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異世界の仕様書を拾った元廃ゲーマー、世界のバグを攻略する  作者: Naoya


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19/21

第19話 歩くより速い

「これ、安定して使えたらさ」


 俺は地面に残った長い滑走跡を見る。


「歩くより速くない?」


「…………」


 エリスは答えなかった。


 代わりに、ものすごく嫌そうな顔をした。


「リクさん」


 エルヴィンが滑走跡の横へしゃがみ込む。


「もう一度、試してみませんか?」


「ですよね!」


「エルヴィンさん!?」


 エリスの声が裏返った。


「本来なら止まるはずの動きが継続した。偶然なのか、条件があるのか。調べてみる価値はあると思います」


「価値を見出さなくていいです!」


「でも再現できたら便利だろ」


「リクも乗らない!」


 とはいえ、さっきのように魔物の突進を利用するわけにはいかない。


 危険すぎる。


 そこで、少し開けた平坦な場所を選び、エルヴィンに盾を押してもらうことにした。


「いきますよ」


「お願いします」


 盾を構える。


 エルヴィンが強く押す。


「うっ」


 一歩。


 二歩。


 身体が後ろへ流れる。


 そこで足をつき、姿勢を戻す。


 ――止まった。


「普通ね」


 エリスが言う。


「違うな」


 俺は《ログ》を見る。


《後退開始》


《後退終了》


《姿勢復帰》


 猪型の魔物に吹き飛ばされた時とは順番が違う。


「あの時は、完全に止まる前に体勢を戻した」


 後退が終わってから姿勢を戻せば、普通に止まる。


 なら。


「もう一回」


「一回だけって言わなかった!?」


「これで最後!」


「信用できない!」


 聞こえないふりをする。


 エルヴィンも既に準備していた。


 この人も間違いなく楽しんでいる。


「いきます」


 ドンッ。


 身体が後ろへ押し出される。


 今度はすぐに踏ん張らない。


 一瞬だけ待つ。


 まだ後ろへ動いている。


 そこで右足をつく。


 身体をひねる。


 上半身を起こす。


《後退速度付与》


《姿勢復帰》


《通常移動へ移行》


《後退速度継承》


「……来た」


 次の瞬間。


 ズザザザザザザ――!


「また行った!」


 エリスの声が遠ざかる。


 やっぱりだ。


 両足は地面についている。


 体勢も戻っている。


 なのに、吹き飛ばされた勢いだけが残っている。


「これ……!」


 前世で何度も見たゲーム動画が頭をよぎる。


『セルダの伝承 時刻のオカリナ』。


 後ろ向きのまま、普通に走るより遥かに速く地面を滑っていく主人公。


 仕組みは同じじゃない。


 でも、この見た目。


「ESSじゃん!」


「何ですかそれー!」


 遠くからエルヴィンの声。


「昔見た変な移動方法です!」


「説明になってません!」


 問題は停止だ。


 速度が少し落ちたところで、大きく一歩踏み込む。


 身体を前へ倒す。


「うおっ……!」


 数歩よろけたものの、今回は茂みに突っ込まずに済んだ。


「……止まれた」


 振り返る。


 エリスとエルヴィンが小さく見える。


 俺は思わず笑った。


「速っ」


 少なくとも。


 歩くよりは、圧倒的に速い。



 その後、エルヴィンも試すことになった。


 俺が背中を押す。


「いきますよ」


「お願いします」


「せーの!」


 強く押し出す。


 エルヴィンの身体が後ろへ流れる。


 足をつく。


 腰をひねる。


 姿勢を戻す。


 ズザザザザザザ――!


「一発!?」


 俺よりずっと綺麗な姿勢で滑っていった。


「B級冒険者だからね」


 エリスが当然のように言う。


「それにしてもうまくない?」


「身体の使い方が違うのよ」


 戻ってきたエルヴィンは妙に満足そうだった。


「これは面白いですね」


「ですよね!」


「速度を保ったまま移動できる。平坦な場所なら徒歩よりかなり速い」


「ですよね!」


「二回言わなくていい!」


 エリスだけが完全に取り残されている。


「じゃあ街道に戻ったら、少し使ってみます?」


「いいですね」


「絶対やらないから」


 エリスが即答した。


「まだ誘ってないけど」


「顔が誘ってる」


「じゃあ二人だけで」


「勝手にすれば」


 そう言われると、遠慮する理由もなかった。



 しばらく歩き、再び長い直線の街道へ出た。


 エルヴィンが周囲を確認する。


「この先はしばらく障害物もありません」


 俺は盾を構える。


「じゃあ、やります?」


「そうしましょう」


 エルヴィンが俺の後ろへ回る。


「いきますよ」


「お願いします!」


 ドンッ。


 身体が後方へ押し出される。


 まだ勢いが残っているうちに足をつく。


 身体をひねる。


 姿勢を戻す。


 ズザザザザザザ――!


