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異世界の仕様書を拾った元廃ゲーマー、世界のバグを攻略する  作者: Naoya


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18/21

第18話 速く移動したいだけなのに

 翌朝。


「昨日より道悪くない?」


 歩き始めて一時間もしないうちに、俺は早くも弱音を吐いていた。


「街道を外れましたからね」


 先頭を歩くエルヴィンは平然としている。


 昨日までの平坦な道とは違い、今は森の中だ。


 木の根。


 大小の石。


 柔らかい土。


 ところどころ傾斜まである。


 進めないほどではない。


 ただ、歩きにくい。


「昨日より疲れる……」


「まだ朝よ」


 エリスが呆れたように言う。


「分かってる。でもさ」


 俺は足元の根をまたぐ。


「これを何時間も続けると思うと」


「大陸全部見たい人が何言ってるの?」


「それと移動が楽であってほしいのは両立するだろ」


「しないわよ」


「する」


「しません」


 後ろでエルヴィンが笑っている。


 この人、止める気ないな。


「エルヴィンさんは平気なんですか?」


「慣れていますから」


「二百年以上の慣れは参考にならないな……」


「遺跡調査を始めたのは生まれてすぐではありませんよ」


 それでも俺より遥かに長いだろう。


 昨日から何となく分かってきた。


 冒険者という仕事。


 たぶん戦闘より、歩いている時間の方が長い。


 ゲームでは当たり前のように省略されていた部分を、今は全部自分の足でやっている。


「やっぱ移動手段ほしいな」


「だから馬に乗ればいいじゃない」


「森じゃ無理だろ?」


「場所によるわよ」


「もっとどこでも使えて、速くて、楽なやつ」


「そんな都合のいいものがあったら、みんな使ってるわ」


「だよなあ……」


 分かってはいる。


 分かっているけど、考えるくらいは自由だ。


 空でも飛べればいい。


 瞬間移動でもいい。


 もっと簡単に、今の倍くらいの速度で走れるだけでも助かる。


 そんなことを考えながら歩いていた。


 だから。


 まさか数十分後、本当に移動速度だけはどうにかなってしまうとは思っていなかった。


 最初に異変へ気づいたのはエルヴィンだった。


 突然足を止め、片手を上げる。


「何か来ます」


 俺も止まる。


 エリスが杖を構えた。


「どっち?」


「前方です」


 耳を澄ます。


 最初は何も聞こえなかった。


 だが、すぐに分かった。


 ドドドドド――。


「……何、この音」


 地面が微かに揺れている。


 エルヴィンが弓を手に取った。


「少し下がってください」


 茂みが大きく揺れる。


 次の瞬間。


「でかっ!」


 飛び出してきたのは、猪に似た魔物だった。


 昨日の狼型より遥かに大きい。


 俺の胸くらいまである体高。


 太い牙。


 筋肉の塊みたいな身体。


 そして何より――速い。


「止まらないですよ!」


 エルヴィンの矢が肩へ刺さる。


 それでも勢いが落ちない。


「リク、横に!」


 エリスの声。


 避ける。


 そう思った。


 でも、一瞬遅れた。


 猪型の魔物がこちらへ向きを変える。


「俺!?」


 完全に目が合った。


 次の瞬間には突っ込んでくる。


 逃げるより、盾を出す方が早い。


 俺は反射的に左腕を前へ出した。


「正面から全部受けないで!」


 エリスの声が飛ぶ。


 昨日の戦闘を思い出す。


 狼型の魔物に飛びかかられた時。


 俺は腕だけで止めようとして、身体ごと後ろへ押された。


 その後、エリスにもう一度言われた。


 腕だけで受けるな。


 足を使え。


 身体全体で衝撃を逃がせ。


「分かってる……!」


 腰を落とす。


 足を開く。


 盾を少し斜めへ。


 真正面から受け止めない。


 そのつもりだった。


 ――ドンッ!!


「ぐっ!」


 想像以上だった。


 腕。


 肩。


 胸。


 身体中へ衝撃が突き抜ける。


 足が地面から離れた。


「うわっ!」


 後方へ弾き飛ばされる。


 まずい。


 転ぶ。


 そう思った瞬間。


 右足が地面へ触れた。


 踏ん張れ。


 昨日言われたことを反射的に実行する。


 足へ力を入れる。


 身体をひねる。


 後ろへ倒れかけた上半身を起こす。


 何とか立った。


「――よし!」


 転ばなかった。


 そう思った。


 一瞬だけ。


「……ん?」


 景色が動いている。


 いや。


 違う。


 俺が動いている。


「え?」


 両足は地面についている。


 立っている。


 なのに。


 身体が後ろへ進み続けていた。


「ちょっ――」


 ズザザザザザザザザッ!!


「リク!?」


 エリスが叫ぶ。


「何これ!?」


 足を止めようとする。


 止まらない。


 身体はちゃんと立っているのに、後ろ向きのまま凄い勢いで滑っていく。


 木。


 木。


 木。


 景色が横を流れていく。


「待って待って待って!」


 待ってと言っても、自分の身体は待ってくれない。


 ズザザザザザザ――!


