているなんて……」
ハルが野盗と戦った時の話などを、クロエ姫が姉のカレン姫に話していた。
カレン姫はクロエが大袈裟に話しているのだろうという程度に思っていたが、話通り……いや、話以上に規格外の子供だという事をその目で理解したのだった。
「素晴らしい……」
デモンは驚きと喜びの入り雑じった表情を浮かべながら歓喜の声を漏らす。
「ほんと、ハル少年は何なんすかッスかね?」
驚きを通り越し、呆れるドレイクだが、デモンにとってハルが何者だろうがどうでもいい。自分の駒として相応しいと改めて実感した。
「そろそろ止めさせるかの。お主の駒が壊されてしまいそうじゃ」
「あっ! そッスね!」