「おおおお!」


 速い。


 明らかに走るより楽だ。


 足を動かしていないのに、景色だけが流れていく。


 ある程度進んだところで減速し、何とか停止する。


「やっぱり使える!」


 振り返る。


 かなり遠くにエリスとエルヴィンがいる。


 そして俺は気づいた。


「……あ」


 当然だ。


 エルヴィンは俺を押した。


 つまり、エルヴィン自身は向こうに残っている。


 俺だけ先へ来ても仕方がない。


 遠くでエルヴィンも同じことに気づいたらしい。


 何やらエリスへ話しかけている。


 少しして。


「はあ!?」


 街道にエリスの声が響いた。


 何を話しているのか、何となく分かる。


 エルヴィンが俺のいる方向へ背を向ける。


 その後ろには、ものすごく嫌そうな顔をしたエリス。


「本当にやるんですか!?」


「お願いします」


「もう!」


 エリスがエルヴィンの背中を強く押す。


 エルヴィンの身体が後方へ流れる。


 足をつく。


 姿勢を変える。


 次の瞬間。


 ズザザザザザザ――!


「おお!」


 こっちへ高速で滑ってくる。


 俺の少し手前で減速し、そのまま綺麗に停止した。


「成功ですね」


「やっぱうまいなあ」


「ありがとうございます」


 俺とエルヴィンは顔を見合わせる。


 速い。


 しかも、ほとんど疲れていない。


「これ、本当に移動に使えるんじゃ――」


 そこまで言った時。


「待ちなさぁぁぁぁい!!」


 声が響いた。


 見る。


 街道の向こうから、エリスが全力で走ってくる。


「…………」


「…………」


 俺とエルヴィンが顔を見合わせる。


「置いてきましたね」


「置いてきましたね」


「誰のせいよぉぉぉ!!」


 しばらくして。


 ようやく追いついたエリスは、肩で息をしていた。


「何よ……これ……」


「歩くより速い」


「それは見れば分かる!」


「それに、あまり疲れませんね」


「エルヴィンさんまで満足そうにしないでください!」


 俺とエルヴィンはほとんど息が乱れていない。


 対してエリスは、二人を追うために全力で走ってきた。


「じゃあ、もう一回――」


「待って」


 低い声。


「何?」


「…………教えなさい」


「え?」


 エリスが顔を上げる。


「私にも教えなさいよ!」


 折れた。


「絶対やらないって言ってなかった?」


「うるさい!」


 でも。


 いざ教えてみると、エリスは覚えるのが早かった。


 俺が後ろから身体を押す。


 一度目は、そのまま普通に止まる。


「もうちょっと早く体勢戻して」


「こう?」


「まだ早い」


「細かい!」


 二度目。


 後方へ流れる。


「今!」


 足をつく。


 身体をひねる。


 姿勢を戻す。


 ズザザザザザザ――!


「きゃあああああっ!?」


 一気に遠ざかった。


「できた」


「ほぼ一発ですね」


「やっぱ身体の使い方うまいな」


 遠くから声。


「感心してないで止め方教えなさいよー!」


 戻ってきたエリスの第一声は、


「最初に止め方から教えなさい!」


 だった。


 とはいえ。


「……悔しいけど、これ楽ね」


「だろ?」


「その顔腹立つ」


 ついに認めた。


 これで三人とも使える。


 そう思ったところで、エリスが当然の疑問を口にした。


「でもこれ、一人ずつ押してたら最後の一人が残るじゃない」


「…………」


 俺とエルヴィンが顔を見合わせる。


「そこ考えてなかったの!?」


「今から考える」


「移動手段として致命的じゃない!」


 確かに。


 誰かに後ろへ押してもらう必要がある以上、最後の一人だけは発動できない。


 俺が考えていると、エリスが杖を見た。


「要は、三人まとめて後ろに勢いがつけばいいのよね?」


「そうだけど」


「だったら」


 エリスが俺たちから少し離れる。


「三人とも並んで」


「……何する気?」


「出力は抑えるから大丈夫」


「その言葉で安心できたこと一回もないんだけど」


「早く!」


 仕方なく三人で横に並ぶ。


 進みたい方向へ背中を向ける。


 エリスが杖を前方の地面へ向けた。


「ちょっと待って」


「何?」


「まさか」


「《イグニッション》」


「やっぱり!」


 ボンッ!


