第四十八話 討伐
剣を振れば、漆黒の剣先は黒い線を描き、うっすらと蒼い光がついてくる。
――――これだ。刀の感触を確かめるように、大蜘蛛の攻撃を流しては関節に浅めに一太刀入れる。
大剣と比べるととても軽いが、強度はしっかりしているのがわかる。特に切れ味がすごい。
しかし、僕が感じた『これ』とは切れ味や軽さの事ではない。大剣と大きく異なる点に僕はすごく馴染んでいた。
それもそのはず、大剣と刀では剣筋が全く違う。大剣に関しては素人である。
しかし刀は違う、ヨハンに実戦で指導を受けていたのだ。
ずっと刀を使うために訓練してきた。ようやく自分に適した武器を手にした僕は、水を得た魚のようだった。
――――ヒュッッ――――
蒼い線が通った後、大蜘蛛の足の関節部がぱっくりと裂けた。
大蜘蛛は、金属が激しく擦れるような叫びをあげながら反撃をしてくる。
暴れるように何度も僕を突き指そうとする足をを、するりするりと避け、先ほど斬った同じ足の関節部を的確に一太刀を入れる。
――――ヒュッッ――――
大蜘蛛の足は飛んでいくことはなく、ズルリとずれてそのまま下に落ちていった。
三本目の足も落ち、動きが鈍くなってきた。こうなると同じところに斬り込むことなど造作もない。
大蜘蛛の抵抗もむなしく、四本目の足を切り落としたことにより、ついに前のめりに倒れこみ胴体を土に着けることになった。
これを見た冒険者達は歓声を上げた。
「素晴らしい。その刀もすごいが君も見事な腕だ。ところで、この大蜘蛛はワシが預からせてもらえるかの?」
デモン・スティーンは軽い拍手をしながら僕に近づいてくる。
「待ちな。こんなのどうするつもりだ? 今ここで殺しておいた方がいいだろ」
僕が言葉を発する前にデモンさんを睨むオリバー騎士団長が不機嫌そうに言った。
「もちろんこの場で息の根を止めるとも。ただ生きたままワシが氷らせて検体として保存したいのじゃ」
「なんだって? そんなこと――――」
「今後このような危険な魔物が発生しないように解明したいとは思わんか?」
そのように言われてしまってはオリバー騎士団長もなにも言えなかった。
しかし……氷らせれるものなら始めからやってくれれば……などと思ったが、氷らせるまでに時間がかかるため動けなくなってからでないとダメみたいだ。
こうして話している間も魔物化している蜘蛛が飛びかかってくるが、数もかなり減ってきているし今最前戦にいるのは、僕と、オリバー騎士団長と、デモン・スティーンだ。どんな敵が来ても負ける気がしない。
僕は飛びかかってくる蜘蛛を綺麗に両断していく。デモン・スティーンは近づかれる前に魔法で撃ち落としていく。三匹同時に跳んできても的確に撃ち殺す。さすがは王宮魔法使いのトップは伊達ではない。
ついに大蜘蛛以外の蜘蛛も全部倒し、冒険者達は勝利の雄叫びを上げた。
だが、皆が皆笑顔ではなかった。死亡者八名、重傷者四名、負傷者十名と、残念な結果となってしまった。
重傷者と治癒魔法使いを先に馬車で帰らせ、他の人は後日帰還となる。魔物化している大蜘蛛を王宮魔法使い達が冷凍保存し始めた。
――――その日の夜。
オリバー騎士団長に、騎士団のみ集まる天幕の中に呼ばれた。
「ハル君、今日はよくやってくれた。ありがとう」
「いえ、この刀のおかげです。預かりものなのに使わせていただいてありがとうございました」
僕はオリバー騎士団長に刀を返そうとすると、不思議そうな顔をされた。
「それはヨハンがハル君のために打った刀だ。それは君のだよ」
…………ヨハンはこんなすごい刀を造ってくれたのか。道場では量産型の普通の刀で訓練などもしていたが、それとは比べ物にならない逸品だった。
詳しいことはヨハンから直接説明があるらしい。『きっと長い時間熱く語られるぞ』と言われたが、願ってもない。この刀の素材や製造過程での苦労話など楽しみである。
あれ? しかし、なぜオリバー騎士団長は昨日か今朝の時点で渡してくれなかったのだろう? その事を訪ねてみると
「ヨハンが造った刀がすごいのはわかっている。だからこそデモンの前で『ハル』+『ヨハンの刀』を見せたくなかった」
ということらしい。たしかに魔物化した大蜘蛛じゃなかったら大剣で十分だった。
「多分あとでデモンに呼び出されると思う。どうせ研究を手伝ってくれとか言うだろうが断わったほうがいいぞ。断りにくいときは私に止められているとか言っておくといい」
「なにか不味いんですか?」
「どうもあいつの研究は胡散臭くてな……。それに、君だってあれこれ調べられたり、検体などなりたくないだろう?」
そりゃあ……根掘り葉掘り聞かれたりも嫌だし、なにより麻酔の効かない身体を検体として差し出したくない。
こうして自分のテントに戻ると、すぐにデモンから使いの者がやって来た。
「ハル殿をお連れしました」
「入りたまえ」
天幕の中には、白衣を羽織ったドレイクと、デモンの二人だけだった。
「ハル君、素晴らしかったぞ。その歳であれだけの動きと技術、その細い身体のどこにあの力があるのか…………」
デモンはやはり神様からのギフトに興味津々のようだ。
僕は記憶のないということと、目が覚めたらこの力を持っていたこと、日々の訓練はヨハンにしてもらっているということを改めて説明した。
「そこで、じゃ……たまにでいいからワシらの研究の手伝いをしてほしいのじゃが。数日に一度、午前中だけでもいいぞ? 手伝いの報酬に大金貨一枚、内容によっては二枚でどうじゃ?」
大金貨と言えば日本で例えるとで五万円くらいの価値がある。それを三時間程度で貰えるとなると心がぐらつく。
しかし、オリバー騎士団長には釘を刺されているし、僕も遠慮したい気持ちであった。
「他にやらなければならないこともあるので……それに、王都にいる間はオリバー騎士団長の指示に従うということになっているので、オリバー騎士団長が許可を出したのなら改めて考えさせていただきます。期待に応えることができなくてすみませんでした」
「そうか……残念じゃの……」
僕はお辞儀をして天幕を出ていった。
天幕にはデモン・スティーンとドレイク・マティアが残っている。
「ホンっト……オリバーさんは邪魔ッスね」
心底鬱陶しいといった感じでため息混じりで眼鏡を触るドレイク・マティア。
「ふっ……まったくじゃの。まぁ、近いうちにどちらもワシの手駒になるじゃろうが、あの少年の力の出所を解明してからにしたいのぉ……」
もうすぐ、ハルを巻き込み、王都アルステムにおける過去最悪の騒乱が起ころうとしていた。




