覚醒の前兆
「……なんだよ、それ。まさか人質のつもりか?」
「つもりもなにも、人質だよ。劣化とはいえ、6人の冒険者に囲まれて、あっけなく突破出来る実力なんだ。正面から戦って、君に勝つのは厳しそうだ」
「だからって、樹を人質にして、プライドも欠片もないのかよ」
「ないね。というか、そうも言ってられない。なにせ君は、僕の死神に一回殺されている。僕のことを殺しにくるだろ? まだ負けるわけにはいかないさ。僕は最強の冒険者になるからね」
捕まった樹が大きな声を上げる。
「青宮くん! あなたなら勝てる、だから戦って生き残って!」
樹が勇敢にもそう訴えた。
実際、非情だがその一手が最善である。
要求に答えたところで、青宮が殺されることは目に見えている。そしてそうなった時、樹の身の安全すら保障はされない。というか、ソウル・リーパーの特性のために人殺しをしているのならば、樹も殺すのが自然だろう。
故に青宮は気にせず戦うのが最善。
樹が殺され、その分身が出される可能性はあるが、捕まった樹より勝率が高いのは明らかである。
とはいうものの。そんな選択は可能であれば選びたくない。
青宮はちらりと、∞ウェポンを見つめる。
普段とは違う――黒の色を放っていた。
まさかと思い、メニューを開く。∞ウェポンのスキル「ブラックソウル」が解放されていた。
しかしその発動条件の説明文を見て、絶望する。
だが同時に、それはこの状況を打破する希望でもあった。
(けど……さすがに、怖いな)
考えている間、死神が鎌を樹の首筋に近づけた。
ちらりと樹の表情を見る。
怯えた表情で、目に涙を浮かべて、青宮を見る。
「いやっ。迷わないで、青宮くん。こんなことに従っても、誰も助からないんだから!」
口では立派なことを言っているが、その声は震えていた。死への恐怖がにじみ出ている。
当たり前だ。冒険者として死ぬ覚悟も、怖い目に遭う覚悟があっても、いざそれに直面して、平然でいられるはずがない。
樹に限った話ではなく、死からギリギリの生還をしたベテランの冒険者が、以前はロマンに燃えていたのに、危険な出来事をきっかけにダンジョン攻略を辞めることは、そう珍しい話ではない。
それが人間だ。それが生存本能だ。
「さあ、早くその斧を捨てろ。青宮 翼」
工藤が判断をあおってくる。彼の表情にも余裕はなかった。苦しまぎれの策であることには、変わりがない。彼の命は、青宮の判断で変わる。
そして――その勝負に、工藤は勝つことになる。
はあ、と青宮はため息をつき、斧を投げたのだ。
「わかった。ほらよ」
がらんがらん、と斧が重々しい音を立てて地面に転がる。
瞬間、死神が鎌を持って接近し、青宮の胸めがけて刃を振り下ろした。
「ぐふっ!? ためらいなしかよ……!」
地面にたたきつけられる。死神は倒れた青宮へ向けて、何度も、何度も何度も、しつこいほどに鎌を何度も振り下ろした。
「いやっ、やめて、青宮くんを殺さないで!!!」
しかし工藤は、首を横に振る。
「いいや。徹底的にやる。顔がバレているから、今度の蘇生は色々と面倒だ。可能性は潰す。なによりも……こいつは、底が知れない」
死神はまだ、動かない青宮へ目がけて鎌を振り下ろす。
血だまりが道路に広がる。明らかに過剰な攻撃であった。何度も鎌を振り下ろしてようやく、死神を後ろへ下げた。工藤はメニューで、メッセージを確認。
『――冒険者、青宮 翼を殺害しました。新たな分身を生成します』
『――生成失敗。エラー。青宮 翼の分身は、LV1となりました』
(やはり、こうなる。短期間でこれほど強くなったことといい、何者なんだこの男は)
あの3人の冒険者に関しては、3人共およそレベル15相当の力を持っていた。それをあっさり倒されたのは、工藤の中では信じられない出来事だ。会った時には第一階層で活動していた者が、一体どれだけレベルアップしたというのか。
「まあいいさ。これでやっと、本命と話ができる」
工藤は身動きのとれない樹へと近づく。絶望した表情を浮かべ、大粒の涙をこぼしていた。
「仲間になるつもりは、今もないかな?」
勧誘のために、今回の工藤はわざわざ顔を出した。
だが、樹は工藤をにらみつけた。
「……死ね」
「は?」
「私は、絶対にあなたのことを許さない。青宮くんの仇はとる。殺してやる!」
樹が全力でもがくが、影の手がそれをさせない。強力なゴムで引っ張られているかのように、わずかに体が動くだけだ。
工藤はくくく、と笑みを浮かべた。
「良い女だから、残念だけど……君を殺して、僕のコレクション入りだね」
「っ!」
「今、楽にしてあげるよ」
工藤が下がり、死神が近づく。
樹の脳裏には……そんな可能性があるはずもないのに、青宮のことがよぎった。
最初に助けた時。なにもしていないのに、傷が完全に塞がった。
今回はあの時と違って、死体の状態がよりひどくなっている。
だから、万が一の可能性なんてない。そんなものは幻想だとわかっている。
それでも、樹は叫んだ。
彼の名を、口にした。
「助けて――青宮くん!」
☆
辺りは真っ暗で、体の感覚はない。
あの時と同じだ。
意識は薄れているのに、はっきりと思考が出来る。
やがて、無機質なシステム音が聞こえてきた。
『――冒険者、青宮 翼の死亡を確認しました』
『――ユニークスキルの開放条件を達成』
『――ユニークスキル「ブラックソウル EX」を開放』
『――解放特典として、青宮 翼の再生を行います』
「それはありがたいんだけどさ」
青宮はつい、文句を言った。
「解放条件が「死ぬこと」って、ハードすぎだから。このパワハラスキルがよ。ちょっとは俺の気持ちも考えてくれ」




