第四十七話 ハル参戦
「で、でかいっ……」
望遠鏡を握る手に力が入る。オリバー騎士団長は望遠鏡から目をはずし、冒険者達に新しい討伐対象がいること説明した。
「冒険者諸君! 聞いてくれ!」
冒険者達がオリバー騎士団長の言葉に耳を傾ける。
「蜘蛛討伐は今を持って任務完了とする! しかし! この先には、いままでとは比べ物にならない大きさの大蜘蛛がいる! ここから先は追加の特別緊急依頼とする! ここから先の戦いに参加しない者は夜営地まで戻り、我々が戦いから戻るまで待機していてくれ!」
こんな大型の魔物が対象では、蜘蛛討伐としての依頼範囲に入らないと判断したようだ。
冒険者達は仲間内で相談をしだした。
僕はソマリとラルクにどれくらいの大きさかを説明した。
「まじかよ……。そんなのもう蜘蛛じゃねぇな」
ラルクは呆れたような物言いで簡易道具で剣の刃を研ぎ出した。どうやら参加するようでヤル気満々である。
他の冒険者達は、魔力に心配のある者や、武器の損傷、怪我をしているものは夜営地まで戻ることになる。
しかし、ほとんどの冒険者は参加するようで、意気揚々としていた。
このような経験は余りないため、自分の武勇伝として話のネタや思い出になる。それに銀ランク以上の冒険者が八十人以上いるのだから、気持ちが大きくなるというものだ。
ましてや王宮の騎士と魔法使いが、少数ではあるが一緒にいるのだから、自分達の見せ場でもあり、最悪危なくなっても軍のサポートが入り助けてくれるだろうという甘い考えの者も少なくなかった。
冒険者達が、大蜘蛛を肉眼で確認できる距離までくると、ざわつき始めた。
「お、おい、でかすぎねえか?」
「でもでかきゃ強いってものでもないんじゃないか?」
「そうだな、見かけ倒しってこともあるか……」
大蜘蛛の存在もそうなのだが、辺り一帯の木々には白色に薄紫色が混じっているような繭が沢山ある。
蜘蛛の繭にしては変な色だと皆が不気味がっているようだ。
風のせいかそれとも中身が動いているのかわからないが繭が揺れていて気味が悪い……。
そして、ついに大蜘蛛が行動を開始した。
赤色の眼に紫が混じりだし、牙をこすり、ここにいる全員に聞こえるほどの不気味な高音を奏でた。
すると、周りの大木に付いている、沢山の繭から魔物化した蜘蛛が姿を見せた。
「ばかなっ! 魔物化しているだと!?」
大きさは通常サイズだが、魔物化している蜘蛛が八割ほどを占めていた。これほど沢山いるとなると厄介である。それにどれだけ厄介か未知数の大蜘蛛までいる。
ゆっくり考えている暇はない。幸い大蜘蛛は不気味な音を立ててはいるが、迫ってくることはなかった。
それならばと、オリバー騎士団長は周りに指示を出す。
これ以上前進することなく、まずは迫ってきている通常サイズの蜘蛛から倒し。大蜘蛛が動き出したら、騎士団の戦力を大蜘蛛に集中させ、通常サイズの魔物蜘蛛を冒険者に任せるということになった。
しかし、そんな作戦も一気に崩壊した。突然走り出した大蜘蛛は、想像を遥かに越えるスピードで走り出した。
そしてとんでもないジャンプ力で冒険者達の真上まで飛んできた。
「うっ! うわああああああ!」
ズンッ! っと大蜘蛛着地した大きな重低音と共に人が潰れる鈍い音がした。
ゆっくりと体を上にあげる大蜘蛛、その下からは潰されてしまった冒険者は二人、口や耳から体の中のモノが飛び出ていて、地面を真っ赤に染めていた。
覚悟の足りなかった冒険者達はパニックになり、隊形を崩し、むやみやたらに走って後ろに下がってきた。
中には度胸のある冒険者達もいて、自分が倒して大金星を挙げてやると意気込む者も……。
しかし魔物化している大蜘蛛に攻撃をするが、まるで岩に斬りかかっているかのような固さで攻撃が通らなかった。
大蜘蛛は大きさの割に動きが早く、そして力強かった。大蜘蛛の刃物のような鋭い足がすごいスピードで冒険者達を刺していく。一人、また一人とその場に倒れていった。
そんな中、懸命に戦うベテラン冒険者パーティーの一人が周りに聞こえるように大声をあげた。
「大蜘蛛の足に触れるな! 僅かでもかすってしまえばそこから毒が浸透するぞ! ぐ……」
言い切ったベテラン冒険者の一人が顔色を悪くして倒れこんだ。どうやら小傷でも毒が侵入するというのは実体験だったようだ。
苦しかったのを我慢して周りに教えてくれたのだ。
至急その冒険者を回収して後方へ下がる医療部隊。
戦況が悪化してきたことと先ほどの冒険者の発言から、接近戦は危険と判断して、オリバー騎士団長の指示で前衛を大蜘蛛から離脱させた。
そして冒険者の魔法使いと、王宮魔法使いが魔法を一斉に放つ。
森林の中での炎魔法は御法度のため、風、氷の魔法を当てるがまったく効いている様子はない。
赤く光る眼の大蜘蛛はまた飛び上がり、今度は魔法使い達の上に飛んできた。避けきれなかった者が潰され、潰されなかった者も次々に大蜘蛛の足に刺されていく。
「魔法部隊は下がれ! 盾持ちは下がる魔法使い達を援護しろ! 大剣、斧の大型武器の冒険者は前へ!」
すぐに魔法使いを後方に撤退させ、盾持ちの冒険者を前衛にだし、隙を見て大型の武器を持っている冒険者が斬りかかるという作戦に切り替えた。
魔法が効かないのであれば直接攻撃で行くしかない。しかし、即席での部隊では盾持ちと大型武器の連携が上手くいかないようだ。
大蜘蛛の長く鋭い足を盾で防ぎながらも、様々な攻撃を繰り返す冒険者達。しかし深く刺さることもなければ、切断することもできず、せいぜい小さな小傷をつけるくらいだった。
そんな化け物みたいな大蜘蛛に、つい注意が向いてしまい、他の魔物蜘蛛に噛まれてしまう者も少なくない。
この状況で見ているだけなんて我慢できない!
