8.姉の愛は
乾いた風が、砂塵を巻き上げる。
空はどこまでも白く濁り、陽は焼けつくように肌を刺す。
――そこは、かつて公爵令嬢として何不自由なく暮らしていたミレーにとって、あまりにも過酷すぎる場所だった。
「・・・は、ぁ・・・っ。」
荒れた呼吸。
ひび割れた唇。
かつて絹のように手入れされていた髪は、今や埃と汗で絡まり、見る影もない。
「遅いぞ!」
怒号が飛ぶ。
振り向く間もなく、背に鞭が打ち込まれた。
「きゃあっ!」
鋭い痛みが走り、ミレーはその場に崩れ落ちた。
「立て!ここは遊び場じゃねぇ!」
監督役の男は容赦がない。
周囲では同じように働かされている者たちが、ちらりとこちらを見るが、すぐに視線を逸らす。
誰も助けない。
いや、助ける理由などない。
「(どうして・・・どうしてこんな・・・っ!)」
涙が滲む。
ここは、罪人が送られる辺境の強制労働地。
貴族も平民も関係ない。
ただ「罪を犯した者」として扱われる場所。
「(あと20年・・・こんな場所に・・・?)」
ミレーは未だに、現実を受け入れきれていなかった。
「立てって言ってんだろ!」
監督役の男から再び鞭が振り上げられる。
「や、やめっ!」
反射的に身を縮めた、その瞬間。
「やめろ!!」
別の声が割って入った。
荒々しく息を切らしながら駆け寄ってきたのは、アレックスだった。
「そのくらいにしてやれ!そいつはっ!」
「はぁ?」
監督役の男は鼻で笑う。
「そいつは何だ?元貴族様か?」
嘲るような視線。
「ここじゃ関係ねぇんだよ!!」
次の瞬間。
バシッ、と鈍い音が響いた。
「ぐっ・・・!」
打たれたのは、アレックスの方だった。
「余計な口出しする奴は、同罪だ」
容赦のない一撃。
アレックスは膝をつき、歯を食いしばる。
「・・・っ!」
ミレーはその光景を呆然と見ていた。
アレックスが助けてくれた。
でもーー
「(・・・・・こんな形は望んでない。)」
助けてくれたのに嬉しくなかった。
かつて自分を甘やかし、求めてきた男が、泥にまみれて打たれている。
それが、こんなにも惨めに見えるなんて。
「立て。」
冷たい声。
ミレーは震えながら立ち上がる。
足がうまく動かない。
それでも、動かないと――また打たれる。
作業は、日が沈むまで続いた。
重い石を運び、土を掘り、ただひたすらに働かされる。
休憩はほとんどない。
水もわずか。
その夜。
与えられるのは粗末なパンと、薄いスープ。
かつて口にしていた豪華な食事とは比べるまでもない。
「・・・こんなの、食べられないっ!」
思わず漏らした言葉に、周囲の視線が突き刺さる。
「食べないなら寄越せ。」
次の瞬間、手元のパンが反対側の席に座る男に奪われた。
「なっ!!?」
抗議しようと口を開いた瞬間、周囲の冷たい目に、言葉が詰まる。
「ここじゃな、食わねぇ奴が悪いんだ!」
吐き捨てるように言われる。
誰も味方はいない。
それが、現実だった。




