聖女の受難、再び。
ーーーマイラーとの司法取引を成立させて、数日後。
とりあえずお父様に詳細を聞かないといけない、とは思ったものの、どうせリロウド公爵家に赴く際に会うので一旦後回しにした。
そして先に、ウェルミィ達は『宿命』の譲渡の為に、国際魔導研究所を訪れることになったのだ。
『どんなことが起こるか分からない』というエイデスの懸念を受けて、儀式は王城や王宮ではなくここで儀式を行うらしい。
研究所の母体である組織は、魔導士の研究を搾取しようとする権力からの保護を目的として設立された独立機関だ。
オルミラージュ侯爵家が発案・発足させ、現在に至るまで最大の出資者を務めている。
聖教会と同様に国家から大きな干渉を受けない場所で、危険な研究を行う時の為に、堅牢な防護魔導陣施設も備えていた。
十二氏族に関することは表沙汰にせず、なるべく秘密裏に行いたい、という意図もあり、内部情報自体が外界から遮断されている点も都合が良かったのだ。
「リオノーラ夫人。これで大丈夫よね?」
「ええ〜、問題ないかと思いますわ〜」
必要な面々が揃ったのを受けてウェルミィが問いかけると、リオノーラ夫人は微笑みながら頷いた。
さらにそこで、儀式の中心となる人物の一人であるマイラーが、つば広帽を手で押さえて呆れた様に呟く。
「信じられねぇな……どうなってんだよ」
揃っている面々の内二人は、マイラー同様儀式の中心となる、ヘーゼルとオレイア。
さらに、オレイア以外の十二氏族の『宿命』持ち。
お義姉様とレオ、エイデスとズミアーノ、テレサロとソフォイル卿である。
「他にも、集めようと思えば集められたわよ」
全員に声を掛けずとも過半数の7人いれば十分、ということで、妹分であり〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟であるテレサロと、その夫である〝光の騎士〟ソフォイル卿だけ新たに招集したのだ。
「まだ集められる『宿命』持ちが居るのか……」
「大公国とライオネルにほぼ固まってるんだもの。そういう意味では、貴方もここで捕まって運が良かったわね」
「そっちじゃなくて、『宿命』持ちでもないオルミラージュ侯爵夫人が、このメンツをこの速さで集められることの方に驚いてるんだよ」
マイラーが渋面を浮かべてこっちを見たので、ウェルミィは自分の勘違いに気づいた。
てっきり、『王都にこれだけの『宿命』持ちがいること』の方に言及しているのかと思っていたのである。
「それに関しては、いつの間にかこうなってたのよね……」
「意図的だろうとそうでなかろうと、どっちにしたって恐ろしい話なのに変わりねーよ」
実際のところ、自分の周りに彼らを集めたのが『もう一人の自分』、というややこしい状況ではあるのだけれど。
そこまでいちいち説明していたら時間が幾らあっても足りないので、ウェルミィは肩を竦めるに留めた。
「あの、ウェルミィお姉様……?」
そこで、招集された側であるテレサロが、恐る恐る、といった調子で声を掛けてくる。
「何かしら?」
「あのあの、私は、いつもの皆様で集まるとお伺いしていたのですがぁ……」
「いつものメンツじゃない」
何故か胸の前で両手を握り合わせながら、ちょっと涙目の彼女に対して、ウェルミィは首を傾げる。
「い、いつもの懇親会だと思って、スフィーアに会えるのを楽しみにしていたんですよぉ〜!」
「一言も言ってないけど。今回は『集まって』って伝えただけよね?」
「ウキウキで来たのに、着いたのが研究所で、ま、また何か重大なことに巻き込まれていそうな予感がするのですがぁ〜!」
「重大ではあるけど、今回はちょっと手を貸してくれたらいいだけよ。万一、何かの理由でうっかり十二氏族とかこの儀式のことが漏れたら、テレサロとソフォイル卿のご威光は貸して貰うけど」
「ま、またですかぁ〜!?」
「バレなきゃ大丈夫よ」
サッと青ざめるテレサロは、本当にいつまで経っても小動物のように気弱である。