「どこ行くんですか!?」


 遠くからエルヴィンの声。


「俺が聞きたいです!」


 とにかく止まりたい。


 足へ力を入れる。


 無理。


 片足を横へ出す。


「うおっ!」


 一気に身体が傾く。


 まずい。


 そのまま転倒するくらいなら――。


「こっち!」


 少し先に茂みがある。


 俺は身体の向きをわずかにずらした。


 直後。


 ガサガサガサッ!


「痛っ!」


 茂みへ突っ込んだ。


 ようやく止まる。


 数秒。


 俺は地面に座ったまま動けなかった。


「…………」


 何だったんだ、今の。


 遠くから戦闘音が聞こえる。


「あ」


 そうだった。


 戦闘中だ。


 慌てて立ち上がる。


 しかし戻ろうとした頃には、エリスの炎とエルヴィンの矢によって猪型の魔物は地面へ倒れていた。


「何で戦ってる途中に一人だけ帰っていくのよ!」


 戻った瞬間、エリスに怒鳴られた。


「帰ったんじゃない!」


「じゃあ何なのよ!」


「分からない!」


「分からないって何!?」


「俺だって止まりたかったんだよ!」


 エリスが口を開きかける。


 だが、その横でエルヴィンが地面を見ていた。


「これは……」


 俺が滑った跡。


 地面に長く続いている。


「かなり移動しましたね」


「ですよね?」


「そこで意気投合しない!」


 エリスの怒りはもっともだ。


 でも俺の頭はもう、別のところへ向いていた。


 何が起きた?


 俺は吹き飛ばされた。


 その後、足をついた。


 姿勢を戻した。


 普通ならそこで止まる。


 なのに止まらなかった。


「ログ……」


 小さく呟き、意識を向ける。


 戦闘中の記録。


 順番に追う。


 《衝撃を検出》


 《後退開始》


 《後退速度付与》


 ここまでは普通だ。


 問題はその後。


 《姿勢復帰》


 《通常移動へ移行》


 そして。


 《後退速度継承》


「…………」


 もう一度見る。


 《通常移動へ移行》


 《後退速度継承》


「速度が残った?」


「何?」


 エリスが覗き込んでくる。


「吹き飛ばされた時の速さ」


「それが?」


「俺、途中で体勢戻しただろ?」


「戻してたわね」


「たぶん身体の状態は普通に立ってる状態に戻った。でも――」


 俺は地面に残った長い跡を見る。


「後ろに飛ばされてた勢いだけ消えなかった」


「……そんなことあるの?」


「実際あった」


 エリスがものすごく嫌そうな顔をした。


 知っている。


 この顔。


「リク」


「何?」


「もう一回やろうとしてるでしょう」


「…………」


「その間は何?」


「いや」


 俺は盾を見る。


 次に地面。


 そして、自分が滑っていった距離。


「原因くらい確認したいだろ」


「しなくていい!」


「いやいや、これはするだろ!」


「なんでよ!」


「だって明らかにおかしい!」


「おかしいなら放っておきなさい!」


「おかしいから調べるんだよ!」


「その考え方がおかしいの!」


「ですが」


 エルヴィンが静かに口を挟んだ。


「私も少し興味があります」


 エリスの動きが止まった。


「……エルヴィンさん?」


「本来なら停止するはずの動きが、なぜ継続したのか」


「そこ掘り下げなくていいです」


「再現できるなら、条件を確認する価値はあると思いますが」


 俺はエルヴィンを見る。


「ですよね!」


「ええ」


 エリスが天を仰いだ。


「増えた……」


「何が?」


「面倒くさい人が」


 失礼な。


 とはいえ、この場でもう一度猪型の魔物に突っ込んでもらうわけにはいかない。


 死んでいるし、そもそも危険すぎる。


 俺は改めて、自分が滑った跡を見る。


 かなり長い。


「……でもこれ」


 ふと気づいた。


「何です?」


 エルヴィンが聞く。


「俺、結構速くなかったですか?」


「速かったですね」


「リク」


 エリスの声が低くなる。


 でも、もう遅い。


 昨日からずっと考えていたこと。


 歩く。


 何時間も歩く。


 何日も歩く。


 それが当たり前の世界。


 でも。


 もし。


 今の現象を自由に起こせるなら。


「これ、安定して使えたらさ」


 エリスが嫌そうに眉を寄せる。


「……何?」


 俺は地面に残った一直線の跡を見る。


「歩くより速くない?」


「…………」


 沈黙。


 エルヴィンが跡を見る。


「……確かに」


「エルヴィンさんまで!?」


 俺は盾を持ち直した。


 さっきまであれほど面倒だった徒歩移動。


 その解決方法が。


 まさか――。


 **後ろ向きに滑ることになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。**


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