第3話 地獄の門をくぐる
ドォンッ――!!
純白の魔力を圧縮した砲弾が、分厚い隔壁の中心を撃ち抜いた。
何重もの鉛と対魔合金で塗り固められていた巨大な防爆扉が、甲高い金属の悲鳴を上げて内側へと大きくひしゃげる。
ひび割れた扉の隙間から、地下の淀んだ闇を切り裂くようにして、目も眩むほど鮮やかな白金の光が雪崩れ込んだ。
次の瞬間には、眩い光粒を纏った白銀の騎士槍が煙を突き破り、扉の裏側を支えていた極太のロックボルトを根元から弾き飛ばしていた。
ゴォォン、と地響きを立てて、鋼鉄の大扉が内側へと倒れ込む。
舞い上がる埃と白煙のなかへ、純白と淡い金を基調とした戦闘衣を翻し、5人の少女たちが風のように飛び込んできた。
「突入完了! 結衣、真琴、左右の射線を塞いで! ルルは防護結界を維持、綾は周囲の索敵を!」
凛とした声が、薄暗い換気シャフトの底に響き渡る。
先頭に立つ黒髪の少女――対魔特務機関・魔法少女協会が誇る特A級討伐部隊『白百合の聖槍』の隊長、神代凛華が、手にした白銀の長槍を軽く一閃させた。
穂先から放たれた清らかな風の魔力が、通路に立ち込めていた煙と砂埃を一気に吹き払う。
「けほっ、けほっ……もう、なんなのよこの扉! 『冥府の揺り籠』の連中、どんだけ分厚い鉄板を重ねてるわけ?」
左翼を固めていた双子の姉、天城結衣が、青い魔力を帯びた双剣をくるりと回しながら唇を尖らせた。
「これだけ派手に音を立ててぶち破ったんだから、今ごろ扉の向こうは機関銃と改造人間の大歓迎パーティーだと思ってたのにさ」
「気を抜かないで、お姉ちゃん」
右翼に構える双子の妹、天城真琴が、低く腰を落としたまま油断なく前方の闇を睨みつけた。
「ここはあいつらが長年隠れ蓑にしてきた第7研究所だよ。どれだけ扉が頑丈だったとしても、私たちの突入に気づいていないはずがない。……なのに、どうしてこんなに静かなの?」
真琴の言う通りだった。
換気シャフトから研究所の中枢へと続く長い鋼鉄の回廊には、耳が痛くなるほどの静寂が澱んでいた。
侵入者を知らせるけたたましい警報もなければ、迎え撃つ戦闘員たちの足音もしない。それどころか、こうした地下施設なら絶えず響いているはずの空調の低い唸りや、魔力炉の駆動音すら完全に途絶えていた。
天井の照明はすべて落ちており、壁際に据え付けられた薄暗い緑色の非常灯だけが、ぽつり、ぽつりと暗い通路を照らし出している。
「……確かに、異常ね」
神代凛華は聖槍を構え直し、白いリボンで高く束ねた黒髪を揺らした。
端正な顔立ちに宿るのは、名門・神代家の血を引く者としての誇りと、すこしばかりの焦燥感だった。
彼女の姉は、魔法少女協会の頂点に君臨するS級『クラウン』のひとり、『断罪の蒼炎』こと神代刹那である。幼いころから「刹那様の妹」と呼ばれ続け、どれほど過酷な任務をこなしても姉の背中に比べられてきた凛華にとって、今回の第7研究所強襲作戦は、自分の力を協会の上層部に証明するための絶好の機会だった。
事前の諜報によれば、この地下研究所では高位の魔法少女を抹殺するための「禁忌の決戦兵器」が極秘裏に開発されているという。
姉の刹那が遠方の魔人災害の鎮圧に出向いている今、自分たち『白百合の聖槍』の手でこの拠点を制圧し、その秘密兵器を破壊してみせる。そう意気込んで乗り込んできたはずなのに、入り口を突破した瞬間から、まるで拍子抜けするほどの手応えのなさだった。
「綾、魔力探知の反応はどうなってるの? 敵の主力は奥の区画で待ち伏せしているのかしら」
凛華が振り返らずに尋ねると、隊の中央に立つ副隊長の早乙女綾が、難しい顔をして左目の単眼ゴーグルに指を当てた。
知的なショートヘアの彼女は、いつもなら即座に的確な分析を返すはずなのに、このときばかりは何度もゴーグルのレンズを叩いて首をかしげていた。
「……おかしいわね、凛華。さっきから探知術式の感度を最大にして通路の奥まで走らせているんだけど……生体魔力の反応が、ひとつも返ってこないの」
「ひとつもって……どういうことですかぁ?」
最後尾で分厚い魔導書を胸に抱えていた小柄な少女、久遠寺ルルが、心細そうに声を震わせた。
「まさか、私たちが突入する前に、裏口から全員逃げちゃったとか……?」
