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【ノベル8巻10/7発売!】悪役令嬢の矜持〜婚約者を奪い取って義姉を追い出した私は、どうやら今から破滅するようです。〜  作者: メアリー=ドゥ
第四部/裏 其は、森羅にして万象故に。

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152/231

ウェルミィ・オルミラージュの敗北。③


 そうして再び、コンコン、と、ドアノッカーの音。


「連れて来た」


 エイデスの声がして、お義姉様が勝手に答える。


「お通しして下さい」

「お義姉様……!」


 ウェルミィの抗議に、お義姉様は微笑むだけで、そっと一歩、後ろに下がる。


「こちらへ」


 ドアが開いて、まずエイデスが。

 そうして、彼がウェルミィに歩み寄ると……その後ろには。


 両手を胸元で固く握ったお母様と、その背中にそっと手を添えたお父様。


 修道院での生活は、辛いものだったのだろう。

 記憶にあるよりもやつれた顔と、日に焼けた肌と、歳を重ねた使用人のように、ふしくれだって血管の浮いた手。


 あかぎれして、ボロボロの指先。

 化粧をして、服装こそドレスで装っているけれど、古びた胸元の聖印が不似合いで。


 お義姉様のクリームを塗れば、指先はすぐに治るのに。

 そう考えて、ウェルミィは眉根を寄せる。


 違う。

 気を遣う必要なんて。


「さ、イザベラ」

「え、ええ……」


 俯き気味に足を踏み出したお母様は、ドアを入ってすぐに立ち止まる。

 外でカガーリンがパタン、とドアを閉めると、重い沈黙が訪れた。


「……何をしに来たの」


 ウェルミィが低く呟くけれど、お母様は反応しなかった。

 代わりに、横にいるお父様が少し困ったような顔で、首を傾げる。


「ウェルミィ……」

「お父様には聞いていないわ。私は、その人に聞いているのよ」


 けれど、お母様は何も言わない。

 ただ、黙ってそこに立っている。


「話す気がないなら、さっさと出て行きなさいよ」


 大きな声は、出せない。

 だって、娘が起きてしまうから。


「……ごめんなさい」


 掠れた小さな声が、聞こえた。

 思わず、ウェルミィはキツく唇を噛む。


「何で、今更……」


 何で。


「今更、会いにくるなら」


 何で。


「ーーー何で、お義姉様を殺そうとしたの……!」


 ウェルミィは、お母様を裁けなかった。


 あの時は、最悪処刑があり得はした。

 けれどそれは、ウェルミィ自身も同じで……もしかしたら、貴族籍を剥奪されて平民に戻るだけだったかも、しれなかった。


 お母様と一緒に。

 

 だってお母様は……お義姉様を虐げはしたけれど。

 サバリンと違って、その命を常に狙っていたわけではなかったから。


 殺意は感じていた。


 けれど、お義姉様に何かをする時には、その瞳に痛み(・・)も映っていた。

 憎悪の中に見え隠れする、激しい葛藤が……そう、ウェルミィには、見えていたのだ。


 だってお母様は、平民だから。

 魔術を貴族学校で習ったわけでもないし、その瞳に宿る感情を、本音を、ウェルミィに隠せる手段を持っていた訳ではなかった。


 この目は。

 人の本質を見抜いてしまう、ウェルミィのこの瞳は。


 隠していて欲しいものまで全部、ウェルミィの前に差し出して来るから。


 そんなお母様は、昔から。

 まだ、エルネスト邸に入る前から、ずっと……ウェルミィにだけは、本当の笑顔を。


『貴女の瞳は、とても綺麗ね』


 そう言って、ウェルミィを育ててくれた、お母様は。


『鮮やかな朱色で、良かったわ』


 お母様がまず最初に褒めるのは、いつだってウェルミィの瞳の色だった。


 次は、髪の色。


『本当に綺麗な、プラチナブロンド……ふふ、少しくせ毛なのは、わたくしに似たのね』


 心から、嬉しそうに。


 懐かしさと、後悔と、憧憬と、安堵と……慈しみと。

 そうした色を浮かべた先に見えていたのは、きっと、お父様だった。


『ウェルミィ。貴女は、わたくしの宝物よ』


 ウェルミィを愛してくれるのと同じくらい、お母様がお父様を愛していること。

 薄々気付いていたお母様の『秘密』が真実だと、知ってしまったから。


 だって、お母様が混じり気のない憎悪を向けていたのは、お義姉様ではなかった。

 

 あの夜、あの、ウェルミィが川に落ちて熱を出した夜から。

 人の心の有り様が、朧げに分かり始めたから……ウェルミィは、気づいてしまっていた。


 どんなに柔らかな笑顔を浮かべていても、サバリンへの憎悪をちらつかせている、お母様の瞳の色に。


 お義姉様に何かをする時に瞳に浮かぶ激しい葛藤を、彼に対しては一切浮かべることはなかった。

 嘘を吐いていることに対する、良心の呵責すら見当たらなかったのだ。


 お母様が本当に憎んでいるのは、お義姉様ではなく、サバリンだった。


 だから、自分の手では裁けなかった。

 けれど、その事実から目を逸らした。


 お母様もお義姉様も選ぶことは、あの時のウェルミィには出来なかった。

 

