俺とあいつの新婚初夜。
俊は有名な広告代理店で、なんちゃらマネージャーの役職をもらって、バリバリ働いている。
メインの仕事は柊夜が持ち前のキレ者スキルを発動してテキパキとこなし、複雑な人間関係は倫子さんが鮮やかに立ち回り、部下の育成は権蔵さん、若い女性を相手にするときは茉優ちゃんがジェントルな気配りを惜しみなく発揮する。そして上司の相手は腰が低い俊の担当。
若干、俊が可哀想な気もするが、割り切ってそれぞれの特性を生かしているらしい。
その結果、しがない町工場の二代目として偉そうな役員名だけはついているが、大した報酬ももらえない俺に比べて、俊は遥かに高給取りだった。
そのこともあって、俺が実家を出て、俊のマンションに転がり込むことになった。
さすがに黙っているわけにもいかず、俊との結婚の報告をすると、両親は満面に祝福の笑みを浮かべて言った。
「出てけ、今すぐ!」
シゴデキ嫁を貰って工場を支えてもらうという両親のささやかな夢を、俺は踏みにじってしまった。男と結婚するという俺の選択を、両親は否定こそしなかったが、受け入れてもくれなかった。
そりゃあ、まあ、そうだろうな。拒否されなかっただけ良かったと思うしかない。
家は追い出されても、職場からは追い出されていないので、これからも毎日顔を合わせることになる。これが中々つらそうな気もするんだが。
気を確かに持てよ、俺!
夏季休業を利用して荷物を運び、俊のマンションに移った。
大量の本と、大量のゲームソフトと、大量のブルーレイと、大量のフィギュアはさすがに運びきれないので、全部実家の自分の部屋に置いていく。保管料として月一万円払う約束で。なんとも世知辛いが、親にとってはゴミでしかないので仕方ない。廃棄されないだけマシだ。
俊のマンションは1LDK。一部屋しかないので、俺の荷物はリビングの片隅にスペースを作って置かせてもらう。貴重な一部屋は寝室だし、俊のオタグッズで埋まっている。
「そのうち、もうちょっと広い部屋に移ろう」
と俊は言った。
家賃は俊が担当。水道光熱費と食費は俺が担当。ただし外食は折半。光回線は二本繋いで支払いは各自。ちょっともったいない気もするが、マンションに入っている光回線が脆弱で(当社比)、ふたり同時に使うとどちらかが落ちてしまうから、これだけは譲れない。
家事も折半。でも、残業が多い俊より、近頃はめっきり残業が減った俺が、結果的に家事を多くこなすことになるだろう。円安と金利上昇の影響をもろに受けて、しがない町工場は今やかろうじて息をしている状態だった。もしかすると、うちの親は、俺が収入の安定した男に嫁いで安心しているのかもしれない。
いや、嫁いでいない。俺は嫁じゃないゾ。このままなし崩し的に〈ポジション嫁〉になりそうな感じはするけれど。
親がふたりとも家業で忙しかったこともあり、俺は子供のころから家事をやる羽目になっていたから、決して好きではないが、ひと通りはこなせる。俺の家事負担は確かに多くなるだろうけれど、まあ、それで家庭が上手く回るなら問題はない。こう見えて俺はイイ嫁になれる気がしてる。いや、嫁じゃないけれど。
実は、料理はなぜか権蔵さんが一番うまい。包丁さばきはまるで板前。だから調理は権蔵さんがメインで担当することになりそうだ。適材適所。多重人格便利。
俊の中の人たちが、いったいどういう経緯でああいう人達になってしまったのかとても気になるところではある。一度俊に聞いたことがあるが、自分でもわからないらしい。
俺が引っ越してきたその日の夜、ちょっと風変わりな友人たちの立ち合いのもと、婚姻届に署名をし、その場でささやかな飲み会をして、それを結婚式とすることにした。
そのまま一晩中飲み会が続くんじゃないかという勢いだったのだが、九時を過ぎたころ、立会人になってくれた英茶々さんが、「さ〜てと」と言って伸びをすると、もう一人の立会人、矢作璃々子、またの名をBL漫画家つくり・りりす先生に目くばせをした。
「はい、それでは!」
と、ふたりは立ち上がった。
ニヤニヤ、フニャフニャした顔で俺たちを見下ろしている。
「じゃあねぇ〜 あたしたちおいとまするから、嬉し恥ずかし新婚初夜を楽しんでねぇ〜 ドュフフフフ……」
初夜……。
俺は思わず俊を見る。
俊は耳まで真っ赤にして俯いた。
ちょっ、よ、よせやい! こっちも恥ずかしくなってくるだろう?