「幾つもの歴史的偉業に名前が刻まれてるんだから、今更一つや二つ増えたところで変わらないでしょう。『神託』も受けて、大公国でも瀕死のヒルデを救ったし、【災厄】でも私が死にかけた件でも大活躍だったし」
「刻まれたくないですぅ〜!! 不可抗力ですぅ〜!」
テレサロは基本的に主体で動くことは少ないのだけれど、何か大きな事件が起こった場にいると、大体名前が添えられるのだ。
それはテレサロとソフォイル卿が、聖教会総本山ではなくライオネル王国に住むことを認めさせた時の『条件』に起因した話だった。
実際の契約は、タイグリム殿下を間に挟んで、二人と先代国王陛下、教皇猊下の間で結ばれたもので、その一つに『聖教会の大聖女として相応しい振る舞いをすること』がある。
これは本来『悪いことをしてはいけない』という意味合いしかない。
けれど、実はライオネル王国と聖教会の双方が『テレサロとソフォイル卿の肩書き』を利用する為に加えてある一文、という裏事情があった。
テレサロの権威が上がれば上がるだけ、奉り上げている聖教会の名声も上がってお得。
ライオネル王国としても自国民として住む彼女のお陰で、王都に『一目見よう』という旅行人や信者が集まってきて利益になる。
そうなると双方共に『少しでも二人が関わった物事があれば、他の功労者と共に大々的に公表する』ことになるのは当然の帰結なのである。
結果として、テレサロとソフォイル卿の評判は、二人の意思と関係なしにうなぎ登りになるのだ。
国民に絶大な人気を誇る上に性格の良い英雄夫婦の名前があれば、ほぼほぼ関わった出来事を否定的に見る人は少なくなり、『流石聖女様!』『流石騎士様!』と讃えるようになる。
ウェルミィも、あまり表沙汰にしたくないことの隠れ蓑にもなるし二人の存在価値も上がるし、と積極的にそれを利用するようにレオに進言していた。
「スフィーアには後で会わせてあげるし、テレサロのお気に入りのお菓子も用意してあるし。ちょっとくらい私のお願いに付き合ってくれてもいいでしょう?」
「ウェルミィお姉様のワガママは、規模がどんどん大きくなるから嫌ですぅ〜〜〜!! 結婚式の時もそうでしたぁ〜〜〜!!」
「あれ、私のせいじゃないし。でも、嫌なら大丈夫よ? その代わり、スフィーアとお菓子はなしでいいわね♪」
「〜〜〜〜〜っ!! それも、嫌ですぅ……」
滂沱の涙を流しながら肩を落とすテレサロの頭を、ウェルミィはよしよしと撫でた。
「可哀想に。でも、本当にそんな大層なことはしなくて大丈夫だから、安心していいわよ」
「誰のせいですかぁ……! それに、労力の問題じゃないですぅ……ソフォイルぅ、ソフォイルも何か言ってくださいぃ……!」
ふらふらと夫に近づいて、テレサロが倒れ込むように抱きつくと、ソフォイル卿は少し困った顔をした。
「ウェルミィ様。出来ればあまり、妻をいじめるような言い方をしないでいただきたいのですが」
「そんなつもり、全くないわよ?」
意地悪したのは、スフィーアとお菓子に関する話だけである。
ソフォイル卿は軽く息を吐くと、まだグズグズしているテレサロの肩をぽんぽん、と叩いた。
「テレサロも、落ち着け。君にも、一つだけ言っておきたい」
「何ですかぁ……?」
「ウェルミィ様に逆らっても、拙らに勝ち目などあるわけがないだろう? 多分、無駄だぞ」
「……そういう言葉が聞きたいんじゃないですぅ〜〜〜〜!!」
うわーん、とまた喚き始めたテレサロに、この場で唯一慣れていないマイラーがポカンと口を開いていた。
「……あれ、大聖女テレサロだよな……? 昔、帝都で凱旋を見た時はもっと落ち着いた女性だと思っていたんだが」
「あの子は昔っからこういう子よ」
その精一杯の演技にしても、ソフォイル卿が側にいないと崩れてしまう。
ソフォイル卿の山のようなどっしりとした落ち着きと達観で上手くいっているので、お似合いな二人ではあった。




