BL展開まで、あと10年と半年。
高校時代。
気付かなかった。
正直、まったく気付いていなかった。
でも、思い返してみれば、それっぽい反応はあったんだ。
それこそ「後から思い返してみれば」だ。
当時の俺は、まったくこれっぽっちも、本当に、ほんのわずかなカケラさえも気付いていなかった。
あれは、たぶん、高校三年の夏休み前だったと思う。
俺と大沢は同じクラスで、よくつるんでいた。
席が前と後ろだったので、休み時間には俺が椅子の背を跨ぐように座って、大沢としゃべくってることが多かった。
で、男同士なんて、互いにちょっかい出しては突っつき合ったりするじゃんか。高校生になっても、幼稚園児のころと同じように。
あの日は、散髪をサボって鬱陶しくなっている大沢の髪が気になって、「いい加減切れよ」って言って、あいつの髪の毛に俺が指を突っ込んで、ガサーって感じでかきあげたんだ。
やめろよーって言って、大沢が俺の手を掴んだ。
俺が調子に乗って離さなかったのが悪かったんだけれど、嫌がるのが面白くて、俺はあいつの頭を撫でまわした。
俺はいつものおふざけのつもりで遊んでいたんだが、どうやらあいつは本気で嫌だったらしい。
大沢は真っ赤な顔して怒ると、俺の腕を掴んで、チュッと親指の付け根あたりにキスしやがった。
俺はギャーって叫んで手を離したよ、もちろん。
大沢のキッスはこうかばつぐん。してやったりっていう顔をしてるんじゃないかと思って見れば、あいつ、なんだかちょっと辛そうな顔をしていたんだ。そこでようやく、俺はやりすぎてた事に気付いたんだ。
「ごめん」
俺は素直に謝った。
大沢が俯き、ふたりの間に沈黙が落ちたその時、窓際に集まっていた女子の方から、どわっと、笑い声とも何とも言えない歓声が上がった。
そちらに目を向けると、全員の視線がこちらを向いていて「感無量」って感じの表情で肩を震わせていた。
その後気付いたんだ。俺たちがつるんでいると、女子どもが、こっそりとこちらを見てはクスクスしているってことに。
ふたりともオタクであることは周知の事実だったから、それで嫌われているのだと思っていた。クラスの女子全員に嫌われる悲しきキモオタ。いや、大沢に限っては無駄に美少年だから、オタクではあれどキモ男認定はされていなかったと思う。
しかし、現実は、俺が思っていたのとは、ちょっとばかり方向性が違っていたようだ。
夏休み明け、女子どもがいつものように集まって、何かをこそこそ見ていた。肩を震わせ忍び笑いを漏らしている。夢中になっていて俺の存在に気付いていない。
女どもの真ん中にある机の上には、なにか薄っぺらい冊子のようなものが開いていた。
「何見てんだよ」
嫌われ者の俺は、嫌われ者らしい態度を取らねばならない。なんかそんなバカげた使命感のもと、女子の輪に乱入し、真ん中にあった冊子を取り上げた。
女子どもの悲鳴が上がる。
取り返そうとジャンプするが、背の高い俺が手を上げれば、届く女はいない。
「大沢!」
ちょうどそこに、便所にでも行っていたらしい大沢が戻ってきたので、俺は冊子をパスした。
きょとんとした顔で受け取った大沢は、開いていたページに目をやり、途端に真っ赤になった。
今度は俺がきょとんとする番だ。
震える手で差し出す冊子を俺が受け取ると、あいつはそのまま教室を飛び出していった。
女子どもは、なにやら「感に堪えない」といった顔をして、もう冊子を取り戻そうとはしなかった。
俺は、冊子に目を落とした。
ヒョッと変な声が出た。
これが噂の、「薄い本」というやつか……。
耽美な絵で描かれたそれは、男同士の絡みだった。
しかし、やけに上手い絵だなぁ、おい。誰が描いたんだ? うちのクラスの女子なのか? と、感心しているのも束の間、ふいに気が付いた。
「って、まてよ! これ、俺と大沢かッ⁉」
女子どもは、どうやら開き直ったらしい。こちらの反応をニヤニヤしながら見ている。
「おまえら、ナマモンはやめとけよ。こんなんさすがの俺でも傷つくわ」
本当はさほど傷ついてなんかいなかった。オタク心は理解できるのだ。俺だって、クラスの女子をおかずにしたことがないとは言えない。裸の絵をこっそり落書きしたことがあるなんて言えない。ああ、言えない。絶対に言えない。罪を犯したことがない者だけが石を投げなさい。
我々は謂わば同じく脛に瑕を持つ身なのだ。でも、少しお灸を据えてやりたくなって、正義を振りかざしてみせた。
オロオロしはじめた女子どもに薄い本を突き返し、俺は大沢を追いかけた。
あいつ意外に繊細なところがあるから、ショックで気絶してるかもしれない。
体育館裏で見つけた。
犬走りに三角座りをして、膝に顔を埋めている。
俊ではなさそうな気がした。
柊夜でもないか?
権蔵さんや倫子さんが、こんなポーズで落ち込んでいるとは思えないし。
「茉優か?」
と聞くと、大沢は顔を上げた。切なげな、色っぽい顔。やっぱり茉優だ。
「おまえって、ボクたちの誰が出ているか外したことないよね」
茉優はボクっ子だ。
「んー、なんとなく区別がつく」
「そっか」
俺は大沢の隣に座った。
「あんな悪ふざけ気にするなよ」
慰めようとしたが、茉優はキッとした目でこちらを見た。
「いや、気になるっしょ! なんでボクがウケにされてるの!」
と、興奮気味に言う。
「怒るのそこっ⁉ 何? 茉優さんって腐女子?」
「男同士の絡みに、コーフンしない女子がどこにいるっていうの?」
え? そういうもん? いや、仮にそうだとしても、アレ、俺たちだよ? いいの? と心の中で思う。混乱。
いや、こいつも立派なオタクだ。オタクの心はオタクを知る。
「描かれてもいいんだ?」
念の為聞くと、「嫌だよ」って言って泣き出した。
女の気持ちはわからん。まったくわからん。
俺は何にもわかってなかった。
本当の本当に、まったく何も気付いていなかったんだよ。