熱い。急に室温が十度ぐらい上がったか? エアコンはガンガンに効いているはずなのに。
「首尾は、後日教えてねぇ〜」
嬉しそうに矢作が言う。なぜ、教える必要がある? あ。こいつ漫画のネタにする気か!
「教えねぇよ!」
俺が顔を顰めて言うと、「んー、キミはきっと、あたしに教えを乞いにくるであろ〜!」と、指をひらひらさせながら言う。ズルズル長い黒服とあいまって、魔女にしか見えない。
ドュフ、ドュフフフと不気味な笑い声をたてるふたりの腐魔女を玄関まで送り、扉の外に追い出す。
「じゃあね〜 がんばれ〜」という元気いっぱいの声を、扉を閉めることで遮った。
途端に、静寂に包まれる。
初夜……。
あらやだ。俺、今夜俊に抱かれちゃうの?
いや結婚したんだから、そーゆーことなんだよな。
わかってる。わかってる。俺だって子供じゃない。
子供じゃないけれど、男同士ってどうやるの?
俺は何にも知らなかった。
結婚は、女の子とするものだと思っていたからなぁ。
とはいえ、女の子とだってどうやるのか、おぼろにはわかっているが、本当のところはまるで知らない。気持ちが盛り上がれば、知らず知らずにできるものだと、単純に信じていた。
もしかして、そんなに簡単なものじゃなかったりする?
ボクちゃん、何にもわからない。タスケテ……。
その時、はっと天啓のように閃いた。
――愛はひとりで悶えるものではなく、ふたりで育むものではないか!
そう、こういうことは、きっと俊のほうが詳しいはずだ。
愛する彼ピッピに、すべて委ねればいい。
思考を放棄したとたん気持ちが軽くなり、俺はルンルンしながらリビングに戻った。
リビングには、俊がさっきと同じポーズのまま、真っ赤になって俯いていた。
俺は、俊の真正面に正座して、彼の手を取った。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
頭を下げて言う。
顔を上げると、俊は上気した顔で俺を見ていた。
くっ! なんだよ、こいつ、本当に色っぽい。まつ毛なんでそんなに長いの! 瞳なんでそんなにうるうるなの! 唇なんでそんなにつやっつやなの!
胸の真ん中に熱い塊が生まれ育って、我慢ができない。
「俺は、どうすればいいのか何もわからないから、教えてくれないか……」
震える声で伝える。
俊は、貴族の令嬢みたいな困ったわのポーズをした。
「俺も知らないんだよ」
「何で⁉ 経験豊富そうなのに⁉」
「経験なんてあるはずないだろ? 俺、お前ひとすじだから。お前のせいで目覚めちゃったんだからな。そうだよ。全部お前のせいなんだよ。責任とれよ」
え? まって! ほっぺを膨らませて拗ねたように言うその顔も、かわい過ぎる! やべぇ。心臓千切れそう。
「まって。つまり、結婚はしたものの、このあとどうすれば良いか、ふたりともまったく知識がないと?」
俊は頷いた。
「じゃあ、まずは調べるところからか……」
ふいに矢作の言葉が蘇った。
――キミはきっと、あたしに教えを乞いにくるであろ~!
確かに、あいつの方が俺たちよりも詳しそうだな。
そう思うのと同時に、矢作が置いていった、つくり・りりす先生の単行本が目に入った。
「確か、これで勉強しろとか言って置いていったな?」
「うん。言っていた気がする」
ふたりで矢作の描いたBL漫画を読み始める。
矢作の漫画は面白い。エロエロBLではあるけれど、登場人物の心理描写が繊細で、秀逸で、引き込まれる。
二時間ほど読みふけって、ふたり同時に顔を上げた。
「あ~ こんな時間かぁ。風呂入って寝るかぁ」
友達の家にお泊まりに来た友人風に言う。漫画を読んでる間にすっかりそんな気分になっていた。読んでいたのは少年ジャンプじゃなくてエロエロBLだし、一緒にいるのは友人ではなく夫だというのに。
「ん、そうだね。先に入っていいよ」
俊もすっかり友人モードなトーンで言う。
お言葉に甘えて、俺は先にお風呂をいただいた。
交代で俊が風呂に入ったので、俺は寝室のベッドで待つことにした。
パンツだけは一応はいているよ。すっぽんぽんはさすがに恥ずかしいもん。
ベッドはセミダブルだ。男ふたりが寝るにはちょっと狭い。しかし、寝室に入るのがそのサイズまでだった。
この部屋の中で一番場所を取っているのは、各種コレクション。俺が実家に置いてきたものと同じように、本とゲームソフトとブルーレイにフィギュア。
二番目は俊の水冷式ミドルタワーのゲーミングパソコンと、32インチの4Kモニター三台を置いた、でっかいパソコンデスクとゲーミングチェアの一式。
ベッドはその隙間に置かれている。優先順位的には、まあ、仕方ないよな。
ベッドの上で俊を待ちながら、さきほど学習したりりす先生の漫画を頭の中で反芻する。
にしても、リリス先生の漫画エロ過ぎじゃないですか?