 小さな爆発。


 熱より先に風圧が身体を押した。


「うわっ!」


 三人まとめて後方へ。


「今!」


 エリスの声。


 足をつく。


 身体をひねる。


 姿勢を戻す。


 エルヴィンも同時。


 エリスも。


 次の瞬間。


 三人揃って――。


 ズザザザザザザザザ――!!


「できた!」


 俺。


「成功ですね」


 エルヴィン。


「なんで私までこんなことしてるのよ!」


 エリス。


 三人横並び。


 後ろ向き。


 誰も足を動かしていない。


 なのに、ものすごい勢いで街道を滑っている。


 風が髪を揺らす。


「…………」


「…………」


「…………」


 しばらく誰も喋らなかった。


 自分たちでやっておいて何だが。


 あまりにも絵面がおかしい。


「なあ」


「何よ」


「これ、他人から見たら相当怖くない?」


「今さら気づいたの!?」


「ですが速いですよ」


「エルヴィンさんは速ければ何でもいいんですか!?」


 その時だった。


 街道脇。


 荷車を止めて休憩していた二人の商人と目が合った。


「…………」


「…………」


 商人。


 俺たち。


 視線が合う。


 三人並んで、後ろ向きに通過。


 ズーーーーッ。


 誰も何も言わない。


 かなり離れてから、俺は口を開いた。


「すごい顔してたな」


「二度と会いたくない」


「私は少し感想を聞いてみたいですね」


「絶対戻らないでください」


 結局。


 この奇妙な移動方法は、思った以上に役に立った。


 もちろん万能じゃない。


 凹凸の激しい場所は危険。


 曲がり角も無理。


 障害物がある場所では使わない方がいい。


 森の中なんてもってのほかだ。


 エリスから、


「平坦で、先が確認できる場所だけだからね」


 と念を押された。


「分かってる」


「本当に?」


「木にぶつかって死にたくはない」


「ならいいけど」


 使える場所は限られる。


 それでも徒歩だけより遥かに楽だった。


「これなら長距離移動、かなり短縮できるな」


「普通の人はこんな移動しないからね」


「俺たちが普通にすればいい」


「ならないわよ」


 即答だった。



 街道を外れてからは、再び徒歩に戻った。


「現実に戻された……」


「こっちが現実なの」


「さっきまで一緒に滑ってた人に言われても」


「忘れなさい」


 さすがに森の中で試す気はない。


 木に激突したら笑えない。


 そこからさらに歩くことしばらく。


 夕方が近づいた頃。


 先頭を歩いていたエルヴィンが突然立ち止まった。


「……見えました」


 声が変わる。


 さっきまで一緒に滑っていた人とは思えない。


 研究者の顔。


 俺とエリスも前を見る。


 森の向こう。


 地面が大きく崩れていた。


 地滑りで削られた斜面。


 その断面から、人工的な構造物が露出している。


「……でかいな」


 思わず声が漏れた。


 第一印象は壁だった。


 だが、その壁は地中深くまで続いている。


 見えている部分だけでもかなり大きい。


 おそらく。


 今目にしているのは、施設のほんの一部だ。


 エルヴィンがゆっくり近づく。


「今回の調査対象です」


 俺もその後を追った。


 少しだけ緊張する。


 意識を向ける。


 《ログ》が反応した。


《対象情報を取得できません》


 続いて。


《未登録》


「…………」


 足が止まった。


「リク?」


 エリスが俺を見る。


 俺は露出した遺跡を見上げる。


 見覚えのある反応。


「……同じだ」


「何が?」


「この前の遺跡と」


 あの場所だけがおかしかったわけじゃない。


 別の場所。


 別の遺跡。


 それでも同じ反応が出た。


 偶然ではない。


 俺の中で何かが一気に繋がり始める。


「やっぱり来てよかった」


 自分でも分かる。


 口元が緩んでいる。


 エリスがため息を吐いた。


「その顔してる時のリク、本当に嫌な予感しかしないんだけど」


 失礼な。


 そう思って隣を見る。


 そこで気づく。


 エルヴィンも、露出した遺跡を見たまま目を輝かせていた。


「……エリス」


「何?」


「エルヴィンさんも同じ顔してない?」


「見れば分かるわよ」


 エリスは額に手を当てた。


「本当に増えた……」


 目の前には、千年以上前から残る未知の遺跡。


 その表面には、今まで見た建造物とは明らかに違う構造が覗いている。


 そして俺の《ログ》には――。


《未登録》


 その文字が静かに浮かんでいた。


 今度こそ。


 あの《世界仕様書》につながる何かがあるかもしれない。

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