さ
さしたる理由もなく理屈を並べ立てるのは虚しい気のするものである。が、必要に駆られてそれをするのは自分でも気づかぬうちに自分を酔わせるものである。
社内の法人税法の研修の席で、加藤君はまた強気に質問をしてくる。
「先輩、長期割賦販売等をしたときの収益認識基準は回収基準が認められてますよね?それに対して長期でない場合は履行期基準に限定されています。ところが保守主義の考え方に基づくと、回収基準の方が収益の認識としては確実なわけです。それなのに履行期基準が強制されているのはどうしてですか?」
俺は周りに何人も人がいたため、彼らの視線を意識して得意げに答えた。
「会計上の収益の認識は確かに保守主義に従って回収基準を適用すべきだ。しかし税務の場合には代金回収を遂行するまで収益認識を待っていたら税収が滞るんだよ。よって履行期基準によって確実に税収を上げることを優先するわけだ。ただしそれが長期にわたる場合にはそれだけ現金収入が遅れるわけで、納税面での配慮も必要だという考えから、例外的に回収基準を認めているんだよ」
「へえ、では会計と税務では認識基準が食い違っているというわけですか」
「まあ昔はね。ただ現在は会計上でも履行期基準が認められているから、一応は両者とも共通しているよ」
「え、会計上でも履行期基準を適用出来るんですか?そうしたら保守主義の原則とやらは一体どこに行ったんですか?」
実を言うと、俺はその質問に対する答えを知らなかった。「そういうものだ」と言われるとすぐに納得してしまう質の俺は、そこまで懐疑的に考えた事がなかったのである。しかしながら俺は自己防衛のためにあらゆる理屈を振り回してこの場を凌いだ。
「保守主義の原則とはね、あくまで原則に過ぎないんだ。原則には例外が必ずついて回る。税務会計の世界は原則だけで全てが回るほど単純な世界ではないということだよ。第一保守主義等というものは見方によって何が保守的なのか全く変わってくる。会計上では収益認識を厳しくするのが保守的だろうが、税務上は迅速に税金を徴収できるのが保守的なんだ。それを鑑みれば保守主義の原則は必ずしも無視されてはいないはずだよ」
加藤君はシャープペンシルを鼻と口の間に挟み、腕を組んだまま
「うーん」
と唸って不承不承ながら一応は納得した。いや、納得し切れてはいないものの、さしたる反駁を催さなかったというのが正しいだろう。俺はその時後輩に言い負かされる危険を回避できたことに安堵しながら、自分の論理的な解説に酔っていた。
しかし今、改めてこの場面を思い出すと、俺はとことん自己嫌悪に陥る。全身に寒気が走り、冷や汗が流れて、そのくせ顔は真っ赤に染まり、後悔の念に苛まれる。「あーっ!」と突然叫びたくなる。あのときの俺は猛烈にカッコ悪かった。自分のプライドを守るのに必死だった。分からんものを分からんと言うことの出来ない弱さ、理屈を固めて体裁を繕うことでより正確な研究の機会を逸した間抜けさ、何より自分の間違いを毫も意識しない傲慢さ…。そうしたものが俺の汗腺からにじみ出て、きっとあそこにいた誰もがそれを嗅ぎつけていただろうと思うのだ。恥を忍んで質問したものに向かって、恥知らずがのうのうと回答するというこのパラドックス。許し難い…。俺は馬鹿だ。




