アロンナの和解【後編】
ーーー奥様。
あの人は、そう、自らの『父母』を王太子妃殿下の為に断罪したのである。
そこに、何一つ後悔がなかった……筈がない。
あの断罪劇の当時でも、彼女は19歳だったのだ。
その為の計画を、成人前から考えて、何年もかけて実行したのだ。
自らの破滅すら厭わず。
あるいは、自らが破滅するからこそ実行出来たのかもしれない。
彼女の口から、義理の父親のことを聞いた記憶はなかった。
けれど『母からは愛されていた』と。
自分を育て、愛してくれた相手を……裏切ったのだとしても、本当に抱いていたのは恨みだけだったのだろうか。
ーーー奥様は。
だから、アロンナに。
きっと、エサノヴァに自分を重ねて。
主人と定めた方の為に、大義の為に、自分の気持ちを殺したエサノヴァを、受け入れてあげて欲しい、と。
一緒にいられるのなら、それは、良いことだと。
だったら、後に残るものは……アロンナの小さなわだかまりだけで。
なら、自分のすべきことは、一つしかなかった。
娘の為、なら。
「……良いでしょう、許しましょう」
と、アロンナは口にした。
たったそれだけで良いのなら。
愛した我が子の為であるというのなら、その程度を飲み下す程度は、落ちこぼれのアロンナでも出来るのだから。
エサノヴァが、目を見開く。
「奥様の側でお仕え出来るよう、姉に要望を出しておきます。……お帰りなさい、エサノヴァ」
アロンナはぎこちなく、娘に微笑む。
「奥様の為に、よく頑張りました」
「お母様……!」
エサノヴァは涙を浮かべて、アロンナに手を伸ばしてくる。
それを受けて、彼女の体を目一杯抱きしめた。
「……これで、良いのでしょう?」
眩しそうに目を細めるイズィースに、アロンナが目を向けると、彼は静かに頷いた。
「ああ」
「あなたは、どうなさるのです?」
「大公国に戻る。お館様が残したものを、整理しなければいけないからね」
「その後は?」
尋ねると、イズィースは首を傾げる。
「どうしようかな。あまり、考えていないよ」
その返事に、アロンナは深く息を吐く。
頼りないわけではないけれど、あまり自分の気持ちを語らない元・夫。
そこに距離を感じたこともあった。
自分も利用しているのだから、本心を見せていないのは同じだと思っていた。
けれど、もう、何もないのなら。
「イズ」
普通の夫婦のように、少しは、ぶつかっても良いのではないかと、アロンナはイズィースを睨みつける。
「エサノヴァは、私たちの娘です」
「そう、だね」
「父親が、役目が終わったからと無責任に放り捨てて、好き勝手していて良いと思っているのですか」
「……?」
彼は、戸惑ったように首を傾げる。
「終わったら戻ってくると、何故そう言えないのです。……この国を出る時にわたくしを『愛していた』と、そう仰ったのは、ただの慰めですか?」
そう詰ると、イズィースは眉根を寄せてから、額に手を当てて俯く。
そうして、眉根の皺を指で何度かなぞった後に、少し躊躇ってから、返事を寄越した。
「いいや、本心だとも、アロンナ。私は確かに、君を愛していた」
「過去に、ですか?」
「……いいや、今も、だ」
「エサノヴァは」
「もちろん、私の可愛い娘だ」
「では、もう一度問います。……あなたは、どうなさるのです」
すると、イズィースは苦笑してから、両手を上げる。
「分かった、降参だ。片付けたら、きちんと君とエサノヴァのところに帰ってくるとも」
「その言い方は卑怯です。全部わたくしに言わせるのは、無責任ではありませんか。自分が決めたのではないとでも言いますか」
「いや、本当に参ったな。君がそんなに気が強いことを言うとは思わなかったよ」
「母ですから」
イズィースは、可愛いエサノヴァの父親である。
そして、アロンナが愛した元・夫なのだ。
家族よりも優先するものがなくなったのなら、そのケジメはきちんとつけて貰わなければいけない。
裏切っていた分の愚痴くらい、言っても良いと思った。
だって、彼はアロンナの子どもではないのだから。
イズィースは真剣な目になり、静かに口にする。
「分かった。全て片付いたら、改めて君にプロポーズを。返事を聞かせてくれるかい?」
「良いでしょう。……お帰りなさい、イズ」
「ああ、ただいま、アロンナ。必ず帰ってくるよ」
その後、イズィースは大公国に旅立ち……約束通りに、帰ってきた。
表向きは『イズィース』という名前の平民として。
裏向きには、〝土〟の公爵家の者として、国際協定の契約書にサインを記して。
アロンナが再婚すると、姉はイズィースとエサノヴァを正式に『デスターム』として迎え入れ、その後に分家の手続きをしてくれた。
「お前はもう、デスタームでなくて良くなりましたねぇ」
と、珍しく嬉しそうな顔で、姉ヌーアにそう言われて……何故かアロンナは、その時に涙が溢れた。
「ありがとうございます、姉さん。わたくしは、幸せです」
「それは、良いことだねぇ。もう、手放さなくて良いからねぇ」
「はい」
そんなやり取りをして。
けれどアロンナは、数年後に本当の人生最大の事件が待っていることを、まだ知らない。
エサノヴァが、ヒルデントライ様の結婚式に参列なさっていた、ティグ・ライオネル第三王子殿下に見初められて。
彼の熱烈なアプローチと策謀の末……エサノヴァがキルレイン侯爵家の養子になって、最終的に第三王子妃になることを、この時はまだ、知るよしもなかった。
ここでどうぞ『遥かな日に、北へ。』を読み返していただけると幸いです。
イザベラのお話は、本来ここの挿話となります。
次回更新をお楽しみに、です!




