第四十六話 蜘蛛討伐開始
当たり障りのない、すこし控えめな回答を続ける僕。
しかし、そんな僕の気持ちを理解していないソマリは、僕を褒めちぎるようにいままでの出来事を少し大袈裟に話していた。
ソマリに甦りの事を話さなくてよかったと思った……。
「ほほぅ、いやはや、なんとも頼もしい少年じゃな。こりゃ、わしらの出番など無さそうじゃな」
「ホントッスね。まぁ、元より僕は見学しかするつもりないッスけど」
「ハル様にまかせておけば大丈夫ですよ! エヘヘ」
エヘヘじゃない。なんでソマリがドヤっているの?
休憩を取りつつ、目的地まで歩き続ける冒険者達。ようやく夜営に適した場所までたどり着いたようだ。
今晩はここで夜を明かし、明日の日の出とともに出発し、本格的な討伐をするとのことだ。
食事を済ませ、オリバー騎士団長から入念な戦闘隊形や負傷時の対応などの指示など行われた。
その際こっそり僕にだけ別の指示があった。その内容とは王宮魔法使いのトップである、デモン・スティーンの側で、指示があるまで待機ということだ。
どうやらデモン・スティーンからのご要望とのことらしいけど、王宮魔法使いの総司令のご要望なんて緊張してしまう!
しかし、オリバー騎士団長は僕のことをデモン・スティーンの側に置いておきたくないような言い方をしていたのは気のせいだろうか……?
それと今朝、門の前で集合したときに絡んできたスキンヘッドの大男と、その仲間のローラが、先ほどの食事の時に謝りにきたのだ。
それはもう必死に謝られました……。
それもそのはず、アルステム王国の王宮魔法使いの総司令と同じ馬車に乗り込んだ僕は、冒険者達から注目を帯びる存在となっていた。
そんな僕に絡んでしまった彼らは当然焦ったことだろう。
そりゃ必死に謝りに来るはずだ。別に僕は気にしてなかったんだけどな……。
次の日、それぞれのグループで別れ、オリバー騎士団長の指示の下、隊列を組んで木々の中へ入っていく。
背の高い木々が立ち並ぶ中、隊列を組んだ冒険者達は、周りや頭上を警戒しながら進んでいく。
しばらく歩くと冒険者達が声をあげた。
「いたぞ!」
「こっちもいたぞ!」
「前方の樹の上にもいるわよ!」
遂に蜘蛛との戦いが始まったようだ。
今回はこちらの人数は多くて、順調に蜘蛛を倒しながら奥へと進んでいった。
樹の上の蜘蛛は魔法や弓で倒していき。地上の蜘蛛は前衛が倒していく。魔物化した蜘蛛もいたがそれほどの数ではないため、冒険者達は余裕を見せ笑みを浮かべながら戦っていたが、やがてその笑みは消えていくことになる。
周りの空気が変わる。昼間なのに日差しは樹木で隠れてしまい薄暗い。
そのまましばらく進むと樹の上に、無数に光る赤い眼。魔物化した蜘蛛が大量に待ち構えていた。
この光景に冒険者達は背筋が凍る思いがした。
一斉に飛びかかってくる魔物化した蜘蛛の群れ。一撃で倒せるものもいれば勢いと固い皮膚のせいで剣を弾かれてしまう者もいた。
蜘蛛に押され気味の部隊にオリバー騎士団長の指示で騎士団の補助員が入る。
人数と隊列により、囲まれたり押しきられることはないが負傷者も出始め、戦場が慌ただしくなってきた。
沢山の蜘蛛の群れを見ていて、僕はオリバー騎士団長に伝えなければいけないことを思い出した。
それは、他とは比べ物にならないような大きさの魔物化した蜘蛛がいたということだ。その事をオリバー騎士団長とデモンに伝えておいた。
オリバー騎士団長は、冒険者や騎士団に指示を出しながらデモンに問いかけた。
「そんなにでかくなるものなのか?」
「魔物化することによって大きくはなるが、四倍、五倍も大きくなるとは考えにくいんじゃが、それでも可能性はゼロではないのぅ」
魔素の濃い場所での生息、魔素を含んだ食べ物の大量摂取、それらなにかの原因で魔素を吸収しすぎると魔物化することはあるが、だからといって大量摂取したら必ず魔物化するというものでもないみたいだ。
魔物化する個体もあれば、魔物化に耐えられなくて朽ちてしまうこともある。