脳内妄想で、色々盛り上がってきたところで、部屋の扉が開いて俊が入ってきた。ん? 俊だよな。うん。俊だ、これは。
濡れた髪を拭き拭き部屋に入ってくる姿が、やっぱり超絶色っぽい。
俺は同性愛者じゃない。間違いなくストレートなんだ。バイでもない。そう確信しているのは、俺は今まで女しか性的対象として見たことがなかったし、俊以外の男には何も感じたことがなかったからだ。
俊は……なんだろう? 特別な存在としか言いようがない。
男を愛したのではなく、たまたま愛してしまった相手が男だっただけ。そう、そういう感じ。
性別や外見で好きになったわけじゃないと言い切れる。
言い切れるのだけれど、顔はめっちゃ好みで、鼻筋や頬のラインが好ましく、あの瞳で見つめられ、あの唇で微笑まれると、心のタガが外れる。身も心もとろけてしまう。
「着痩せするタイプ?」
俊が――いや、これは茉優だな――が言った。
「腹筋すごい」
「体力勝負の仕事だからね。それに、ジムで鍛えてる」
力こぶを作って見せると、茉優は指先でつんつんとつついて、クスクスと笑った。
「素敵……」
うっとりとした目で言い、指先で俺の筋肉をなぞる。指が手のひらに代わり、腕から胸へと移動してきた。
「くぅ!」
敏感な部分を撫でられ、思わず声が漏れる。
俺は、茉優の腕を掴んで引き寄せると、ベッドに押し倒した。
首筋に唇を這わせ、そこで、俊が風呂から出てきたら訊こうと思っていたことを思い出した。
「なあ、あの漫画の体位を頭の中で想像してみたんだが、あの体勢であんなことするの無理じゃね?」
茉優は噴き出した。
「お前知らないのか? 俺たちに、やおい穴は無いんだよ」
あ。これ茉優じゃない。柊夜だ。
「なんだよ、やおい穴って」
「ググレカス」
すでに廃れたいにしえの言葉を使って煽ってきたのは、権蔵さんだな。
枕の横に置いてあった俺のスマホを放って寄越したので、検索窓に〈やおい穴〉と入れてタップ。
出てきた結果を読む。
ふむふむなるほど……。
「……って、BL漫画って参考にならねぇの?」
「なるものもあるかもしれないけれど、少なくともリリス先生の作品は参考書じゃねぇなぁ」
「もしかして、俊は知らないって言っていたけれど、権蔵さんは知ってたりするの?」
権蔵さんはニヤリと笑った。
「俺は子供じゃねぇからな」
「もしかして、経験があったりするのか?」
途端に真っ赤になった。
あ。無いのか。権蔵さんが無いなら、他の人格も俊に隠れてこっそりなんてことはないはずだ。なぜかすごく安心した。
「とにかく、そう簡単に、今すぐにヤれるものでもないらしい……ぞ?」
照れながら権蔵さんが言う。
「そうなんだ。じゃあ、できるところまででいいから、権蔵さんが教えてくれよ」
「お、おう……」
権蔵さんの、ちょっと頼りない返事を聞きながら、俺はベッドに横になった。
ここは年長者に教わるのが一番だろう。経験はなくても知識だけはあるみたいだし。
権蔵さんが、俺の上に覆いかぶさる。
「せっかくご指名いただいたけどよ。お初はやっぱり俊坊だ。俺たちの暗黙のルールだ。やり方なんてわからなくても、なんとかなるさ。そういうもんだ」
そう言い残して権蔵さんは消えた。
俊が戻ってきて、俺を見つめる。
俺が好きな瞳が、俺を見つめる。
俺を好きな瞳が、俺だけを見つめる。
俊の手が俺の腕をなぞり、俊の唇が俺の唇をついばむ。
頬に鼻に瞼に首筋に、キスの雨が降り注ぐ。
俺は、俊の首に両腕を回して抱きしめると、彼の愛を、心と躰と、命のすべてで受け止めた。




