5.隣国の大公カイザル
その日の夜、雨が降っていた。
重く、冷たい雨。
窓ガラスを叩く音だけが静かな執務室に響いている。
ベスタは母リーニャに呼び出され、向かい合うようにソファへ腰掛けていた。
「あの男性は一体誰なのですか?わたくし達にどの様な関係があるのですか?ミレーを甘やかす様に指示を出していたという話も、何もかも全て話してくださいませ!」
「これはあの男の復讐なのよ。」
「復讐?」
「レイヴァーンズ家が、この国が、彼から愛する人を奪ったから。」
リーニャは首にかけたロケットを外し、ロケットの中身を見せた。
その中にはベスタそっくりの少女が写っていた。
「もしかしてこの方がベスターニャ様ですか?」
「そうよ。貴女そっくりでしょう?」
リーニャはロケットのベスターニャを見つめ柔らかく笑った。
ベスタはそんな母の優しい顔を見たのは初めてだったので目を丸くした。
「ベスターニャは私の末の妹で私ととても仲が良かったわ・・・・反対に私の双子の妹のミレーニャは双子なのに仲が悪かったわ。亡くなった今も嫌いな程にね。」
「もしやミレーニャ様はミレーに・・・。」
「ええ、とてもそっくりよ。見た目も中身も。」
ミレーニャの話になると先程とは違い冷たい表情に変わった母にベスタの背筋に冷たいものが走る。
「カイザルは隣国の太公になる前この国の子爵令息だった。」
リーニャは懐かしむ様に語り始めた。
「学園でカイザルとベスターニャは出会い恋に落ちた。2人の仲が認められ婚約した時は両家は喜んだわ。ミレーニャを抜かしてね。」
「ミレーニャ様は2人の婚約を何故認められなかったのですか。」
「ミレーと性格がそっくりならわかるでしょ?」
「ベスターニャ様の幸せな姿が気に入らなかったとか・・・・・。」
「そうよ。格下の家柄でも若い頃のカイザルは美しい少年でミレーニャの好みでもあったの、好みの男と妹が幸せな姿にミレーニャは激しい嫉妬心を抱いたわ。そしてミレーニャは行動を起こした。」
ベスタはゴクリと唾を飲んだ。
「自身の信者を使って2人の間を妨害し始めたの。」
リーニャはロケットを強く握った。
「婚約を破棄しろと学園で2人は壮絶ないじめに遭う様になったの。」
「そんな、酷い・・・。」
ベスタは胸を締め付けられた。
「ベスターニャとカイザルは当時のレイヴァーンズ家当主であるお父様にミレーニャをどうにかして欲しいと頼んだわ。でも何もしなかった。癇癪持ちのミレーニャにお父様も私もほとほと困り果てていたから軽い注意しか出来なかった。それがいけなかった・・・あの時にお父様と必死になって止めていれば・・・・・。」
リーニャはロケットを強く握った。
「そしてミレーニャは信者の中にいる王族を通じて当時の王様に面会したの、ミレーニャの悪い噂を知らない王様はミレーニャに簡単に誘惑されて絶対にやってはいけないことをしたのよ。」
リーニャはまっすぐにベスタを見た。
「王命で2人を婚約破棄にさせ、代わりにミレーニャをカイザルと婚約させたの。」
「そんな事が許されるはずありません!」
「ミレーニャにはそれが出来てしまったの。ミレーだって王太子の力を使って貴女を逮捕しようとしたでしょう?ミレーもミレーニャもホント嫌な所がそっくりよ。」
リーニャは肩をすくめた。
「後悔しかないわ。もし過去に戻れるならミレーニャをどんな手を使ってでも止めたのに・・・ベスターニャが駆け落ちする前日に言ってた『お姉様・・・わたくしもう限界。』って言葉が今でも頭から離れないの。あの言葉がベスターニャとの最期の言葉になるなんて思わなかったわ。」
「ベスターニャ様・・・・・。」
ベスタはまるで自分の事の様に思えて泣きたくなった。
「ベスターニャとカイザルが駆け落ちする当日、待ち合わせに先に到着したのはベスターニャだった。そして次に来たのが・・・。」
「まさか、ミレーニャ様。」
「そうよ。そしてベスターニャとミレーニャの2人は亡くなった・・・待ち合わせの場所が崖の上だったのもあって、揉み合いになって2人一緒に落ちたというのが見解よ。ミレーニャから襲いかかってベスターニャが必死に抵抗したんだろうって私は思っているわ。このロケットはその時ベスターニャが身につけていたカイザルからのプレゼントよ。カイザルに返そうとしたら断られたけどね。」
リーニャはため息をついた。
「そしてカイザル様はこの国を捨て隣国へ渡ったのですね・・・・」
「二十年前の隣国との戦争で指揮をとった彼はこの国を完膚なきまでに敗戦に追い込んだ。この国は隣国の属国になったのよ、表面上は和平を結んだ様に見せかけて。」
ほとんどの貴族や王族なら隣国に敬意を払う事を強く叩き込まれるのだが、中にはミレー・アレックス・王太子の様に理解をしてない者もいた。
「敗戦国にはどんな要求がされるのか皆んな怯えていたわ。でも、待てど暮らせど隣国は何も要求してこなかった。あの日カイザルが我が屋敷にやってくるまでは。」
リーニャは苦しいとも悔しいともどちらとも取れる顔をして唇を噛んだ。




