4.運命の日
カイザル・ナハト。
彼は二十年前の戦でこの国を打ち破った隣国の英雄にして、現太公である。
彼はゆっくりとミレーに歩み寄ると、上からミレーを冷たく見下ろした。
その視線にぞくりとミレーの背筋に冷たいものが走る。
「な、何なのよアンタ!」
思わず漏れた声は、先ほどまでの余裕を失っていた。
「ミレー言葉を慎みなさい!」
先程まで何もしなかった母リーニャが焦った声を上げる。
「よく似ている。」
カイザルはぽつりと呟いた。
「顔も、声も・・・そして、その腐りきった性根もな。」
「はぁ?アンタ一体何よ!失礼ね!」
「黙れ。」
「っ!!!」
その突き刺さる様な冷たい一言で空気が凍りつき、ミレーは押し黙った。
「り、隣国の太公が何なんだ!僕はこの国の王太子だぞ!」
「レイモンド余計な事は言わずに黙るのだ!」
この国の王が息子レイモンドを諌める。
何故王が隣国の太公に頭を下げ自分が叱られた事にレイモンドは困惑した。
周囲には緊張感が漂っていた。
「この国は、実に興味深い。」
淡々とした声だった。
「敗戦から二十年。何も学ばず、何も改めず・・・腐敗だけが進んでいる。」
ざわめきが起きる。
だが誰も口を挟めない。
「だからこそ、観察させてもらった。」
カイザルはミレーに向かってニヤリと笑った。
「ひとりの愚かな娘が、どこまで堕ちるのかをな。」
カイザルの視線が、再びミレーを射抜く。
「《《甘やかせ》》と命じたのは私だ。」
ベスタは息を飲んだ。
心臓はどくどくとうるさく脈を打っていた。
「私がこの国に敗戦の代償として求めたのは権力者の娘を甘やかす事でどこまで堕ちるかを観察する事。」
「・・・な、なにを・・・。」
ミレーの声が震える。
自分の事だと分かるのに理解が出来ない恐ろしい物を前にしているかのような不安がミレーを襲っていた。
「結果は見ての通りだ。期待以上だった。」
冷ややかな言葉。
「平民からも貴族からも嫌悪され、己の欲のままに他者を踏みにじる・・・実に“あの女”そっくりだ。」
その瞬間、カイザルの表情がわずかに歪んだ。
怒りとも、痛みともつかない感情。
ベスタにはその表情がどこか泣いている様にも見えた。
「けど、お前は今日という日に一線を超えた!!」
ベスタは一瞬カイザルと目が合った気がした。
「判決を下す。」
その一言で、空気が完全に支配された。
「ミレー・レイヴァーンズ。アレックス・グレイシス。王太子レイモンド並びにこれに加担した使用人関係者一同、無実の人間をたくさん陥れ、更に姉のベスタ・レイヴァーンズを無実の罪に陥れたことにより、隣国辺境地における二十年の強制労働を命じる。」
淡々と告げられる言葉に会場が静まり返った。
「ふざけないで!!」
ミレーが叫んだ。
「わたくしを誰だと思ってるの!!公爵令嬢よ!?」
「だからどうした。」
冷酷な一言だった。
「お前はただの実験対象だ。」
その瞬間、隣国の騎士達が動いた。
ミレーとアレックスとレイモンドや会場にいるミレーの信者も拘束される。
「いやっ!離しなさい!!お母様!!お父様!!」
「俺はただミレーのいう通りにしただけだ!関係ない!」
「僕はこの国の王太子だぞ!!助けて父上母上ーーー!!!」
悲鳴が響く。だが誰も動けない。
カイザルの視線がベスタに向けられた。
今までとは全く違う、柔らかなものだった。
どこか、懐かしむような。
愛おしむような。
ベスタは動けなかった。
ただ、その視線を受け止めることしかできなかった。
「・・・すまない。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
それだけを残し、カイザルは背を向けた。
そのまま振り返ることなく、会場を去っていく。
残されたのは呆然と立ち尽くす人々。
そして何も理解できないまま立ち尽くすベスタだけだった。




