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甘やかされた妹に姉は限界だった。  作者: 鈴木べにこ


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6.進むべきは

 ミレーが連れていかれ、母から真実を聞かされベスタは眠れない夜を過ごしていた。


 夜遅くにコンコン、と控えめなノックの音が響く。



「どうぞ。」


「ベスタ様宛にお手紙です。」



 名前の無い手紙。

 

 手紙を広げるとそこには日時と場所だけ書かれていた。


 ベスタにはなんとなくこの手紙が重要な気がして、手紙の人物に会いに行く事を決心をするのだった。




 次の日になり、手紙に書かれた場所に立っていたのは――


 


「……太公閣下」


 


 カイザルだった。


 その姿は昨夜と変わらない。


 だが空気は違う。


 より公的で、より冷徹な存在としてそこにいた。


 

 カイザルが崖の上にある一本の大きな木の隣に立ってた。

 その木の根本には花束が添えられている。



「(ああ、ここが・・・・。)」



 ここがどんな場所なのかをベスタは察した。



「来たか。」



 ベスタは一礼する。



「お呼びとあらば。」


「堅いな、誰かにそっくりだ。」

 


 わずかにカイザルの口元が緩む。


 

「少し話をしよう。」



 カイザルはゆっくりと歩き出し、ベスタの前に立つ。


 

「昨夜の件について、説明する義務がある。」



 ベスタは静かに頷いた。

 

 カイザルの瞳が、ほんのわずかに揺れる。



「ベスターニャのことだ。」



 その名に、空気が引き締まる。


 

「話に聞いたと思うが、彼女は・・・俺の婚約者だった。」


 

 はっきりと告げられた事実。

 


「そして、俺は、守れなかった。」



 その一言に、重い後悔が滲んでいた。



「ミレーニャによって・・・全てが壊された。」


 

 低く、押し殺した声。

 


「・・・復讐のために、レイヴァーンズ家を利用したのですか?」


 


 ベスタの問い。


 カイザルは一瞬だけ目を閉じる。

 


「最初は、違った。」



 静かな否定。



「この国に対する怒りがほとんどだった。愚かな王族1人が惑わされたのが最終的に王命にまで繋がるなんてな・・・。」



 力無くカイザルは笑う。



「そして戦争で隣国に寝返りたくさんの武功を挙げた。この国のたくさんの上級貴族、王族を、殺していく度に地位が上がった。遂には太公の地位にまで上り詰めていた。」



 カイザルは自らの手を見つめた。

 カイザルには自分の手が血に染まって見えていた。



「そしてあの日たまたまレイヴァーンズ家の前を馬車で通った時、一瞬だけ君が見えた。」


「わたくし?」


「ベスターニャに似ている君をもう少しだけ見たくなってレイヴァーンズ家に訪れた。それがいけなかった・・・・。」



 ベスタの脈が早くなった。



「ミレーニャに似た君の妹が居た。」



 カイザルの言葉に頭を殴られたような衝撃を感じた。



「君の母との会話に頭に血が上った私は、ある事を確かめたくなった。」


「何を、でございますか?」


「“似ているだけの別人”なのかを。」



 ベスタの胸がわずかにざわつく。



「だから、甘やかせと命じた。」


 

 淡々とした告白。



「だが結果は・・・見ての通りだ。」


 

 苦い笑み。



「同じだった。いや・・・それ以上に酷い。」



 沈黙が落ちる。

 


「・・・後悔はーー」



 ベスタの声は静かだった。



「していらっしゃいますか。」



 カイザルは、すぐには答えなかった。


 長い、長い沈黙の後。



「・・・・・・・している。」



 絞り出すような声。



「だが、止めることはしなかった。」



 その矛盾。


 それが、この男の全てだった。



「君を巻き込んでしまった。」



 視線が、真っ直ぐにベスタへ向けられる。


 

「俺が憎いだろ?妹を奪った俺が。」



 妹が我儘になる前。


 まだ幼く自分の後ろをついて来た可愛い妹の記憶がベスタにはあった。



「・・・わたくしは。」



 全ての原因の男が目の前にいる。


 この男がいなければレイヴァーンズ家は仲の良い幸せな家族としていられたのだ。



「閣下が憎いと言ったら嘘になります。」



 ベスタはゆっくりと口を開く。



「でも、これがわたくしなのです。今のわたくし。幼かった幸せな日々に戻りたいなんて思いませんわ。」



 静かな言葉。


 だが、確かな意思があった。



「・・・そうか。」



 小さく呟く。


 その表情は、ほんの少しだけ和らいでいた。


 

「では、最後に一つ。」


 

 カイザルの声が変わる。


 試すような、重みを持ったものへと。


 

「これからどうする。」



 その問いは、単純でありながら重かった。


 ベスタは、迷わなかった。



「・・・わたくしはーー」 



 一歩、前に出る。



「レイヴァーンズ公爵家の当主として、責務を果たします。」



 真っ直ぐな言葉。



「失われた信頼を取り戻し、領と民を守る。」



 カイザルはじっとそれを見つめる。



「そして――」


 

 ベスタの瞳が強くなる。


 

「二度と、同じ過ちを繰り返させません。」


 

 静かな決意。


 それを聞いたカイザルは、ふっと息を吐いた。



「いい目だ。」


 

 わずかな笑み。



「ならば、その道を行け。」


 

 そして、背を向ける。



「必要ならば、力を貸す。」


 

 それだけを残し、歩き出す。


 だが途中で足を止めた。



「・・・ベスタ。」



 カイザルが初めて、名を呼ぶ。


 ベスタは顔を上げる。



「君は――」



 一瞬だけ言葉を迷い。



「君は、誰もが見て見ぬふりをする中で、ただ一人“正しくあろう”とした。それは、とても難しいことだ。」



 ベスタの胸が、強く締め付けられる。

 


「・・・っ。」


「そして、とても尊いことでもある。」


 

 ぽたり、と。


 何かが頬を伝った。


 それが涙だと気付くまで、少し時間がかかった。



「・・・そんな風に。」



 声が震える。


 

「言われたのは、初めてですわ・・・。」



 カイザルは小さく笑うと、今度こそ去っていった。


 ベスタは崖の上から見える海を日が暮れるまでずっと見ていた。


 


 


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