第四十話 ハル対獣王
『やめてください!』
僕はガウルの振り下ろされる重い拳を何度も受け止め、横からくる蹴りを足の裏で難なく止める。
『くっ! この国ではこんな小さい子供がこれほどの力を持っているのか!?』
説得しても聞いてくれないし、こうなったら思いきったことを言ってみることにしよう。
ガウルが正面から殴りかかってきたのを横に流れるように避けて、そのパンチの勢いを利用して腕を引っ張ると前のめりに姿勢を崩した。この隙に距離をとり少し話す間を作った。
雰囲気を出すため、それらしいしゃべり方をする。少しでも雰囲気を出すようにしなきゃ。
『おちつけ。私は神から力を授かりし者だ。神から使命を与えられたのだ』
突然ぶっ飛んだ事を言われたガウルは動きを止めた。ガウルはすぐに飛びかかってこられるような姿勢で話を聞いていたが、とりあえず話を聞いてくれているみたいだ。
『なんのつもりだ?』
怪訝な顔で睨むガウル、うさんくさいのは承知の上だ。手を止めて話を聞いてもらえれば少しは希望が持てる。
僕がこの世界に来たのは、みんなにやさしく、大切な人を守る。
うーん。これは使命とは違うか……。では――――
『お前みたいに困っている者を助けるようにと、この地に送られてきたのだ。それ故に私は全ての言葉を話すことができるのだ』
『……ふ。神の使徒か……ふははははははは!』
大きな声で笑うガウル。しかし、これがかえって怒らせてしまうことになってしまった
『神の使徒などと名乗る愚か者め! 神を愚弄するか!』
怒鳴った後に、ものすごいスピードで一気に距離を縮めてきた。
僅かに油断していた僕は反応が遅れて避ける事ができなかったが、間一髪ガードをすることができた……が、ガウルの一撃は重く、踏ん張っていなかったため、牢の端まで殴り飛ばされた。
普通の冒険者なら簡単に死んでしまうであろう力だ。太い鉄格子に叩きつけられ一瞬息が止まり苦しむ。
そして、さらにもう一撃をいれるため咆哮をあげながら向かってきた。
『ガアアアアッ!』
もう、話し合いとか言っている場合ではない、ものすごいパワーとスピードで向かってくるガウルを、本気で迎え撃たなければ殺されてしまう。
戦いに集中した僕の身体が戦闘モードへ切り替わる。
ガウルの豪腕から本気の一撃が僕へと放たれる。その拳の軌道に合わせて僕も拳をぶつけにいく。
激しい打撃音が響き、衝撃波の波が周りに広がり鉄格子が震えた。衝撃により僕とガウルは、広い牢の端と端まで弾けとんだ。
拳と手首がジンジンと痺れているが大したことはなさそうだ。対してガウルは膝をつき顔をしかめながら手首の痛みを堪えているようだ。
『ガグゥッ! 闘気をまとっていて、この様とは!』
僕をしばらく見つめた後、怒った口調ではなく、普通に話しかけてきた。
『お前はなんともないのか?』
僕は手首をぷらぷらさせて『痺れているけど大丈夫です』と怪我はないことを伝えた。
先程までの殺気は感じられなくなっていた。ガウルは頬を吊り上げ、ニヤリと笑ったように見えた。
「お前! ガウルと話せるのか!?」
突然の上から降ってきた声に見上げた僕の目に入ったのは、ランプの灯りでこちらを照らし、僕らを見おろしている監視職員の姿だった。
僕がガウルと同じような言葉で話し合っているところを見られてしまった。
この事を報告するために振り返った監視職員に、とっさに僕は水を圧縮した魔法、『水弾』を放ち、監視職員の頭に直撃させた。
ドサリッと、倒れる音がして静かになったことから、上手く意識を奪うことができたようだ。
さて……これからどうしよう。
ガウルと話しているところを見られたと言っても内容まではわからないはずだ。「話せるわけがない」とか「仲良くなろうと真似ていただけ」と言い張れば通ると思うが……。
まずは牢から出ないと……僕の身体の細さなら少し広げれば通れそうだ。僕は普通の倍はある太さの鉄格子を握り、力を入れるが簡単には広げれないようだ。
『なにをしている? それはオレでも壊すことができなかった。やるだけ無駄だ、やめておくんだな』
いや、きっといける。いままでも無茶を実現できたのだ。
深呼吸をして集中する。いまガウルに後ろから攻撃されたらひとたまりもないだろう。しかし、油断かもしれないが……多分攻撃してこないだろうと思っている。
そして格子に力をいれる。
「やあ! ぐ…………っ!」
僅かに広がりはじめた格子をみてガウルは目が点になり、手首の痛みも忘れるくらい驚いていた。
『ば……バカな!』
その隙間に身体をねじ込み牢から出ると監視員が気絶している穴の上までジャンプした。
『ガッ!?』
ガウルが驚くのも仕方がない。
正面からの拳の激突では手首をやられ、自分では壊せなかった格子をいとも簡単に広げ、もし牢から出れても、この深い穴からは出ることができないと諦めていたのに、軽々とジャンプして上まで行ってしまったのだ。
そんな少年を見てガウルはこう思った。仲良くしていれば逃がしてもらえたかもしれない……いや、本当に少年の言うように神の使いなのかも……と。
少年は上に飛び上がりもう姿が見えない。
格子は広がっているが自分の大きな身体では通れない。通れたとしても上に登る手段がない。
しかし少年に手助けをしてもらえばここから逃げ出す事ができる。こんなチャンスはもう来ないだろう。もう少年はいないかもしれないが、ガウルは必死に助けを求めた。
『しょ! 少年よ! オレをここから出してくれ! オレを助けるために来たのだろう!? 先程は殴りかかって悪かった!』
置いていかれると思ったのか穴の下から必死に助けを求めるガウル。
しかし僕は、自分が逃げ出すために牢から出たのではない。そんなことをしたら一生逃げ続けなければならなくなる。
気絶した監視職員の周りを見渡すと掃除道具などが入っている木製の棚があった。
これを監視職員の横に倒しておいて……よし……棚が倒れてきて不運にも頭に当たって気絶した監視員のできあがり!
うん、少し無理があるけどこれで押し通そう。
再び僕は牢の中に戻り、格子を力ずくで元の形に戻した。さすがに真っ直ぐにはならなかったが目立ちにくい所なので大丈夫だろう。
格子を元に戻した僕にガウルが詰め寄ってきた。
『なぜ元に戻すのだ!? お前はオレを助けるために来たのだろう!? 今なら逃げられる!』
今逃げ出して、僕が逃亡者になってしまっては、仲間や知り合いに迷惑がかかってしまう。しかし、助けると言ってしまった以上助けなくてはならなくなってしまった。
いっそ、クロエ姫やオリバー騎士団長に、ガウルと会話できることを話すか……いやいや、どうして会話できるのか説明できない。
僕の刑期が終わって、外に出てから助けにくるしかないか。
その事をガウルに告げると、今すぐで良いじゃないかと言ってきたが、必ず助けにくるからと約束をして、渋々納得したようだ。
しかし、正面からぶつかり合ってからライアンが話を聞いてくれるようになったのは助かる。
男は拳で語り合うとはこの事か……。
ガウルとの会話は極力控え、大人しく寝ることにした。
それから数時間後、穴の上を朝日が照らしはじめ、監視の交代時間なのか誰かが建物に入ってくる音がした。




