でも、あの2人はヤっていた。
夜の10時すぎなので営業時間の終了を迎えている飲食店は多いが、樹が通っているという飲食店は営業中なのだという。
駅の近くにある3階建ての建物の、1階のテナントに入ったカレーの店であった。樹はチキンカレーを、青宮はキーマカレーを注文した。香辛料とほどよい辛みの効いた良いカレーライスだ。
「ここ、私の好きなカレーでね~。どう?」
「美味しいな」
「でしょ!」
樹が自分のことのように胸を張る。ぷるるん! とナニがとは言わないが、揺れていた。
「樹って今、どこの階層にいるんだ?」
「第二階層。これからフロアボスに挑もうかなって」
「そうか」
ふふふ、と樹が身を乗り出す。
服を押し返すたわわな丸みがいやらしい。
「一緒にくる? ファイヤーコング倒したんでしょ?」
「いや、それはいいかな」
「もう~! 相変わらず……でも、第一階層突破ってことは、そろそろギルド所属になるから。今だけだね。まあ、私もだけど」
「ギルドか……実際のところは、協会と契約するってところ意外に、違いはあるのだろうか」
ギルドは協会が作った冒険者のグループ分けのようなものだ。協会と契約することによって、様々な依頼や仕事を受注する形でのダンジョン攻略になる。
依頼や仕事は当然報酬が出るので収入は上がるが、その分冒険にしがらみが増え、自由が限られてくる。
冒険者の中では、加入義務に対して強い反発心を抱いている者も多いようだ。
だが、加入義務には2つの狙いがあるため、今日までこの仕組みのまま進んでいる。
1つは、冒険者は強力な力を持っているため、危険視されていることへの対策だ。協会は彼らを野放しにしてはいないですよ、と世間へアピールするため、ギルドを創立し加入義務を設けた。
もう1つが、魔石の安定供給のためだ。社会エネルギー源となる魔石は莫大な経済効果をもつため、供給ペースを下げられない。
ノルマを課する、冒険者との連携を強化する、などの動きで供給量の下ぶれを防いているのだ。
「あるみたいだよ。ネットとかで、検索したことあるけど。キツいって」
「キツい?」
「調べたことない? ほら、ブラックだったら困るからさ~。私こういうの、調べるタイプなんだよね。試しにネットで検索かけてみて。スペースいれて、そしたら検索候補が出てくるから」
「検索候補でわかるのか……?」
言われるがまま、スマホをとりだして検索エンジンに「ギルド」と記入。スペースを空けると、検索候補には「ギルド もう無理」「ギルド やめとけ」「ギルド キツい」「ギルド ブラック」といったものが出てきた。
「マジか」
とことん、ブラックな業界と縁のある人生だな、と青宮は考える。
最悪だ。自由を得たいのに。
「樹は良いのか?」
「良くはないけど。でも、夢だからね」
「夢?」
「この世界にはまだ、人類が踏み出したことがない、冒険がたくさんあるんだよ。それをこの目で見てみたいの。それも、理想は……」
「理想は?」
「強い人と一緒に、世界を見てみたい。君みたいな人」
キラキラとした瞳を向けられる。
なんだか、夢見がちな女の子なのだなと、青宮は思った。
「叶うといいな」
「む~」
そっけない青宮に、樹は頬をふくらませた。
「そういう青宮くんは、どうして冒険者に?」
「いっぱい稼いで、自由な生活がほしい。それだけだ」
「わかる~。私ね、親に反対されて社会人最初の3年間は正社員やってたの。でも、毎日忙しくてさ~。こんなダンジョンなんてある時代なんだから、夢ある仕事したくなるよね」
そんな会話をしながら食事をしていると、お互いにカレーを食べ終えた。
会計のために立ち上がると、樹がレシートを持った。
「私がおごってあげるね~。誘ったのはこっちだし」
「いや、いいって」
「その代わりに、次は君がおごって」
「次があるのか?」
「あ~! そういうこと言うんだ!」
「あんまり「次」とか約束すると、死亡フラグになるぞ」
「こういう仕事だから、たしかに縁起でもないことしたくないけど。でも君、私から逃げそうだもん」
「逃げはしないって」
「本当に?」
じ~~~っ、と見つめられる。
NTR〇ックスを味わった後なので、基本的に女性不信だ。
樹の逃げそうという予感は、間違っていない。
「俺、樹達が助けたあの女の子と、付き合っているんだ」
一応、これは嘘ではないはずだ。別れ話はまだしていない。
遠まわしに、2人でごはんを食べるのはよくない、と伝える。
樹が小首を傾げた。
「え? 嘘。だって、えっと……その……」
樹が顔を赤くする。
NTRセッ〇スしていたところをおそわれたのだ。おそらく、なにか交わっていた証拠があったのだろう。
「つまり、そういうことだ」
「そ、そういうことって?」
「付き合っているのは嘘じゃない。でも、あの2人はヤっていた。そういうこと」
「え? それって……」
青宮はひょいと、樹が掴んでいたレシートをつまむ。そして店員へ渡して、電子決済で会計した。
まるで貸しは作らない、と言わんばかりだ。
(……そっか。タイミング、悪いんだ)
樹はもちろん、自分が女の子……それも、青宮と年が同じということも自覚している。ついでに言うと、男ウケがいい容姿だということも。
だから、NTRされたばかりの青宮に近づくというのは、なんとなくタイミングが悪いのだ。
今の青宮は女性に対して傷ついていて、トラウマがあって、だから遠ざけようとする。
ただ一方で、悪い気はしていないのはたしかで、誘いには乗った。
しかし樹を信用するかどうかは別の話だ。
基本的に女性は遠ざけたい、という難しい時期である。
ようするにそっとしておいてほしいのだ。
店を出ていく青宮に、樹はしょんぼりした。
ただ、一方で――少し、ムカついた。
(でも、そんな冷たくしなくてもいいじゃん!)
樹は店の扉を勢いよく出た。
夜道を歩く青宮の背中に、大きな声で叫ぶ。
「次は、私がおごるからー! 次だよ、次!」
青宮は意外そうな表情を浮かべつつ、背中を向けたまま、右手をひらひらと振った。その態度がまた樹をむっとさせた。
家に帰ってから、青宮の携帯がメッセージを受信した。樹からだ。短く「絶対、次、一緒にいこっ! 約束!」と書かれていた。青宮はふっと微笑んだ。
「死亡フラグにならないといいな。お互い」




