7.もう一つの真実
地下牢は、夜になるほど冷え込んだ。
石壁から染み出す湿気が骨の奥まで入り込み、ミレーは薄汚れた毛布を抱き締めながら震えていた。
寒い。
暗い。
臭い。
こんな場所、自分がいるべき場所ではない。
「……っ」
ギリ、と唇を噛む。
鉄格子の向こうでは、看守達の笑い声が聞こえていた。
『元公爵令嬢様だってよ』
『ずいぶん落ちぶれたもんだな』
『明日には辺境送りか』
嘲笑。
ミレーは耳を塞いだ。
「(違う・・・。)」
自分はこんな人間達に笑われるような存在じゃない。
皆から愛される、特別な存在だった。
そのはずだったのに。
ガチャリ。
突然、近くの牢の鍵が開く音がした。
ミレーが顔を上げる。
そこへ乱暴に押し込まれてきたのは、見覚えのある数人の男女だった。
「きゃあっ!」
「痛っ!」
床へ転がされる彼らを見て、ミレーは目を見開く。
「え?」
そこにいたのは、かつてミレーを囲っていた“信者達”だった。
ミレーを持ち上げ、媚びへつらい、共にベスタを馬鹿にしていた取り巻き達。
「ミレー様!!?」
一人の令嬢がこちらに気付き、顔を歪めた。
だがその表情に以前のような憧れは無く、あるのは恐怖と怒りだけだった。
「なんで貴女達がここに?」
ミレーが戸惑いながら聞く。
すると・・・。
「全部アンタのせいでしょうが!!」
金切り声が地下牢に響いた。
「っ!な何よ突然!!?」
ミレーは肩を跳ねさせる。
怒鳴ったのは、以前『ミレー様大好きです!』と擦り寄っていた侯爵令嬢だった。
「太公閣下の調査で、私達まで処罰対象になったのよ!?」
「え・・・。」
ミレーは固まる。
「アンタに媚びてたせいで家からも見放されたの!!」
「はぁ?ちょ、ちょっと待ってよ……」
「待つわけないでしょ!!」
次々と《《元》》令嬢や令息がミレーに怒鳴る。
その中に《《元》》王太子もいる。
「王太子の僕に嘘を吹き込んだせいだ!どう責任とる!」
「お前が好き勝手やるから巻き込まれたんだよ!」
「騎士に無理矢理キスとか正気じゃねぇんだよ!」
「昔から頭おかしかったものね!」
次々飛んでくる罵声。
ミレーは呆然と彼らを見つめた。
「な、なによ・・・!」
震える声。
「皆だって笑ってたじゃない・・・・。」
「はぁ!?」
令嬢の一人が鼻で笑う。
「空気合わせてただけに決まってるでしょ!」
「っ・・・!」
「公爵令嬢だから逆らえなかったのよ!」
その言葉が、深く突き刺さる。
「うそ・・・。」
「何が“うそ”よ!」
冷たい視線。
「アンタ、本気で好かれてると思ってたの?」
ミレーの呼吸が止まった。
「皆アンタの機嫌損ねたくないから合わせてただけ!」
「そうそう!」
「少しでも逆らったら泣き出すし癇癪起こすし最悪だったわ!」
「他人の男を誘惑するし!」
「人様の物を無理矢理奪う!」
皆止まらない。
「何故君の嘘に騙されてあんなことを!過去に戻りたい!」
元王太子は泣き崩れた。
「ベスタ様の方が百倍まともだった!」
「ベスタ様が正しかった!」
「ベスタ様の味方をしていれば今頃・・・!」
誰かがベスタのことを言うと次々とベスタの名前が出る。
「・・・っ!!」
嫌いな姉の名前にミレーの顔が歪む。
「お姉様は関係ないもん!!」
「関係あるわよ!」
強く怒鳴り返される。
「いつもアンタの尻拭いしてたじゃない!!」
「お茶会だってそう!」
「あの時、止めてたのベスタ様だけだった!」
ミレーの脳裏に、あの日の光景が蘇る。
『おやめなさいッ!!』
真っ赤な顔で怒鳴っていた姉。
『謝りなさい!!』
必死だった声。
「うるさい。」
ぽつりと呟く。
「うるさい!うるさい!うるさい!」
ミレーは耳を塞いでしゃがみ込んだ。
「うるさいのはアンタよ!!」
令嬢が吐き捨てる。
「人の物ばっか奪って!」
「婚約者まで取って最低!」
「使用人いじめもしてたって聞いたわ!」
「冤罪で逮捕された人までいるなんて最悪!」
「お前のせいで人生めちゃくちゃだ!」
「全部お前のせいだ!」
「僕を王太子に戻せ!」
罵声、罵声、罵声。
地下牢いっぱいに、憎悪が響く。
ミレーはさらに強く耳を塞いだ。
「やめて・・・!」
「アンタなんか大嫌いよ!!」
「やめてぇっ!!」
涙が溢れそうなその時。
「ほんと、みっともねぇな。」
低く掠れた男の声が響いた。
ミレーが顔を上げる。
「アレックス?」
隣の牢。
薄暗い影の中に座っていたのは、婚約者だった男――アレックスだった。
服は汚れ、頬には殴られた痕。
かつての貴公子の面影はほとんど無かった。