 サバリンと、アーバインを裁いたのはウェルミィだったけれど。

 あの断罪劇で、本当の意味でお母様を裁いたのは……エイデスだったのだ。


 分かっていたから。

 お義姉様が助かるなら、お母様は助からないことは。


 お母様が、お義姉様を虐げていたのは事実で。

 だから、どうせ共犯として捕まるのだから、と、そう言い訳して。


 真っ直ぐに目を向けてしまえば、お母様ごと断罪して、お義姉様を救えなかったから。


 お義姉様を家から出すことを決めた時。

 お母様は、そこでも葛藤していたのだ。


 お義姉様を……家を出る前に殺すか、殺さないか。


 でも。

 でも、お母様は諦めた(・・・・・・・)。


 あの時は、差し出す相手が魔導卿だから、無理だと判断したのだと思っていた。

 だから『それが良いわね』と言って、サバリンが婚約届にサインをするのに、賛同したのだと。


 そうして、お義姉様が出ていく日の夜。

 ウェルミィはお母様に問いかけた。


『ねぇ、お母様。お母様は、今、幸せ?』


 笑顔で問いかけたウェルミィに、お母様は小さく微笑んだ。


『ええ、ウェルミィ。とても幸せよ。……貴女がいるもの。貴女が幸せなら、それで良いわ』


 嘘じゃなかった。


 お母様が、ウェルミィに向ける言葉と想いはいつだって本物だった(・・・・・・・・・・)。


 ウェルミィへの愛も、お義姉様への憎しみも、全部、全部。


 そうして、断罪劇の時に。

 お父様とお母様の間に関係があったという事実が、確定した時に。


 ずっと分からなかった、サバリンに向けられるお母様の憎悪の理由に、ウェルミィは確信を持ってしまった。



 お母様が諦めたのは……ウェルミィが、お義姉様を救おうとしていたから。

 


 それに、お母様が気づいていたから。


 ーーー『貴女が幸せなら、それで良いわ』。


 お義姉様を救っても、サバリンは破滅するから。

 自分の望みを全て叶えることと、ウェルミィの気持ちを秤にかけて。


 娘(ウェルミィ)の気持ちを、優先した。


 だってお母様は……優しい人だから。


 ウェルミィには、ずっとずっと優しくて、愛してくれて。

 使用人にも辛く当たることはなくて……でも、お義姉様にだけは辛く当たるから、そこだけ、相容れなくて。


 お母様は自分を選んでくれたのに。

 ウェルミィは、お義姉様を選んだのだ。


 今更出てくるなら。


「何で……何で、お義姉様も私と同じように、愛してくれなかったの!」


 そうしてくれていたら。



「お義姉様を虐げるなら……何で……私を、愛したの……!」



 そうしてくれて、いたら。


 憎まなくて良かったのに。

 憎むだけで良かったのに。


 愛さなくて良かったのに。

 愛すだけで良かったのに。


 涙で滲むウェルミィの視界で、お母様が悲しそうに微笑んだ。

 また、言いたいことを全部呑み込むみたいに。



「ごめんなさい……ウェルミィ」



 ちっとも、自分のことなんて。

 ウェルミィがお母様を好きだっていうことなんて、ちっとも考えてくれなくて。


「……っ! 嫌いよ、お母様なんて! 嫌いなんだから!」


 ウェルミィは、叫んだ。

 気持ちを抑えきれなかった。


「大好きだった、のに!」

「ウェルミィ」


 エイデスに、そっと肩を抱かれる。


「わ、私じゃないわ! 私は許さないわよ! でも、エイデスが、許せって言うから!」

「ああ」

「お義姉様が、許すって言うから!」

「ええ」

「お父様が……悲しむ、から……!」

「うん」

「それ、だけ、なんだから……!」

「そう……」

 

 ウェルミィは睨んでいるのに。

 お母様は、微笑むだけで。


 知ってるから。

 ウェルミィが、こういう時に素直になれないことを、一番知っているのは……お母様だから。


 娘が、顔に落ちたウェルミィの涙と、声の大きさに驚いてぐずり始める。

 

 その顔を、鼻を啜りながら拭って、軽くゆすっていると、笑っているエイデスに涙を拭かれた。


「……何よ」

「いいや、何も」


 エイデスだけじゃない。


 皆笑ってる。

 いつも、皆、そうやって。


 ウェルミィが負けを認めると……そうやって、喜ぶのだ。


「ぐずっ……こっちに来て、お母様、お父様」


 ウェルミィが声をかけると、お母様はお父様の顔を見た。

 お父様が小さく頷いて、二人で歩み寄ってくる。


「私の子よ。銀の髪と、朱色の瞳の……孫娘よ」

「可愛らしいね、イザベラ」

「ええ。……名前は、もう、つけたの?」


 ぎこちなかった。

 会うこと自体が、久しぶりで。


 全然、納得なんて出来てなかったから。

 それでも。


 ーーー皆が、許しても良いって、言ってくれたから。


 だから、少しずつ。

 だってウェルミィも、母になったから。


 腕の中にいる、可愛い娘の、母に。


「……この子の名前は、スフィーア。スフィーア・オルミラージュよ」

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気見して152話でぼろぼろに泣かされてしまいました。これからも少しずつでいいからこのお話を読むことができたら嬉しいです。
[気になる点] 全然、納得なんて出来てなかったから。  それでも。  ーーー皆が、許しても良いって、言ってくれたから。  だから、少しずつ。  だってウェルミィも、母になったから。 [一言] 母上が許…
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