BL展開まで、あと30秒。
高校時代の友人から十年ぶりに連絡が入った。
『大事な話がある。会えないだろうか?』
急に何だろう?
ずっと疎遠だった男が、いきなりこんなメールを送って寄こすなんて。
大沢俊。仲は良かった。クラスメイトの中でも話が合う貴重な存在だったことは確かだ。一緒にゲームをしたり漫画を読んだり、一緒に映画を観に行ったこともあった……そう、思い出した。あいつとは好みが似ていた。漫画やアニメの感想を言い合って笑ったりど突き合ったりしていた。懐かしいな。
そして、大沢は、自称多重人格だった。
いや、自称かどうかわからない。他の人格が出てくると、いかにもそれらしくて、演技だとか冗談だとはどうしても思えなかった。
大沢本人は、さえないオタクくんだが、彼の中には他に四人の人格がいた。
切れ者の高校生・柊夜。口が悪くてごっついおっさん・権蔵。世話焼きおしゃべりおばさん・倫子さん。 そして、愛らしい女子高生・茉優。
え? 茉優……まゆ……?
急に全身からどっと汗が噴き出す。
まゆ……?
いや、まさか、まさか、まさか!!!!
俺は動揺を抑えつつ、あいつと会う約束をした。
****
「よぅ! 久しぶり!」
あいつは待ち合わせしていたファミレスに先に座って待っていて、俺を見ると片手をあげてにっこりと笑いかけてきた。
眼鏡をかけて、七三分けにして、キリッとした顔付きのこの男は、間違いなく柊夜だ。俊は目がいいが、柊夜は本当に近眼らしい。ちゃんと度付きの眼鏡をかけている。
高校生のままではなく、ちゃんと俺たちの年齢まで成長しているらしい。
「なんだよ、急に大事な話だなんて。カルトやマルチの勧誘じゃないだろうな?」
俺は、かなり警戒しながら聞いた。むしろ、そっちのほうがどれだけ安心か。カルトやマルチのほうがマシな案件など、絶対に避けたい。
「俊はどうしてる? 俺は、できるなら俊と話がしたいんだけど」
俺の言葉に、柊夜はニヤニヤと笑った。柊夜はいつも俺を見下してバカにしてる。いけ好かないやつなんだが、時々びっくりするくらい優しいときがあって戸惑う。今は完全に俺をバカにしてるな、これは。
「俊は怯えて引きこもってるよ。ここしばらく出てきていない」
「なんで? 何かあったのか?」
心配して問えば、柊夜はふぅ、とため息をつき、やれやれという感じに肩をすくめて首を振った。
「残念ながら今のあいつは使い物にならない。今日は大事な話なんだ。お前の人生に関わる。ここは俺で我慢してくれよ」
ああ、これはもう決定だ。あの件だ。間違いない。俺は、俺は、いったいどうすれば……? いやいや、まだそうとは決まっていない。とにかく柊夜の話を聞いて……。
「茉優の件だよ。わかっているだろう?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛-----っ!!」
俺は、頭を抱えて叫んだ。
おざわ まゆ。
彼女はそう名乗っていた。
ゲームチャットで出会った女の子。
妙に気が合い、よく一緒に遊ぶようになった。
そのうちLINEを交換して、ちょくちょく会話するようになった。ビデオ通話もした。
それはもう、いろんなことを語り合った。
最初のうちは好きな漫画や映画や小説の話を。俺たちの好みはびっくりするくらい合致していた。そのうち、互いの悩みを相談したり、他の人に言えば笑い飛ばされそうな夢を語ったり。それはそれは楽しい時間を過ごした。
彼女のことが好きになった。
俺は彼女に夢中になった。
彼女なしでは生きていけない気がした。
だからプロポーズした。一週間前のことだ。まだ実際に会ったことは一度もなかったが、そんなことは関係ないと思っていた。うかつにも、そう思っていたんだ。
彼女からの返信はぱたりと止んだ。
そして、一昨日、大沢からの突然のメール。
「おっぱいは……?」
俺は大沢の胸を見た。どうみてもぺったんこだ。これはおっぱいではない。
では、あれは、せーせーえーあいの加工だったのか。ちくしょう。俺のおっぱい。
「お前は、おっぱいに惚れたのか?」
柊夜は汚物を見るような目で俺を見た。
「いや……」
違う……いや、ちょっとはおっぱいだったけれど、おっぱいがすべてじゃない。彼女の心に、魂に惚れた……って、まって! まって! 俺ったら、大沢に惚れてたの? こいつに惚れてたってこと???
え? まって! 本当に、まって、まって⁉
心の声が聞こえたわけでもないだろうが、柊夜はじっと待っている。
「うん……おっぱいだけじゃないよ。顔も……」
と言って、なにげに柊夜の顔を見た。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛----っ!
こいつ、高校時代は美少年だったけれど、今はとんでもない美青年になってるじゃんか! ひげ跡をコンシーラーで隠して化粧してかつらをかぶれば、まゆちゃんじゃん。間違いなくまゆちゃんじゃん! 俺が本気で愛した唯一の女、まゆちゃんじゃん! どーすればいいの、コレ⁉
涙が出てきた。
「おっぱいと顔もだけれど、それだけじゃないさ。彼女と語り合った日々が最高に輝いていたんだ。彼女を本気で好きだったんだ……くそう。なんでこんなこと言わせるんだよ。恥ずかしい……」
柊夜がこちらを見つめている。とてつもなく優しい目で。
そう、まゆちゃんも、こんな目で俺を見つめてくれた。愛おしそうに、そして、少し不安そうに……。
ふいに、俺は気が付いた。もしかして――。
「お前、ずっと俺に惚れてた?」
途端に柊夜の顔が真っ赤になる。あの冷静沈着慇懃無礼嫌味の王様な柊夜が明らかに動揺している。
その顔を見て、こちらの心臓も跳ねる。
いまさらながら気が付いた。
こいつはずっと、こんな目で俺を見ていた。まゆちゃんみたいなあの目で。
高校卒業したのと同時に俺と会わなくなったのは、そんな自分が怖くて身を引いたのかもしれないと想像する。これ以上関わり続けた先の結果を恐れて距離を取ったのか。そうだ。そういうヤツだった。
馬鹿にしたり嘲笑ったりすることもあるけれど、いつでも俺の心配をして、俺を助けてくれていた。
どうやら羞恥に耐えられなくなったらしい。柊夜は引っ込み、代わりに権蔵さんが出てきた。怖い顔でこちらを睨んでいる。
さて。
俺は権蔵さんに、どうお願いすればいいんだろうか?
娘さんをください?
息子さんをください?
それとも……。
「大沢さん、俺と結婚してください。全部まとめて幸せにします!」
権蔵さんが、頭から湯気を出して引っくり返った。