「それはないわ。地上の脱出口はすべて協会の封鎖班が結界で塞いでいるもの。ネズミ1匹だって外には出られないはずよ」
早乙女綾はゴーグルのフレームから手を下ろし、前方の緩やかな曲がり角を顎で示した。
「それに、逃げたんじゃない。……ほら、あそこを見て」
凛華は息を詰め、左手で小さく前進の合図を出した。
5人は背中を預け合うような陣形を保ったまま、金属の床に足音を響かせないよう慎重に角を曲がった。
そして、その先に広がるメイン通路の光景を目にした瞬間――全員の足が、同時に止まった。
「……っ!? な、なにこれ……っ」
久遠寺ルルが両手で口元を覆い、青い顔をして綾の背中に隠れた。
無理もない。幾度となく凶悪な魔人の巣窟を掃討してきた凛華や天城姉妹でさえ、目の前に広がる異様な光景には背筋が粟立つのを止められなかった。
薄暗い非常灯に照らし出された通路の床を、数え切れないほどの人間が埋め尽くしていた。
黒い防弾ベストを着た警備兵。白い白衣を羽織った研究員。さらには、全身を分厚い黒鉄の装甲で覆った大柄な魔導強化兵たち。
その全員が、通路のあちこちで折り重なるようにして倒れていた。
ある者は出口へ向かって手を伸ばしたままうつ伏せに倒れ、ある者は閉まりかけた隔壁に背中を預けてへたり込み、またある者は武器を構えたままの姿勢で床に転がっている。
だが、何よりも5人の少女たちを戦慄させたのは、その現場があまりにも「綺麗すぎた」ことだ。
これほど大勢の武装兵が全滅するような激しい戦闘があったなら、壁は銃弾や魔法の爆風で抉れ、床は夥しい血の海になっていなければならない。
それなのに、通路には血の匂いひとつしなかった。壁に焦げ跡もなく、倒れている人間たちの服には切り裂かれた痕すら見当たらない。
「結衣。足元の強化兵を調べて」
凛華がどうにか声を絞り出すと、天城結衣は生唾を飲み込み、すぐ近くに転がっていた大柄な魔導強化兵に歩み寄った。
そして、手にした双剣の鞘の先で、強化兵の肩の装甲を、こつん、と軽く突いた。
ぱきり……ざぁぁっ。
乾いた音がしたかと思うと、中位の魔法少女の攻撃すら弾き返すはずの頑丈な複合装甲が、まるで何百年も砂漠に放置されていた土器のように、鞘が触れた場所から灰色の粉になって呆気なく崩れ落ちたのだ。
「ひゃあっ!?」
結衣は悲鳴を上げて飛び退き、妹の真琴の背中にぶつかった。
「な、なによこれ!? ちょっっと突っついただけなのに、装甲が砂になっちゃったわよ!?」
副隊長の早乙女綾が素早く前に出て、近くに倒れていた白衣の研究員の傍らにしゃがみ込んだ。対魔グローブを着けた指先で首筋に触れ、開いたままの瞼をそっと覗き込む。
やがて立ち上がった綾の横顔は、いつになく強張っていた。
「……死んでるわ。ここに倒れている全員、例外なく即死よ。まだ体温が少し残っているから、死んでからそれほど時間は経っていないはず」
「即死って……いったいどうやって?」
真琴が周囲の死体を見回しながら声を潜める。
「毒ガスにしては苦しんで吐いた跡がないし、魔力の暴発にしては部屋が壊れてなさすぎるよ」
「わからないわ」
綾はかすかに首を振った。
「外傷もなければ、内臓が破壊された形跡もないの。強いて言うなら……何かの拍子に、体の中の『生きている』という機能と、装備の魔力回路だけを、ろうそくの火を吹き消すみたいに一瞬で奪い取られたような……そんな死に方よ」
その言葉に、冷たい沈黙が落ちた。
ろうそくの火を吹き消すように、研究所の人間をまとめて殺す。そんな芸当ができる魔法や兵器に、誰も心当たりがなかった。
「……仲間割れ、かしら」
凛華が静かに口を開いた。
そう考えるのが、いちばん筋が通っていた。
悪の秘密結社が、自分たちの手に余る力を扱おうとして自滅する。よくある話だ。
「どちらにせよ、敵の戦力はすでに壊滅しています。私たちがやるべきことは変わりません――最深部の実験区画へ進み、気を引き締めていくわよ!」
「「「了解!」」」
凛華の言葉に、隊員たちの顔に生気が戻った。
5人は足元に転がる無数の骸と、灰になった武器の残骸をまたぎながら、研究所の最深部を目指して足を進めた。
進めば進むほど、死の気配は濃くなっていった。