生物には様々な個体差がある。異常なまでの身体の大きさ、生命力の強さ、それらをすべて持ち合わせた個体が大量の魔素を吸収して魔物化し、さらに魔素を吸収し続けて、朽ちることなく耐えたのならば……。
――――と、いうのがデモンの見解であった。
「さて、わしも手を貸してやるかな」
デモンは立ち上がり、冒険者の後衛の位置まで歩いたところで立ち止まり魔力を練りだした。
側にいた冒険者の魔法使い達は、つい手を止めてデモン・スティーンに目が奪われてしまっていた。
しかし、それは仕方のないことだろう、短時間で圧倒的な量の魔力を練り上げ、身体の周りには大きく揺らめく青い光を纏っている。
そして杖を蜘蛛に向け、小さな声で呟いた。
「アイスストーム」
杖の先に付いている一級品の魔石が強く青白く光り、蜘蛛の群れの中心に大きな竜巻が巻き起こった。
直径十メートルくらいの氷の竜巻。
それはただの竜巻ではなく、尖った氷の塊も一緒に飛び交っていた。周りにいた蜘蛛も吸われるように次々と竜巻に巻き込まれていき、竜巻の中で氷が刺さり、風圧や風の刃により引きちぎられていく。
「すげぇ!」
「これが王宮魔法使いトップの力か……」
デモンを称賛する声があちらこちらから聞こえてくる。
王宮魔法使い達も上から来る蜘蛛に魔法を放ち迎撃し、冒険者達の加勢をしだしたことにより、戦況がこちらに傾きだしてきた。
ご老体のデモンが参戦してるのに、僕が後ろでのんびりしているわけにはいかないと、剣を握り駆け出そうとした。
ところがドレイクに服を捕まれて止められてしまった。
「君の出番はまだッス」
細い目を垂れさせて、にこりと微笑んだ。
今いかないと蜘蛛討伐が終わってしまうんじゃ?
変な違和感を感じつつも勝手な行動も駄目だと自分に言い聞かせ我慢をすることに……。
デモンのおかげで、戦いも区切りがつき、周りを警戒しながらその場で小休憩となった。
水を飲み、リンゴをかじる人や、干し肉を食べる者もいる。蜘蛛の大量の死体を見た後では、とても干し肉など食べられたものではない、と言う者のいる……。
僕も、吐き気などはないが食欲がなかったため、水だけにしておいた。こういう時、自分の魔法で水を出せるというのは便利だとつくづく思う。
ソマリは、僕の作り出す水を直接飲ませて欲しいと大口を開けて待っている。
まるで雛鳥のようだ……。
そんな可愛いソマリにはサービスをしてあげようと、拳サイズの水玉を口の中に放り込んで上げた。
勿論、善意という訳ではなく、日頃いじめられている僕の、ささやかな仕返しであった。
大量の水が一気に口の中に入ってきて、むせ返るソマリは涙目になり「なんでそんな大きいの入れるんですかあ!」と、僕をポカポカ叩いてくる。
側で見ていたラルクは爆笑しながら転げ回っている。そんなラルクを見たソマリは機嫌悪くして転げ回っているラルク蹴っ飛ばしていた……。
休憩後、さらに森の奥まで進んだ。
しばらく進むが、通常の蜘蛛がちらほらといるくらいだったので、これ以上魔物化した蜘蛛がいなければ、今回の蜘蛛討伐は一段落ということになるそうだ。
それを聞いた冒険者達は安堵の表情を見せる。
あれ……僕、参戦してないけど、このまま終わってもオリバー騎士団長のいう、蜘蛛討伐参加が条件というものに入るのだろうか?
それならそれでいいか、と思いながらも僕はスッキリしていなかった。
あの大きな蜘蛛に遭遇していないことが原因なのだ。
小休憩も終わり、奥へと進むと白いものが沢山の樹に付いている。
冒険者達はなんだろうと口々に言いながら近づくと、どうやら繭のようだ。
蜘蛛の卵だろうか?
そしてついに僕の視界に、あの大きな蜘蛛を捉えた。
「例の大蜘蛛です! 奥にいました!」
僕の指差す方にオリバー騎士団長は目をこらしたが認識できる距離ではないようだ。
手渡された望遠鏡を覗きこんだオリバー騎士団長は目を擦ったりパチクリしたり驚いた様子だった。




