第五十四話 蹴ってみた
ソマリ対ジャックの模擬戦は、ソマリの勝利で幕を閉じた。
「ソマリ君は対大盾の戦い方をよくわかっている」
「あの死角に潜り込むことですか?」
「まぁ、ソマリ君やハル君くらいのスピードと低さが必要だがね」
どうせ僕は背が小さいですよっ!
「最後の宙返りはどう思いますか?」
空中での攻防は、圧倒的に不利になるため、かなり危険な勝負に出たなと思っていた。
盾を掲げ、上からの攻撃を防ごうとしたジャックに対し、空中で逆さまの状態のソマリは盾に手をつき、宙返りを止め、逆立ちからクルッと戻る回転を利用して、盾の側面を蹴り飛ばしたのだ。
ジャックは、盾の上で曲芸が行われているとは思わなかったことだろう。
「ジャックの実力を見極めた上での宙返りなら、奇策としてはよかったんじゃないか。あのまま長期戦に持ち込んでいてもソマリ君が勝っていたと思うがね」
「じゃあ、なんでわざわざソマリさんは危険な勝負に出たんですかね?」
僕の問いにオリバー騎士団長は「ククッ」と笑った。
「ただ、楽しみたかったんだろ?」
あぁ、なるほど。戦っている間に何度も楽しそうな顔をしていたな……。
蹴った方の足を押さえながら涙目になっている。ソマリが顔を上げると肩車をされている僕と目があった。
ソマリはうれしそうに立ち上がり「みてくれましたあ!?」と大声をあげた後、また縮こまってしまった。
よほど足が痛かったのだろう。
僕はオリバー騎士団長の肩から降りるとソマリに駆け寄った。
オリバー騎士団長の存在に気がついた隊員達は青い顔になり、急いで整列をした。ビシッと背筋を伸ばして、咎められないかビクビクしているようだ。
ジャックを診ているリアムに容態を訪ねた。
「ジャックの容態はどうだ?」
「脳震盪ですね。放っておけば目を覚ましますよ」
オリバー騎士団長は隊員達に、ジャックを医務室のベッドまで運ぶように指示を出すと、広場全体を一望できる指令台に上り、隊員達に向かって話し始めた。
僕とソマリは訓練広場にあるベンチに座っていてほしいとのことなので、大人しく見学することにした。
「先程の模擬戦はとても素晴らしい戦いだった。この中には沢山の盾を使う騎士がいるだろうが、色々と思うところがあるだろう。
決して短剣の二本持ちより剣盾が劣っている訳ではない。だからといって、副団長が弱いわけでもない。彼女が強かったのだ。
昔、アルステムの三剣と呼ばれたうちの一人、獣人ラグドールの一人娘。彼女の名はソマリ。諸君! ソマリに勝利の喝采をっ!」
オリバー騎士団長が片手を上げると、騎士達は一斉に喝采を浴びせた。
ソマリは照れ臭そうに笑顔で手を振っていて喝采に答えていた。
ドーン! と太鼓の音が響くと、隊員達はビシッと姿勢を正し、口を閉じた。
「それでは、各部隊長から指示をもらい職務を全うすること! ちなみに、本日の訓練にはソマリ君の隣にいるハル君も参加するので模擬戦の際は、挑んでも構わないから頑張ってくれたまえ!」
えっ? えええええええ!?
オリバー騎士団長が指令台から下りると、部隊ごとに一斉に散らばりだし、各仕事へ向かったようだ。
こっちに向かってくるオリバー騎士団長に「聞いてないですよ!?」と文句を言うと「そうだな。今言った」と素敵な笑顔で返された。
「心配するな。ヨハンにはこちらが連絡を入れておくから。『今日はハル君を借りる』とな。ハル君にとってもいい訓練になると思うぞ。いつもヨハンの所では相手に盾持ちなどいないだろう?」
たしかにその通りなんだけど……。
訓練場で各々鍛練に励む予定の者だけがその場に残った。
素振りから始まり、広場内を走り、筋トレ、攻防交代で打ち込みを行い、模擬戦を行う。
ソマリは沢山の人に模擬戦の申し込みをされていた。先程の戦いを見て、ソマリに是非挑戦してみたいという人が殺到したのだ。
しかし、ジャックとの模擬戦で足を痛めたので今日はもう見学だけだそうだ。
ソマリ怪我が絶えない子……。
肩を落とし、残念そうにする隊員達は、ソマリの隣にいる僕を見て、他の隊員と顔を合わせて「さすがに子供相手は……」と首を横に振っていた。
それを見ていたソマリはムッとし、僕を軽くみている人達に文句を飛ばしていた。
蜘蛛討伐に来ていた隊員は今日はいないようで、僕の実力を知るものはいないのかもしれない。
キーキー怒っているソマリを押さえる僕の元に、一人の隊員がやって来た。
どうやらクロエ姫が野盗に襲われた時に、護衛をしていた人らしい。当然、僕が野盗を倒したのも見ていたため、是非手合わせをしてみたかったとお願いされた。
「ハル君」
オリバー騎士団長に呼ばれ振り返ると、「君の武器はこれだろ?」とヨハンが造ってくれた僕の愛刀を渡してくれた。
いやいや、真剣って! 僕に模擬戦を申し込んできた隊員もドン引きしてますよ!
