す
好きか嫌いかで行動を決めるわけにはいかぬ。それをすべきかすべきでないか、考えなければならぬ。しかしいくら考えても分からないから、とりあえずやってみる。やってみると慣れていく。慣れていくと次第にそれをすべきだと思い込むようになる。だがそれは偏に惰性であって、正確な判断の結果ではない。俺にとって小説を書くことはそんなものである。すべきであると思い込んでいるからこうして飽くことなく書いている。だがよく考えてみれば昨日書いていたから今日も書くだけである。今日書くから明日も書く羽目になるまでである。
俺は別に書くことを辞めたって生活に困りはしない。ただ辞めてしまったら何か勿体ない気がするのだ。
(折角今までやってきたのに)
(今までの努力は無意味だったのか)
辞めたらそんな思いにきっと苛まれる。故に辞められない。職業的にものを書いている人間ならそんな悩みを持つ必要もないのかも知れない。間違いなくそれは「すべき」であるから。だがそれを生業としない者がそれを敢えてする必要性などどこにあろうか?まあゆくゆくはそれを生業にしたいと考えている者もあろう。俺だってそうである。ただそうなれる可能性は限りなく低いのだ。多分俺が小説家として名をあげる事などない。第一デビューのハードルが高過ぎる。千、二千ある作品の中から一二編しか選ばれない新人賞など普通に考えてまず選ばれない。宝くじを買い続けるよりはいくらかマシという程度のものである。加えて俺には業界に何のコネクションも無い。経歴も凡庸だ。こんなに可能性の薄い夢に向かって血道を上げるなど馬鹿げている。
しかし俺にはこれしか出来ない。と言うより、書いているだけで何となくしっかり地を踏みしめて生きている気がする。それにやっぱり文学は素晴らしい。人類の発明の中で、多分一番素晴らしい。だから諦念に襲われながらも、何とか書いている。それじゃまずいのだろうか?いや、そんな事はどうでもいい。
とは言え才能が無いと気付いた時には遅過ぎる。あると気付いた時はもはや悩む必要がなくなった時である。こんな理不尽な世界で夢を見るのも程々にしておいた方が良い。筆が進まないのは俺の才能が乏しいからというよりもこういう理不尽のせいなのだ。そういう事にして今日は早めに床に就くとしよう。明日の仕事もある事だし。やめたやめた。




