第十七話 ヨハン刀術道場
再びヨハン刀術道場に向けて歩き出した僕達。
あれ? いまさらだが、なんでクロエ姫も一緒なのに馬車じゃないんだろう?
「こうやって街のみんなに顔を見せる機会を作れば私を覚えてもらえますわ。それにおもしろそうなお店とか、もぎゅもご……」
なんだか最後の方、言葉がどもっていたけど……。
たしかにパン屋のおばちゃんもクロエ姫を見て姫様って認識できていたし、知名度は高そうだ。しかし、それはそれで危なさそうだ。実際野盗にも襲われていたし、もう少し自粛したほうがいいのでは……。
オリバー騎士団長がそっと耳打ちをしてきた。
「少しお腹が出てきたからダイエットのためにあるいいたたたたたたた!」
オリバー騎士団長のお尻を、ギリギリと強くつねるクロエ姫は素敵な作り笑顔で青筋を立てていた。
第一王女、つまりクロエ姫のお姉さんは社交会やダンス、芸術、などに参加しているようだ。
やっぱり姫様ってそうですよね。
このアルステム国の跡継ぎ問題で少し揺れているらしい。
現在の国王候補の、第一王女のアルステム・カレン・グレームが引き継ぐと、建国以来初の女性国王となるわけだが、そのカレン第一王女と結婚した男性に王位を譲るか問題になっている。
しかし、跡継ぎなんてのはまだまだ先の話で、今の国王が亡くなる頃には第一王女のカレンとどこかの国の第二王子を婿に迎え子供もいるだろう。
第二王女のクロエ姫はそんな王位だの跡継ぎ問題など関係ないので比較的自由にしているみたいだ。勿論例外はある。第一王女が亡くなったりしたら王位継承が第二王女のクロエ姫になるわけだ。
「オリバーからまだ一本とれないのよ」
そういって剣を持っているかのようなしぐさから突きをする動作をする。
オリバー騎士団長から一本とったら三剣の仲間入りできますよ。やはりクロエ姫の頭の中には王位とか無さそうだ。
「クロエ姫はいつから剣術を習っているんですか?」
「いつからだったかしら。小さい頃からですわ」
なんとも曖昧な答えのクロエ姫に代わり、オリバー騎士団長が答えてくれた。
「八歳くらいからですね。最初は貴族の坊っちゃんと遊んでいた程度の事だったんですが、負けず嫌いのクロエ姫はそれから鍛練に励みまして……。
国王は止めませんでしたし、クロエ姫はいつも私に教えてもらうってひっついてきましたからね。なので仕事の合間に見てあげていたのです」
そんなに前からやっていたのか、もしかして結構強いんじゃ……。というか、貴族の坊っちゃん、王女相手に木刀振り回して大丈夫なのか……。
ようやく目的地の場所に着いた。城から乗り合いの馬車と徒歩で四十分程度の距離なのに長く感じた。
ここがヨハン刀術道場ですか……。
――――でかい! 思ったり広い敷地でビックリだ。
大きな門をくぐると、道場まで続く白の石畳。左右に見える大きな庭は綺麗に造園されており大きな石や岩、池や橋などもあり日本を思い出させる風景だ。
オリバー騎士団長が道場の横にも連れていってくれた。
そこはなぜか整備されていないようだ。草が腰辺りまで生えているところもある。
王都の外で戦うときの様々なシチュエーションに対応出来るように、整備されていない庭で訓練したりもするそうだ。
たしかに道場みたいな綺麗な所ばかりが戦いじゃないのがこの世界か。
再び僕らは道場正面に戻ってきた。
オリバー騎士団長とクロエ姫は、「ヨハンに挨拶してくる」といって、ラグドールからの手紙を持って中に入っていった。
僕とソマリは道場入り口で待っててくれということなので、待つことになったのだが……、僕は一つに気になることがある。
モモを木刀で殴りつけた若者がヨハン門下生で間違いないからだ。同じ服を着た人が沢山いる。
その門下生に見つかる前に用事を済ませたいところだ。
「お、おまえは!」
――――ああああ、見つかってしまった!