「仕方ないじゃないか、刃引きした刀なんて騎士団には置いてないんだから」
肩をすくめるオリバー騎士団長は大して問題にしていない様子だ。
そりゃ、せっかくの愛刀なのだから、どんどん使いたいけどさ……。
模擬戦相手には峰を使い、突きはしないということで了解を得ておいた。
周りではすでに模擬戦を開始している人達もいて、なかなかの熱気である。
正面で向かい合い挨拶を交わす。向こうは剣を抜き、顔の前に掲げた。
「私は王都アルステム騎士団、第六部隊長のブッター。騎士道に恥じぬ戦いを誓おう」
模擬戦でもこんな挨拶をする辺り、騎士としての礼儀なのだろう。
「ハルです。よろしくお願いします」
僕はお辞儀をし、刀を抜き刀身を返した。
黒光りする刀身に「おぉ……」と、周りから漏れる声。
まだ離れているが、すでに盾を前に出し、その横に剣を持ってきているが、まるで突きをするかのような構えだ。
僕は中段位置に剣先を置き、ブッターに向けて構えているだけで、ピクリとも動かずに構えた。
ブッターはじりじりと寄ってきて距離を詰めてくる。
僕の腕の長さと刀の長さから、まだ間合いに入ってはいないが、ブッターが突きをするつもりならギリギリ入っているだろう距離まで来た。
案の定、地面を擦るような踏み込みから身体をねじり、腕を伸ばし距離を最大限生かした突きをしてくる。
その突きを服にかするように避け、相手の腕が戻りきる前にその腕に刀を叩きつけた。
峰で打たれたブッターは「ぐっ!」と呻き声をあげ、武器を落とした。
あっけなく負けてしまったブッターは唖然とし、周りも驚きを隠せなかった。
ソマリの「ハル様ひゃふう!」と上機嫌の声に皆が動きだし、ブッターは「も、もう一戦いいだろうか?」と再戦を申し込んできたので、勿論了承した。
こんな早く終わってしまっては、気まずいしこれでは訓練にならない。ヨハンと比べたらダメなのはわかっているが、かなりのスピードの違いがあった。
次は相手にもう少し攻撃をしてもらおう……。
二戦目も一戦目と同じで、突きの構えで、じりじりと近寄ってくる。今度は少し遠いんじゃない? と思う距離で突きを仕掛けてきた。
突きが遠いばかりか、突く動作から戻すまでを速くしようと意識しすぎてか、僅かに剣先が届いてない。
僕は身体を揺らすように避け、今度は打ち込みを遅めにしたら当たらなかった。
ブッターは一戦目と同じように、打ち込まれなかったことに「同じようにはいかないぜ」とご満悦のようだ。
しかし、オリバー騎士団長からのお叱りの言葉が飛んできた。
「ハル君! 手を抜きすぎると相手のためにならないぞ!」
その言葉に周りがざわっとした。
オリバー騎士団長、いくらなんでもみんなの前で言わなくても……ブッターはなんともいえない表情になり、ブッターと気まずくなってしまった。
「ハル君! 本気で来い!」
強い表情で意気込むブッターの気持ちに答えたいけど、さすがに本気は……。
ブッターは、フェイントを混ぜながらの攻撃をしてくるようになり、僕はそれを避けたり受け流したりしていると、僕が攻撃してこないのを見て「ハル君、遠慮なく来い!」と僕が時間をかけているのが、ばれてしまっていたようだ。
ブッターの攻撃を受け流し、盾でガードをしないといけない状況を作り、刀をあえて少し多目に振りかぶると、案の定、盾を前に出しガードをしようとする。
刀はフェイントのため振りかぶっただけで、本命は盾を蹴り飛ばすためだった。
――――ドンッ! 盾の正面から強く蹴りつけると、重い音を響かせ後方にゴロゴロと転がり飛んでいった。
思ったより転がっていったのを見て、少しやり過ぎたかもと思った……。
周りも唖然としているのがわかる。
「ブッター! 重心が高いから踏ん張れないだぞ! もっと腰を落とせ! 攻撃するときもびびらずにもっと踏み込め!」
喝を飛ばし、気まずい雰囲気にフォローしてくれたオリバー騎士団長グッジョブ!
その後は僕に挑戦したいというものが増え、何人も盾ごと蹴り飛ばしたら、盾持ちの人の挑戦がいなくなってしまったのだった。