「僕もっ――――!」
「君の出番ッスよ」
「僕も戦ってきます」と言い切る前にドレイクさんに背中を叩かれた。
「ハル様がんばってくださいっ!」
ソマリの応援に僕は「いってきます!」と返した、違和感を感じながらも、大剣を握りしめ大蜘蛛に向けて走り出した。
デモンの横を走り抜けた際、
「ほぅ、大剣を持ってあのスピードとは……なるほどのぅ、これは楽しみじゃ」
不適な笑みをしたデモンの独り言は、僕には聞こえなかった。
大型武器を持っているの冒険者の中には、あのスキンヘッド男が戦っていた。
大きい身体と力を生かした大斧での渾身の一撃が大蜘蛛の身体に直撃し、それなりの傷が入ったがダメージは小さいようだ。そしてその衝撃によって大蜘蛛の注意はスキンヘッド男へと移ったようだ。
嫌でも目立つあの冒険者が今まさに大蜘蛛に殺られそうになっていた。
大男に向かって伸びる大蜘蛛の足。大男もヤバイと思ったが、もう回避に間に合わないと悟り歯を食いしばる。
しかし、その大蜘蛛の足が大男に刺さる前に僕の大剣が彼の頭上を横切った。
ガキンッ!
鈍器と鈍器がぶつかり合ったような音が響き渡り、大蜘蛛がよろめいた。
「硬いっ……!」
僕は斬り飛ばすつもりだったのだが、想像以上に硬かった。しかし勢いよく斬りつけた足の間接部分には明らかな傷跡がついていた。
ここでオリバー騎士団長から指示が飛んだ。
「大蜘蛛は少年と私が引き受ける! 他の者は周りの蜘蛛を寄せ付けないようにしてくれ!」
「「「「おおーっ!!」」」」
「ボウズありがとな!」
間一髪で助かった大男は僕にお礼を言って大蜘蛛から離脱した。
オリバー騎士団長が僕の反対側から大蜘蛛を攻撃する。
「この剣でも簡単にはいかないかっ!」
オリバー騎士団長は愚痴を吐きながら攻撃を続けた。
オリバー騎士団長の使う剣はいつものとは違い、切れ味と重量をあげている魔物用の剣だ。
それでも大きなダメージになっていなさそうだが、大蜘蛛の注意を幾度も引いてくれる。
「ハル君! 足の間接を狙え! 同じところを何度も斬りつけろ!」
「はいっ!」
元気のいい返事をしたものの、かなりのスピードで動き回る大蜘蛛の足を的確に狙えとか、ハードルの高い要求をするオリバー騎士団長。
先ほど傷をつけた所を狙って大剣を振り抜く!
鈍い音が響き、大蜘蛛の足は宙を舞い、大木に突き刺さった。
「「「おおおおっ!」」」
ついに大蜘蛛の足を一本切り落とすことに成功し、周りからは歓声が上がった。
しかしオリバー騎士団長に買ってもらった大剣に大きなヒビが入ってしまい、今にも碎けそうだった。次攻撃をすると刃が吹き飛ぶのは明白であった。
「オリバー騎士団長! 剣が!」
オリバー騎士団長は、大蜘蛛の攻撃を大盾と剣でさばきながら横目で僕の方を確認した。
「しかたない、リアム! あれをハルに!」
「はいっ!」
後ろを振り返り、馬車に向けて走り出したリアムさんに飛んでいく蜘蛛がいた。
「水弾!」
その蜘蛛に向けて小さく圧縮した水の塊を凄まじいスピードで蜘蛛にぶつけ吹き飛ばした。殺傷能力はないものの、蜘蛛を突き飛ばすことに成功した。
そんな僕に大蜘蛛の鋭い足が向かって来ていた。
僕は間一髪、大剣で受け流すことに成功したが、大剣が根元から砕けてしまった。
続けて来る大蜘蛛の攻撃を、見切りと、根本の僅しか残っていない大剣で避けていく。
さすがに武器がないと受け流すこともできないため余裕がない。
オリバー騎士団長も注意を引こうと攻撃をするが今は僕に夢中みたいだ。
「ハル君!」
リアムは僕に黒く長いモノを投げた。僕はそれを掴もうと振り向いて手を伸ばした。
大蜘蛛が僕の背中を突き刺そうとしていたが、振り向く前にオリバー騎士団長と目が合っていた。
――――大丈夫。
僕が黒いモノを掴むと同時に、高い音が響いた。オリバー騎士団長が大蜘蛛の足を一本切り飛ばした。
切り飛ばした付け根には無数の切り傷があった。オリバー騎士団長も一ヶ所のみを集中的に何度も攻撃していたのだ。
やってやったと言わんばかりの顔で大蜘蛛を睨むオリバー騎士団長。
そして僕の手にあるのは――――――刀だ。
黒い鞘、黒い柄、抜いてみると刃まで黒光りしていた。
しかし波紋のみが蒼く、見入ってしまうほど幻想的だ。
「ヨハンから今朝預かったモノだ! けりをつけるぞ!」
「はいっ!」