「おい! 俺の木刀を持ってこい! こいつを逃がすな! 囲め!」
そういうと六人の門下生が僕とソマリを囲んで逃がさないようにした。
どうやらこの若者がこのグループのリーダー格みたいだ。
「こいつは屋根まで跳び上がるぞ! 逃がすなよ!」
屋根まで跳ぶ相手を逃がすなって言うもんだから、他の門下生が困っている様子だ。
「まだ十歳くらいの少女を木刀でボコボコにしたのはあなたですね!」
ソマリがリーダーに向けて指を指してそう言うと、門下生達は一斉にリーダーを白い目で見る。
「お、おまえ! 誤解を招く言い方するんじゃねぇ!」
門下生達に見られて慌てるリーダー。
「俺はただ捕まえた泥棒が、逃げ出したり反撃してこないように少し痛めつけただけだ! そもそもボコボコにする前に、そこのガキが横取りしたんじゃねーか! 報酬金とギルドポイント横取りしやがって!」
どうやら泥棒を捕まえると金一封とギルドポイントがもらえるようだ。
「僕はそんなもの貰うつもりで彼女を連れ去ったわけではないが結果的に横取りした形になってしまったかもしれませんが、彼女はパン屋に謝りにいって許してもらったので、もう泥棒ではありませんよ」
「俺が貰うはずだった、報酬金とギルドポイントの落とし前はつけてもらうぜ」
「攻撃されれば反撃しますよ?」
「この人数相手に大した自信だな? 少しくらい魔法が使えたって変わらないぜ?」
ソマリは怪我もしているし、離れておいてもらおう。
「……わかりました。ではこの女性は関係ないので離れさせてもらいます」
「ハル様!」
「僕一人で大丈夫です。ソマリさんは離れてくださいね」
「ハル様のカッコいい姿を目に焼き付けておきます!」
ん……。心配とは少し違うようだ……。
僕がソマリから離れていくとそれに合わせて門下生達も囲みを崩さないようについてくる。
「お……おい、本当にこんな女みたいな子供をみんなでやるのか?」
一部の門下生は戸惑っているようだ。
周りの離れた所では他の門下生達が見物している。
「ばかやろう油断するな! こいつは魔法を使うぞ! 俺の一撃を素手で受け止めて、木刀を握りつぶして、女を抱きながら屋根に跳び上がったんだぞ!」
それ全部魔法じゃないけど……。
「やれっ!」
リーダーの一言で門下生の一人が戸惑いながらも木刀で殴りかかってきた。
「ヨハンいるか? 私だ、オリバーだ」
「おう、入ってくれ」
「んっ、お……ん?」
ガタガタと扉を押すオリバー騎士団長だが、扉は開く気配がない。
「オリバーこの扉は横に引くのよ……」
「あぁ、そうだったな……」
引き戸を押して開けようとするオリバー騎士団長は、クロエ姫に注意をされ恥ずかしそうに中に入っていく。
「いつまでたっても進歩ねえなぁ」
上から下まで黒生地に、赤色と白色の花びらが舞う模様のある着物みたいな服を着るヨハン。
肩下まである真っ赤な長い髪を後ろで一つに結び、顎髭を僅かに生やしている。
「相変わらず派手な服を着てるな……」
「そうかぁ? 黒で地味だと思うが?」
「男が花びら模様の服を着ているからな」
「このセンスがわからないかねぇ……」
ヨハンはオリバー騎士団長に自分の服装のセンスが理解してもらえなくてガッカリしている。
「で? 何しに来たんだぁ? 俺のセンスに文句いいに来たわけじゃないだろ?」
「そうだった……。ラグドールから手紙だ」
懐から手紙を取り出すと、ヨハンもラグドールからの手紙が嬉しいのか、早く手紙をよこせと急かしている。
「道場の入り口に、ラグドールの娘と、もう一人お気に入りを待たせてるぞ」
「なにぃ? ここに連れてくればよかったのに……」
そう言うヨハンは立ち上がり、オリバー騎士団長とクロエ姫と一緒に入り口に向かっていった。
「初めての訪問者を、勝手にヨハンの自室まで連れてきていいものか迷いましたわ」
「まぁ……そうか……。しかし、ラグドールの野郎全く連絡よこさねえから死んだのかと思ったぜぇ」
「はっは! アイツが死ぬような奴かよ!」
オリバー騎士団長とヨハンが、懐かしそうにラグドールの事を話している姿を、クロエ姫は黙って微笑んでいた。