第三十八話 穴の底の獣
マグロ監理官の言う『あそこ』に連行していくため、数人の監視職員達が僕を囲んだ。無駄な争いや、乱暴をされたくないため、両手をあげて抵抗の意思がないことを表した。
一応手枷と足枷をつけさせられた僕は、沢山の職員に囲まれながら『あそこ』に向けて歩きだす。
「ハル! 刑期が終わったら会いに来いよ!」
僕に良くしてくれた御者さんが手を振って別れの挨拶をしてくれた御者さんだが、僕と一緒に歩いているマグロ監理官に睨まれてしまい身体を震わせていた。
僕は歩きながら繋がれた両手を上にあげて、ヒラヒラさせ挨拶を返しておいた。
しかし……。今更だけど、御者さんの名前知らないや。
鉱山作業エリアから少し歩き、建物の並ぶ所へ連れてこられ、その中の一つの建物の中に入っていく。
どうやらこの建物は牢屋のようだが、あそことは牢屋の事をなのだろうか?
「ここは労働者達の寝床だ。本来お前も労働時間以外はこの牢で寝るはずだったんだが、どうやらお前は普通ではダメらしいからな、特別製の牢に入れてやる」
不機嫌そうなマグロ監理官。
さらに奥に進み扉を開けると外に出た。どうやらこの建物は説明のためか見せただけみたいだ。そしてすぐ目の前に一回り大きな扉がある。
そこを開けて中に入ると、腰くらいまでの高さの柵があるだけでその向こうには何もなかった。
……いや、近づいてみると柵の向こう側は大きな穴が空いていた。
上から穴を覗きこむと高さは三階くらいだろうか、そして下には頑丈そうな牢があった。
鉄格子の太さが僕の腕くらいあり、さすがに僕でも曲げたり出来ないかもしれない。勿論、曲げるつもりはないがそれくらい太いということだ。
どうやら僕はこの牢に入れられるみたいだ。
それにガウルが入っているとか……ガウルとは一体……。
あっ? なにかいる。
その巨体はあぐらをかいて大人しく座っている。
大きさ的に獣人の中でも大柄なラグドールさんよりも一回り大きそうである。わずかに見える上半身には獣の毛のようにも見える。
「あれは……人のような……ライオンか虎……ですか?」
僕が口にした一言に、驚いた顔をしたマグロ監理官と監視職員達。
マグロ監理官や他の職員も覗きこむが、夜のためこの建物内が真っ暗で下まで見えないようだ。僕は神様のギフトのおかげで遠くや暗闇でも人より見えるのだ。
職員が手にもっていたランプで下を照すとその正体がハッキリした。
獣人は人間に耳と尻尾を付けただけのコスプレみたいな格好だが、ガウルの見た目は、大きな獣がズボンを履き、あぐらをかいて座っているのだ。
ランプの灯りでこちらの存在に気がついたガウルは、眩しそうにこちらを見上げた。
『ガゥグルル』
威嚇しているのか低く唸っている。
「おいガキんちょ。下にいるデカイ奴がガウルだ。しばらくあいつと一緒の牢に入ってもらう。万が一いや……さすがにこの牢を壊せるはずねえが、万が一お前が牢を壊せたとしても上に登る手段がないからな。
ま、ガウルに殺されないように大人しくしているこったな」
……殺されるようなことされるのか。
二人の職員が担いでいた大きなカバンから縄と木で作られた梯子を出し、杭に引っかけ下に降ろした。
僕は下に降りていき、穴の底にある牢の入り口に着くと、ランプの明かりで緑色の眼がギラリと光ったガウルと目が合った。
職員が牢の鍵を開けると同時に、僕は職員に後ろから背中を蹴られ、牢の中に前のめりで倒れこむ。すぐに鍵をかけた職員達は、逃げるようにまた上へと登っていった。
職員が登りきると上からマグロ監理官の声が聞こえた。
「王都のお偉いさんには、お前やガウルみたいな変わり者が好きな奴がいるんでな。労働をしない変わりになにかしらの実験に協力してもらうかもしれないから大人しくしていろ」
そう言ってこの建物から出ていった職員とマグロ監理官。
残された僕とガウルの間に沈黙が続くが、沈黙を破ったのは僕だった。
グゥゥゥ
お昼ご飯と晩御飯を食べていない僕のお腹から大きな音が鳴った。
穴の中ということもあり反響も大きく、しかも鉱山の作業区域から少し離れているためとても静かだ。
『ガゥゥ……』
ガウルが唸っているが、怒っているという感じではなさそうだ。
マグロ監理官の話では狂暴そうなイメージだったが、こちらになにかしてくる気配はなさそうだ。
そう思っていた矢先に、のそっと巨体を動かしこちらに近づいてくる。
建物に入る月明かりや、建物の外にある備え付けのランプの明かりが僅かに入るだけのため穴の下にある牢は真っ暗だが、僕の眼ならうっすらみえる。
僕の前で止まると手を前に出してきた。僕は身構えたが、どうやらその心配はなかったみたいだ。
ガウルの差し出した手の平にはパンがのっていた。
多分このパンを分けてくれようとしているのだろう。ガウルが僕に何を伝えたいのだろう? と、耳を傾けていると不思議な事が起こった。
『ガルウゥ、ガべかけだがたべるといい』
ただのうめき声にしか聞こえなかった言葉が、自分にもなんとなく理解できるようになってきたのだ。
ガウルが僕の言葉に合わせてくれているわけではないだろうし……。神様からのギフトには言語理解力というか変換能力と言うべきか、この世界へ来たときに孤児院での会話は今にして思えば普通ではないのか。
だって僕の元の器はすべてが記憶も空っぽで魂も壊れていたといっていた。そんな器が会話能力を残していたとは思えない。
だとするとギフトの恩恵だと思うのが自然だろう。
僕はパンを受け取って頭を下げた。
僕の言葉はどうしたら通じるだろうか? 念話とか……。
ん………………むむむ…………ダメかああ!
僕はガウルの前に立ち、正面から気持ちを込めてお礼を言うことにした。
伝えたい伝えたい伝えたい伝えたい!
『ありがとう』
おおおおおっ! 言えたけど気持ち悪っ! いままで通り「ありがとう」って言ったのに、口から出た声はガウルの語源だった。
ガウルは僕の肩にガシッと掴みかかってきた。




